第七十二歩 【始まりから今へ】
ガタガタと音を立てて整備されていない道を進んでいく馬車に揺られながら、俺は暖かい日差しを浴びていた。
俺たちが夢の尻尾を捕まえてから一週間――
レイラさんを中心に色々な準備を手伝ってくれた屋敷の方々には感謝してもしきれない。
それに加え――
「少し休んだらどうだい? 一眠りしたあたりでエルピー平原に着くはずだよ」
馬車の手綱を握っているレイナルドさんが声をかけてきた。
彼はレイラさんとも知り合いだったらしく、エルピー平原への案内人を買って出てくれたのだという。
また、現地にもちょくちょく来て手助けをしてくれるというからありがたい話だ。
「レイナルドさんこそ、ずっと休んでいませんが大丈夫ですか?」
「舐めてもらっちゃ困るな。これでも冒険者としては有名なんだぞ。このくらい屁でもないさ!」
レイナルドさんはハハハと笑うと、手綱を振り馬車を加速させる。
爽やかな風が吹き抜け、木々が気持ちよさそうに揺れている。
馬車から降りた俺たちは目の前に広がる青々とした森に目を奪われていた。
「俺たちが初めて会った森を思い出すな。思えばあれから全てが始まったんだよな――」
「最初からお前は変な奴だったよ。我の姿に臆することなく近づいて来た時は正気かと疑ったが……そんなお前だからこそ我らをここまで連れて来れたのやもしれないな」
「ずっと一緒です。僕たちはこれからどんなことがあっても一緒に乗り越えられますよ!」
俺たちが感傷に浸り、森を眺めていると後ろから怒号が飛んでくる。
「お前ら! 感傷に浸っている暇があるなら荷下ろし手伝いやがれ! 今日中にここに寝床作んなくちゃなんねぇんだからな!」
たくさんの荷物が積まれた後続の馬車が着き、その中から開拓のために集まった異界人たちが十数人おりてきた。
あの一件の後、俺たちと共にエルピー平原の開拓の志願者を募ったらしく、俺たちに助けられたという異界人数十人が志願したのだとか――
まだ一人一人との顔合わせは出来ていないが、先遣隊として荷下ろしを手伝ってくれている。
その中でメガロが忙しそうに水流を使って荷下ろししている姿を見て、俺たちは慌てて馬車へと走った。
重い荷物をやっとこさ荷台から降ろしたところでよろけた俺をリンが支える。
「新天地に来た早々ケガしないでよ。あなたがメインの仕事が山ほどあるんだから!」
リンはそう言うと俺が下した荷物を軽々と持ち上げ、テントの中に運んで行った。
――まったく不甲斐ない。
「この森には可愛い薬草ちゃんの匂いがプンプンするぜぇ! 偵察がてら集めてくるから地味な作業はよろしくぅ!」
荷物下しに飽きたバーンはそう言うと、森の中へと飛び去った。
その様子を見てメガロは水が沸騰しそうなくらい顔を真っ赤にして怒る。
これももう見慣れた風景だ。
(心地良いなぁ。コタロウの言うとおりだ。これからどんな困難なことが待っていても皆となら)
俺が風を頬に感じながら、そんなことを思っていると――
「た、大変っすぅ!」
どこに行っていたのか姿が見えなかったシュウスケが俺の下へかけてきた。
額に汗を滲ませ、真っ青になりながら俺の前で膝をつく。
「どうしたんだ? そんなに慌てて!」
「ぶ、武装したエルフが大勢こっちに向かって来てるのが見えたんすよ! きっともうすぐそこまで迫って来てるっす!」
シュウスケの言葉に一同が驚いていると、森の中から馬が走っているような地響きが聞こえてきた。
その音は次第に大きくなり、もう間近まで来ている。
「メガロ、フェル! 何が起こるかわからない。皆を守ってくれ!」
「うむ!」「おうよ!」
「それと、不用意に事を荒立てたくない。向こうから攻撃されない限り、こちらから手出しはしないように!」
俺はリンとコタロウを伴い、臨戦態勢を維持しつつ森の方を見張った。
森の木々がまるでその音を避けるかのように広がり、甲冑を身に纏った騎馬隊が姿を現す。
彼らは俺たちを取り囲むとピタリと制止し、先頭の数人が馬を降りる。
その騎士たちの耳は横に長く、盾や兜には弓矢と森が象られた紋章が彫ってあった。
「下賤な人族どもめ! また性懲りもなく森を荒らしに来たか!」
「以前は手心を加えて無傷で返してやったが、今回もそうだとは考えんことだ!」
より大きな槍を携えた先頭の騎士が俺たちにその槍の先端を向ける。
殺気が辺りを包み、後ろの異界人たちは恐怖で震えていた。
「どうせ言葉は通じぬだろうが、一応警告してやる。早急にこの場から立ち去れ! そしてこの森に二度と近づくな!」
じりじりと距離を詰める騎士に俺は意を決して話しかける。
「お初にお目にかかります。私は沢渡 類と申します!」
俺が名乗ると騎士は動揺したように足を止め、周囲からもざわめきが聞こえた。
「お騒がせしてしまい、申し訳ありません。ですが、我々に敵意はなく。森に害をなそうとも考えておりません。ただ、このエルピー平原に居住区を築きたいだけなんです」
そもそも、エルフ族の領地はリエス大森林のみでエルピー平原は盟約上、共和国の領土らしい。
この盟約は共和国設立時に交わされたものであり、双方に書簡が残っているらしいのだが――
「貴様、人族でありながら我らの言葉を操るとは面妖な……しかし、その言葉、信用ならぬ! お前ら人間はエルピー平原に留まらず、我らの森も手中に収めようとしているのではないのか!」
再び槍の先を俺に向け、そう語る騎士に俺はレイラさんから預かった書状を見せる。
「こちらが共和国議会議長 レイラ・シュードルから預かってきた書状になります。ここにも、リエス大森林を害さぬとあります。ご確認ください」
「フン! 我らが貴様ら人族の言語を理解できぬと知っていながらぬけぬけと――」
首を背ける騎士に俺は書状の紐を解きながら近づいていく。
「ならば、自らの目でご確認ください!」
俺は騎士の前に進み出ると、書状を騎士の眼前に開く。
「ッ! よ、読める……読めるぞ! な、何故だ? 何故、我々もお前らの文字を理解できる!?」
書状を受け取り、わなわなと体を震わせる騎士に俺はチャンスとばかりに続けた。
「私は議長より、異種族間の通訳――対話の手助けをするように命じられた者です。このエルピー平原での開拓をお許しいただけますでしょうか?」
周囲のざわめきは一層大きくなり、騎士はゆっくりと俺の顔を見ると沈黙した。
「た、隊長! 人族の戯言を信じる必要はありませんよ! 今まで、どんな手段を使っても意思疎通が図れなかったのに……話が出来すぎています!」
後ろに控えていた騎士が俺を見つめている騎士の肩を揺する。
隊長と呼ばれた騎士はその手を払い除けると、口を開いた。
「この書状の内容と貴様の言葉。これを信じるか否かは我らの一存では決められぬ。よって、貴様を長の所へ連れて行き、その真意を確かめることとする。ただし、貴様の言葉が偽りならばここにいる仲間たちの命はないと心得よ!」
騎士はそう宣言し、部下に武器を下すように命じた。
「ルイ、大丈夫なの?」
「あぁ、俺を信じてくれ。きっとエルフたちの信頼を勝ち得て見せる。でも、もし何かあったらみんなおことを頼む」
俺はリンにそう告げると、隊長が指定した部下の馬へよじ登る。
「待ってください! 僕も――僕も連れて行ってください!」
「お、俺も! ルイさんだけ行かせるなんて出来ないっす!」
隊長が出発しようとするとコタロウとシュウスケが馬の前に立ち塞がる。
「ダメだ。人族を二人も我らの森へ入れるわけにはいかない!」
その剣幕にシュウスケはたじろいだが、コタロウは構わず続ける。
「僕は人ではなく魔獣です! 魔獣が森に入るのは構わないではないですか! それに、人族ではなく魔獣からの意見も聞いていただければ長様も納得のいく結論を出せるのではないですか?」
コタロウの言葉を聞いた隊長はしばらく思案していたようだったが、やがて首を縦に振った。
「良いだろう。ではその人族に加え、お前も長様の所へ連れて行こうではないか!」
それを聞いたコタロウは隊長にお辞儀をすると、素早い動きで俺の肩に飛び乗った。
やがて俺たちを乗せた騎馬隊は森の中へと出発し、森の奥へ奥へと分け入っていくのだった。
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