第4話 一週目②

「あなた、誰ですか?」

「誰だっていいじゃないですか。猫なんかには関係ありません」

「猫なんか、ですって? いくらお坊ちゃまの真似をしてみたところで、タミを知らないだなんて、偽物もいいところですよ」

 町田君によく似た人物は、冷ややかな笑みを浮かべる。

「誰が知らないなんて言いました? 君のことならよく知っていますよ、タミ。

 子猫の頃、近所の清美ちゃんに可愛がられ……というよりもいじめられて、誘拐されて服を着させられ、必死の思いで逃げようと清美ちゃんを引っ搔いて、当時モンスターペアレンツのはしりだった清美ママに処分されそうになったのを、私が身を粉にして助けてあげたタミ。忘れただなんて言わせませんよ」

 彼の言うことは、そっくり本当だった。


「あの時は怖かったな。タミを助けるためにどれだけの勇気を振り絞ったことか。

タミは知らないだろうな。私は子供の頃、周りの子供たちはおろか、先生にすら挨拶できない内気な子供だったんですよ。そんな僕が『猫殺しっ』と叫んでいるから、近所の人達が興味を持ってわいわい集まって来たんです。起きたことを洗いざらい暴露して、『もしタミがいなくなったら、おばさんがヤミニホウムッタハンニンダッ』とろくに意味もわからないまま叫び続けた。さすがの清美ママもタミに手出しはできなくなったんです。

その後、母親は相当嫌味を言われたらしいですけどね。それからというもの、母親との間がぎくしゃくして、色々不便だったんですよね。まあ、いいですけど」

 猫が町田君にそっくりな男を睨みつけていると、最初に話していた町田君がなだめるように、

「実はあの時、彼が助けてくれたんだよ」

 と言った。猫は彼をまじまじと見て、さらに大きく目を見開いた。

「僕一人ではどうしていいかわからなくて、途方に暮れていたんだ。彼が言ったように、僕はとても内気な子供だったんだ。だけど、もしタミに万が一のことがあったら、僕は生きてはいかれないだろうと思った。どうせ死ぬなら、今ここで死ぬほど恥ずかしい思いをしてでもおばさんに立ち向かうべきなのではないかと考えた。

 何か言うよりも、黙っておばさんの頭に向かって石を投げる方が簡単かもしれない、そう思って石を拾おうとしたその時だった。頭の中で声がしたんだ。『ここはもっとスマートに行きましょう、ちょっとだけ、任せてもらってもいいですか?』と」 

「普段おとなしい子ほど、追いつめられると何をしでかすかわかったもんじゃないですからね。あの時は私も慌てました。あの年で犯罪者扱いされるのは、後々不便が多そうですからね。それに、あんな人間だとはいえ、清美ちゃんにとっては一応母親ですから、入院でもしようもんなら、タミがますます恨まれていじめられる可能性がありました」


 どちらの言うこともおかしいのではないかと思いながら、猫は口を挟むことができない。

「まあ、そういうわけで、彼をあまり責めないで欲しいんだ」

「お坊ちゃま、そうは言っても、この者は一体何者なのですか」

 口を開こうとした町田君を、よく似た男は制した、

「そんなこと、どうでもいいじゃありませんか。タミは暇かもしれませんけど、彼は明日も早起きして、朝から晩まで働かないといけないんです」

「しかし、お坊ちゃまは今の生活に満足されていないだとかで、だからタミは……」

「今の生活に満足しきっている人なんていませんよ。猫と違って、彼は一日中寝たいときに寝て遊びたいときに遊んでいるわけにはいかないんです。もうこれ以上、彼を混乱させないで下さい」

 猫は思った、自分は混乱させるようなことは一切言っていないはずだと。しかし口を開く前に、町田君とよく似た人物に首根っこを掴まれて、ぽーんと放り投げられた。そうしてあれよあれよと言う間に、そこからはじき出されてしまったのだった。

 


―そうして着いた先が、こちらだったのでございます。

 とりあえず、はあ、と答える。

「あの、タミさんが他界しただとか、町田君の夢に入ったのって、何月何日のことですか?」

―そんなことは知りません、猫ですから。

 そうはっきり言われてしまうと、返答しようがない。

―まあ、放り出されてここに来てから、数日間はあなたの様子を伺っていましたけど。

 思わずぎょっとした。私の様子を、ここで逐一監視していたのか? そんなにおかしなことはしていなかったと思うけど、全部見られていたと思うとぞっとした。

「何のためにですか?」

―あなたは誰なのか、タミにはよくわからなかったので。あなたがお坊ちゃまと何かしら関係があるのか、もしくは単に何かの手違いでここへ来てしまったのか、考えていたのです。

「では、私の前に姿を現したということは、手違いではないと思ったからですね?」

―昨夜、あなたが電話でお友達と、お坊ちゃまのことを話されているのを聞いたので。

 そういえば昨日、滅多に電話をよこさない友人から野暮用の電話があって、町田君が市役所で働いているのを見たというような話をしていたのだった。

―旧友との雑談で話題に出るということは、少なくとも多少は親しい間柄なのでしょう。

「さっき、男に逃げられて、とか言ってたのは何のことですか?」

 私と猫の声が被る。

―ああ、あれは、単にあなたがどんな反応をするのか見てみただけです。察するに、あなたは以前お坊ちゃまとの間に何か……。

 猫の言葉が耳に入ったとたん、体が勝手に動いた。思わず近くにあったクッションで猫をぶっ叩いた……つもりが、クッションは猫をすり抜けて、ベッドを叩いていた。知らぬ間に、自分の声とは思えないような悲鳴が漏れていた。

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