第六十五歩 【正義の使者】
俺たちは無事、意識が戻ったボスをダリアたちに託し、鉱山の外へと出た。
ボスからはお礼をと言われたが、これ以上群れを混乱させたくなかった俺たちは気持ちだけ受け取ることにしたのだ。
「でもボスさんの身体、なんともなくて良かったですね!」
前を歩いていたコタロウが尻尾を振りながら鉱山の入り口を振り返る。
俺とリンも頷き、入り口を通り過ぎた。
辺りはすっかり日が落ち、鉱山から町へ降りる道にあるトーチだけが行く先を照らしている。
俺はフェルたちに事の次第が露見することに焦り、急いで山を下りようと提案したが、それをなぜかリンが制止した。
そしてリンはコタロウの横辺りを歩いていたウルドさんへ声をかける。
「どう? ルイは見事に証明して見せたわよ。彼の善意をね」
その言葉を聞いたウルドさんは立ち止まり、つられて俺たちも足を止める。
「確かに――彼は善意を証明した。君が信じた通りだったよ、リン君」
ウルドさんは俺たちに向き直ると、俺に仮面の正面を向ける。
「まず、試すような形になってしまったこと。そして、数々の非礼を詫びよう。すまなかったね」
そう話したウルドさんは、リンにコタロウを連れて先に行くように促した。
二人は不安げな表情を浮かべたが、俺はそれに応じることにした。
「何故、俺たちを試したのですか?」
俺がそう問うと彼は話し始めた。
「君たちが王国と敵対したと聞いている。そしてフェル君やメガロ君など、強大な力を持った魔獣たちを従えているともなれば共和国の首脳陣が警戒するのも無理はないだろう。それにだ――」
「それに?」
「私としても共和国の人々の安全のために君たちが善意の存在であるか否かを確かめたいと思った。もし、君たちが共和国の人々に害を与えるようであれば排除しなければならないからな」
「でも、それを俺に打ち明けてくれたってことは信用してくれたってことですよね?」
「君たちに悪意がないことは理解したが……信用したというわけではない。君は彼らの上に立つには力が無さすぎる」
「上に立つ?」
俺はその言葉の意味が咄嗟には理解できずに聞き返した。
「君はこれまでも今回も感じてきたはずだ。この世界で人間と他種族、特に魔獣との共存が困難であることを……もし、彼らが人間と敵対する道を選ぼうとした時、それを制する者が必要なのだ。今の君にそれができない以上、信用するというわけにはいかない」
対立――
これまでにも数々の人間の諸行を見て来たから分かる。
もし、人間の行いに耐え切れず、多くの魔獣が結託すれば多種族を巻き込む全面戦争に発展するだろう。
それを見越しているからこそ、王国は〝ミリアノス〟の様な対他種族用の大部隊を組織しているのだと俺は思い至っていた。
「君が多くの魔獣たちを率いれば率いるほど、人類は君たちの動きに敏感に反応するようになっていくだろう。それは何も王国だけの問題ではなくなる。その時、|魔獣たち〈彼ら〉が人間に対して牙をむいたとしたら――君はどうする?」
俺は自分にもその問いを投げ掛け続けていた。
もしフェルが、メガロが、俺が出会う魔獣たちが人間と敵対する道を選んだとしたら……
「今すぐに答えを出せとは言わないさ。ただ、その答えが出ないうちは君を、君たちを信用するわけにはいかないということだ」
「共和国には入国させてもらえないと?」
「いや、君たちに悪意がないと分かった以上、入国を拒否する理由は私にはない。しかし、一つだけ忠告はさせてもらうよ……共和国も一枚岩というわけではない。形上まとまってはいるが、それぞれの思惑で動くのが現実だ。これからは君たちが渦の中心となるのは間違いない。それでも行くのか?」
ウルドさんの忠告を聞き、俺は共和国の内情を改めて認識した。
王国という強大な力と対等に渡り合うための同盟。
そんな中で各国は我先にと優位に立つための力を欲しているということか――
俺は皆の危険を考え一瞬悩んだが、俺たちの意志はすでに確認し合っている。
皆が俺を信じて同じ道を歩いてくれているならば、俺は命を懸けて皆を守り、その先へ連れて行くだけだ。
「行きます。俺たちはこの世界の悪意とも向き合っていかなくていけない。その中で苦しんでいる魔獣や人間以外の種族を助けることが俺の、俺たちの夢なんです!」
彼はフッと笑うと、一枚の封筒を手渡した。
そこには奇麗な装飾と複雑な紋章が刻まれている。
「これは共和国評議会への招令状だ。君たちにその覚悟があるならば、懐に飛び込んだ方が何かとやりやすかろう。無論、私も君たちに害が及ばないように尽力しよう」
俺は封筒を受け取るとウルドさんへ聞き返す。
「信用しないんじゃないんですか? 何故、俺たちを――」
その問いに彼は大きく手を広げながら答えた。
「私は正義の使者だ! 君たちが魔獣を救うというならば共和国のみならず全ての罪なき命を救うのが私の役目! 君たちの行く道を信用することはまだできないが、命を守ろうとする君の善意には敬意を表する。私は正しきもの、優しき者の味方なのだ!」
今まで雰囲気とはまたもや打って変わり、高らかに宣言するウルドさんの姿は一時代前のヒーロー物の口上のようで少し懐かしさを覚える。
しかもこの格好だ、本当に元の世界のヒーロー物を意識したかのように思えてくるな。
「さぁ、これ以上リン君たちに心配させる訳にもいかないから町へ帰るとするか!」
彼はそう言うと俺を小脇に抱え、空高く飛び上がる。
特段魔法を使っているわけでもないようだが、異常なほどのジャンプ力――さながら巨大ジェットコースターにでも乗っているような感覚だ。
俺が適度にぐったりした頃、気が付けば周囲は街の明かりに照らされていた。
「ル、ルイ! 大丈夫なの?」
「大変だ! ルイさんがアワ拭いてるぅ!」
リンとコタロウの声がして俺は地面へと下される。
くるくると回る視界を落ち着かせ、立ち上がるとそこは朝にいた広場だった。
「今回は君たちのおかげで罪のない命を救うことができた、感謝する。共和国に着けばまた会うことも叶うだろう」
ウルドさんはそう言うとその場から掻き消えた。
俺たちが辺りを見渡すとこの町の一番高い塔の屋根の上に影を見つける。
本当に特撮かよ……と思わされる構図だな。
「あれ? あそこにいるのは三英雄のウルド・ライディンじゃないか⁉」
俺たちが振り向くとそこにはレイナルドさんが立っていた。
彼はウルドさんの影を見ながら目を輝かせている。
「いやぁ、こんなところで彼の姿が拝めるなんて、君たちもツイているねぇ! 彼は――」
ここからレイナルドさんによるウルド・ライディン講座が始まったのだが、疲れていてほとんど覚えていない。
余談だが、宿に戻った俺たちは待ち構えていたフェルとメガロからこっぴどく叱られた。
なんでも、俺たちとの話に夢中になっていたバーンの声が二人に丸聞こえだったのだという。
俺はどんなことがあろうと相談なしに危険な事はしないと固く約束させられたのだった。
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