第四十九歩 【戦慄のグラトニル】

 コタロウを抱えた俺とリンはやっとの思いで村へ辿り着く。

 しかし、辿り着く前からコタロウは不穏な匂いを察知していた。


「急いでください! 大きくて嫌な匂いの傍にシュウスケさんと血の匂いがします!」


 俺たちは冷や汗を拭いながら村へと入る。

 踏み荒らされた道を村の中心に向けて進んで行くと、人影が密集している場所が見えてくる。

 その人影が人間のものではない事は判るが――


 俺たちは身を隠しながら近づいて行くが、奴らの足下に目をやった時一気に血の気が引くような感覚に陥った。


「シュウスケ!」


 奴らの足下には血まみれで蹲るシュウスケの姿。

 その後ろにいる龍人族の子供を庇うような構図を見れば、大体の流れを察する事が出来た。


「ルイ、奴らの先頭を見て! 明らかに指揮官ぽいのがいるわ。あれは……人間?」


 俺はリンに促され、ホムンクルスたちの先頭にいる人物を見る。

 そこには黒い和装に身を包んだ長髪の男。

 腕には逆手に持ったショートソードが二本。

 何か話している様だが聴き取れない。


「異界人がなぜここにいるって言ってます!」

 コタロウが自慢の聴覚で通訳してくれたことでその場の状況が理解できた。


『あ、あんたたちは何者なんすか? なぜ、龍の里を?』


『こっちの質問に答えろ。お前たちはどうやってここに入った? 今の行動を見る限り、同業者とは思えないが……』


『へっ、不法侵入したあんたたちと違って俺たちは正式に招待されたんずよ……龍人族たちを守る正義の味方っすからね。俺の鬼強い仲間が戻って来る前にさっさと撤退する事をお勧めするっす!』


 息も絶え絶えに強がるシュウスケ。

 だが、相手は怯まない。


『脆弱な異界人の分際で俺に指図するな。龍人族や龍族の素材は貴重だ。なるべく採集して帰還せよとの命だ。ここが終われば我々は龍族の下へ赴く』


『なっ!』


『龍人族はどこにいる? 話してそこの龍人族の子供を差し出せば、命だけは助けてやろう』


 その言葉を聞いたシュウスケはよろよろと、子供たちに近寄っていく。


 子供たちは驚いたようだが、腰が抜けてしまった様で動かない。


『そうだそれでいい』


 男はほくそ笑む。

 シュウスケが自分の提案を呑んだと思った様だ。


 しかし――


『お断りっす! そんなことするくらいなら死んだほうがましっすよ!』


 シュウスケは龍人族の子供たちをしっかりと抱きしめ庇うと男を睨みつける。


『こちとらお人好しの異界人なんでね!』


『フン、まぁいい。一つ作業が増えるだけだ!』


 男がゆっくりと三人に近づいて行く。


 俺たちは物陰を飛び出すとシュウスケ達に駆け寄る。

 俺はシュウスケと子供たちを庇うように立ち、リンは男へと斬りかかった。


ガキンッ!


 リンの攻撃はホムンクルスに受け止められ、男には届かない。


「おぉ、紅種の龍人か!」


 リンを見た瞬間、目の色が変わった男は刀を順手に持ち替え、力強い斬撃をリンに撃ち込む。

 リンはその斬撃をダガーで流すと、空中で一回転し俺の横に降り立つ。


「シュウスケ、大丈夫か?」


「あぁ、ルイさん、リン。来てくれたんすね……良かったぁ」


 気が抜けたのか半べそをかき始めたシュウスケはその場にへたり込む。


「子供たちを守ってくれてありがとね。あなたの事見直したわ!」


 リンもシュウスケと子供たちの無事を確認して安堵するが、緊迫した状況は続いている。

 少しでも打開する糸口が欲しい俺はここで俺は少しカマをかけてみることにした。


「お前ら、〝グラトニル〟だな! 龍人や龍族を狙いに来たんだろう!」


「ほう、そこまで掴んでいるとは驚きだ。貴様も見たところ異界人のようだが、珍しい魔物を連れているな」


 男は右目につけているモノクルを触りながら俺とコタロウを見る。


「どうやってここに入り込んだ! それもこんな軍勢を引き連れて!」


「フッ、我々グラトニルの技術をもってすれば容易いことよ。それよりもだ――」


 男は手を前にかざすとホムンクルスたちに指示を出す。


「そこの龍人族と魔物を捕獲せよ! 異界人は殺してしまっても構わん!」


 男の指示を受けて数十体のうち五体のホムンクルスが一斉に動き出す。

 リンが前衛に出てホムンクルスたちと切り結ぶ。

 短剣、ダガー、龍の尾で三体の攻撃を受け止めるが、残りの二体がリンに迫る。


 それを見たコタロウが俺の腕の中から飛び出すと、風の魔法で二体を足止めした。


 一方、俺は回復魔法をシュウスケに施し、子供たちと一緒に下がらせると前線に参加する。

 村に置いてあった剣をリンから借りたから攻撃を受け止めるくらいできるはずだ!

 

 

 こうして戦慄が渦巻く中、俺たちは〝グラトニル〟との邂逅を果たす。

 これは俺たちの長い戦いの始まりに過ぎなかった。

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