第14話 未定稿1

 いつの頃からか、ほんの少し我慢すれば、ものごとが上手く回っていくのだということがわかってきた。いや、「我慢」という表現は適切ではないかもしれない。焦点をずらす、とでも言った方がいいのだろうか。例えば二つに切り分けたステーキがあったら、小さい方を選ぶ。本当は大きい方が欲しいけど、そう言うと争いが起きるから、弟には「僕は肉はそれほど好きじゃないんだ」と言う。「だから、野菜炒めを多めにもらおうかな」。それを聞いた母親は、次回から僕にはあまり肉を盛り付けなくなる。そうしているうちに、いつの間にか自分でも「僕は自分の意思で肉をあまり食べない生活を選んでいる」と思うようになるのだ。そんなことを、日々繰り返している。

 本当に自分が肉が好きだったのか今ではよくわからないし、もうどちらでもいいのだけれど、たまにふと疑問に思うことがある。僕が本当に食べたいものって何だろう? と。

 この間、部活のみんなとファミリーレストランへ行ったときに、煮込みうどんを頼もうと決めていたにも関わらず、なぜか口をついて出た言葉は「ステーキ定食」だった。自分でもちょっとびっくりしたけど、一緒にいたみんなは僕が普段どんなものが好きかなんて知らないので、違和感を覚える人はいなかった。これが本音なのかな、と一瞬思った。家族と外食するときには暗黙の了解で「僕は肉があまり好きではないから」ということになっているけど。それを崩すと、夕食のおかずで誰が何をどれだけ食べるか、もめるかもしれないから。

 そのことに気が付いてから、高校を卒業したら、家を出ようと思った。家に居続けて、これ以上「家族が思っている自分」をやり続けるのはあまりいいとは思えなかった。

 嫌な家族、というわけではない。何がどこでどうかみ合わなくなっていったのか、僕にもよくわからないけど、ここは自分が自分らしくいられる場所ではないんじゃないか、と思うことが多々あるのだ。

 思えば、中学生の時だって、できるだけ家に帰らなくていいように、拘束時間の長い部活を選んでいた。特に活動が楽しかったわけではないけれど、今から思えば、家にいる時間を可能な限り短くしようとしていたのではなかったのか。

 高校では、そこまで帰ってくる時間についてうるさく言われない。学校のみんなも、部活がなくても、図書室や教室に残っている。無理に部活に入らなくても家に帰る必要がないと知った途端、拘束時間の長い部活は選択肢からはずれた。

 で、何をしているかというと、いつの間にか文芸部の部員になったわけだ。せっかく文章を書く部活に入ったからには何か投稿したいと思っているけど、結局真面目に書くと、外に出すのはちょっと、という内容になってしまう。これもボツだな。どうしたものか。

 どうせ冊子に載せないんだったら、いいか。もう少し書いてみよう。

 高校には同じ中学だった人がほとんどいなくて、みんな僕を知らない人ばかりになった。もしかしたらこれはチャンスなのか、と思った。今まで、幼稚園、小学校、中学校と持ち上がりだったので、「町田晋はこういう人」という人物像がなんとなくみんなの中にあった気がして、そのイメージの範囲内で振る舞っていた。だけど、もしかするとこれからはがらっとイメージを変えてしまっても大丈夫なのだろうか。中学校を卒業する頃になると、そわそわし始めた。どんな自分になろうか、どんな自分を演じようかと、小説や漫画を読みながら、始終考えていた。

 だけど結局、環境が変わっても、みんなが僕に求めている役割って同じなんじゃないかと思ったのか、自分でも今までと同じような役割をこなすのが楽だったのか、僕は変ることはなかった。

 久々に会った中学の同級生が半年やそこらですごく変わっているのを見ると、驚いたような、やるせないような、複雑な心境になる。誰だかわからないほど変わることはないにせよ、みんな新しい環境で、より自分らしくなることに成功しているように見えてしまう。外見が変われば「変わったね」ってすぐわかるけど、外見は変わってなくても話をしてみると「こいつ以前より賢くなった」「こんなに深くものを考えてるやつだったのか」と驚くことがある。「町田君は変らないね。なんだか安心するよ」といつも言われる。自分では全然安心できないんだけど。

 何が書きたいのかよくわからなくなってきた。とりあえず、今日はもう寝るか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます