第三十六歩 【国王と呪縛】

 俺は拘束と沈黙の魔法とやらをかけられ、大きく豪華な広間に跪いている。

 俺を取り囲んでいるのはファイザとハイトを中心としたグラブと王権騎士団。

 そして見上げるその先には・・・


「そやつが魔物を使役できるという異界人か?」


 王座に座っていた男が立ち上がり、王座に続く階段を下りてくる。


「はい、間違いありません」


「魔獣たちは取り逃がしましたが、この異界人の能力が思いのままになればすぐに魔獣も手中に収められましょう」


 ハイトとファイザは跪き報告するが、肝心な部分を間違えている。

 これが俺を血眼になって追っていた理由という事なのだろうな。

 王は俺の前まで進むと俺を見下ろして告げた。


「異界人よ。お前が持っている力はこの王国にとって、そして人類にとって大きな意味を持つ。もしお前が余とこの国に忠誠を誓うならば余がお前を導いてやろうではないか」


 王の言葉が終わるとファイザが腕を振るう。

 すると、沈黙の魔法が解けた様に俺の口が自由になった。


「あなたは異界人を操り人形にしているそうですね。それを止めてください。異界人を全員解放してください」


 その時の俺はそんな言葉が相手に届くと思っていたのだろう。

 しかし、王や周りの騎士から嘲笑しか聞こえない。


「やはり祝福者はもはや人ではないか。良かろう・・・リフ! リフ・エル・ミラノスはおるか?」


 王の声が響くと柱の陰から一人の老婆が現れた。


「はい、ここにおりますじゃ!」

「この異界人を支配せよ。そして魔物を使役するスキルの発動条件を調べるのだ」


 王はそう言い捨てると俺から視線を外し、王座へと戻っていく。


「ちょっと! 俺の話を――」


 王を呼ぼ止めようとした時、ファイザが再び腕を振るい沈黙の魔法が俺の言葉を奪う。


「ふへへ、これほど強力な力を持った異界人は久しぶりじゃてのう。腕が鳴るというものじゃわい!」


 リフと呼ばれた老婆は人差し指を上に突き出すとその上に魔力を集中し始める。

 何か呪文のような呟きを続けた後、20秒ほどで指の先にビー玉大くらいで薄紫色の魔力の球が出来上がる。


「さぁ、始めるとするかねぇ!」


 老婆が俺に向き直るとグラブの騎士たちが俺の頭を掴み、目が閉じぬように押さえた。

 拘束の魔法で身体の自由を奪われている俺は全く抵抗ができないまま、老婆はゆっくりと俺に近づき、顔を覗き込む。


「祝福者だから恐怖はあまり感じていないとは思うがね、まぁ悲観することじゃないさ。あんたはここで使役されている異界人の中でも特に大事にされるだろう。さぁ、そろそろお休みの時間だよ!」


 老婆は嬉々としてそう囁くと魔力の球を俺の右目に押し当てる。


「んぐぅ‼ うぐぐぐ‼」


 沈黙の魔法をかけられていても漏れる悲鳴。

 俺は球が目に埋め込まれれば埋め込まれるほどに身体が氷に包まれていくような感覚に襲われた。

 それと同時に意識や思考が刈り取られ、徐々に視界が暗闇に包まれていく。


「なかなか強情な奴だねぇ‼ さっさと墜ちりゃぁ良いんだよ‼」


 老婆は苛立ち、球を一気に目へと押し込む。

 感じたことが無い寒気に襲われながら、俺は声にもならない呻きを出し続けるしかできなかった。



 ※

 ある倉庫の隅にフェルに咥えられたコタロウが到着した。

 そこにはすでにシュウスケ達が集まっていた。


「バーンさん、助かったっす。バーンさんが全員に分身体を付けてくれたおかげで無事に合流できましたよ!」


「うむ、そのおかげでこうして円滑に合流できたのだ。今回は感謝せねばなるまい」


 シュウスケとフェルがバーンに視線を向ける。


「よせやい! 俺っちにとっちゃ朝飯前よ!」

「フン! まぁ、礼は言っとくがよ! あんま調子乗るんじゃねぇぞ! とにかく、皆怪我はないな?」


 全員が自分の状態を確認しているとぶるぶると震えていたコタロウが声を絞り出す。


「ル、ルイさんが・・・僕のせいで‼」


 コタロウは大粒の涙をこぼし、その場に座り込んだ。

 その様子を見て、シュウスケがコタロウを抱き上げる。


「だ、大丈夫っすよ! みんなで助けに行けば何とかなるっす‼」


 シュウスケはコタロウの頭を撫でながらフェルたちの方を振り返った。


「さぁ、ルイさんを助けに行きましょう! ・・・あれ?」


 シュウスケが振り返った先にはうつむき、視線を逸らすフェルたちの姿だった。


「と~っても言い難い事なんだげんちょもよぉ・・・無理だぜ」

「今から助けに行ったとしても支配魔法を行使された後だろう。そうなればその魔法を行使した者が解除しない限り支配魔法を解く方法は無い。シュウスケの様に戻された者もいたなら城内でなにか糸口が無いかとも思ったが、今となってはそれを探る事すら難しい。ルイの命運もここまでという事だ」


 フェルが首を横に振る。

 しかし、バーンは言葉を続けた。


「その事なんだがよぉ・・・実は勝算がちぃとだがあったんだ。だが、今回の一件でその希望も消えちまった。今回の要は紛れもねぇ・・・ルイだったんだよ」


 その言葉にフェルが反応する。


「一体どういうことだ?」


「いいかい、支配魔法は大抵が瞳の中に埋め込む呪縛によって発動するんだ。その呪縛を解く為には埋め込まれた呪縛の意図を正確に知らなきゃならねぇ。そこで、ルイの能力が必要だったんだ!」


「そうか‼ ルイの奴は俺と会った時の一件で魔方陣に描かれていた術者の意図を読めていたな‼」


 メガロは湖底での一件を思い出し、声を挙げる。


「そのルイが支配されちまったんじゃこの希望もおじゃんだ。という事は撤退あるのみさ!」


 バーンは大きくため息を吐き、他の面々を見る。


「俺っちはまだ会って日の浅い異界人と心中する気は毛頭ないがね。君たちはどうするんだい?」


 バーンの言葉にしばらくの沈黙が流れた後、フェルがバーンの横に歩を進める。


「我も同感だ。ルイの奴がどこまでやれるかと付き合ってきたが、所詮は力無き異界人の一人だったという事だ。これ以上我も危険を冒すつもりはない」


 フェルがバーンの横に並びそう告げる。


「そ、そんな・・・フェルさん、バーンさん。ルイさんを見捨てるっていうんすか?」

「ルイの奴も覚悟していたはずだ。これほどの無茶をすれば無事ではすまんと・・・それでも奴はここに来て、目的を果たすためではなく、他者のために自分の身を捨てた。この弱肉強食の世界においてそれがいかに愚かな行為か貴様らは知らんのだ! お前たちも一緒に来い。ルイも俺たちがこれ以上、傷付くことを望まないはずだ」


 フェルはシュウスケの問いを厳しい口調で一蹴する。

 そしてバーンもそれに大きく頷いた。

 しかし、フェルたちの態度に激昂する者がいた。


「ひどいですよ。みんな、仲間だと思っていたのに・・・」


 コタロウは全身の毛を逆立たせ、いつもはつぶらな瞳を怒りの色に染めながらフェルとバーンを見つめていたのだ。


「ルイさんならもしこの中の誰が捕まったって絶対に見捨てたりしません‼ それに、僕のせいでルイさんは捕まったんです。僕だけ逃げるなんてできません‼ フェルさん達が行かないなら僕一人でも‼」


「いい加減にしろ‼」


 コタロウの言葉を聞くと、フェルはコタロウに飛び掛かり抑えつけた。

 コタロウはもがくがフェルから抜け出すことなど到底できない。


「これほど小さく、無力なお前に何ができるというのだ‼ この世で優しさなどというもので成し遂げられることなど一つもない‼ 力無き者は淘汰され、強い者のみが生き残る。それが摂理というものだ‼ 希望のない事をして一体何が変わるというのだ‼」


「ちょっとフェルさん、コタロウ‼ 落ち着いてくださいって! メガロ、何とかしてくださいっすよ‼」


 シュウスケは視線をメガロに移す。

 メガロは先程から何かを考えている様に目を閉じ、動かなかった。


「悪いが、俺っちも狼君に同意だね。今回はどうしようもない。それはそこで黙りこくっている魚君にもよぉく理解できている事だと思うがね?」


 バーンはメガロの傍に飛んでいくと、メガロが入っている水をつつく。


「なぁ、鳥公よ。お前、今もルイの〝言語理解〟を仲介してやがんのか?」


「はぁ? 何だよ急に? 出来る訳ねぇだろ。今、あいつがどこにいるかもわからないのによ!」


 急なメガロの問いに驚きながらバーンは答えたが、その答えを聞いた瞬間、メガロは目を大きく見開く。


「なぁ、鳥公よ。もしかしたらだけども見えて来たぜ。テメェらが言う希望ってやつがよ‼」


 メガロはフェルの足下のコタロウを見て、ニヤリと笑うのであった。

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