けものの脇道 ~リンの葛藤~

 時を遡る事数日。


 ルイ達と別れたリンは王都近くの町で宿を取り、旅の準備をしていた。


「ミディ、龍の里までは暫くかかるからもう少し我慢してね」


 買ってきた品物を整理しながらリンがミディに話しかけるが、ミディは窓からじっと一方向を見つめ浮かんでいる。

 ミディが見つめているのはルイ達がいる王都の方角だ。


「キューン」


 不安げな声を出すミディをリンは優しく撫でる。


「ルイ達の事が心配なのね。それは私も同じよ。でも、これ以上貴方を危険な目に遭わせることはできないわ」


 龍人族は先祖代々、《龍の守護》を役目としている種族。

 リンが龍の里の外へ出ることを許されたのもミディを無事に連れ帰るためであった。

 それを考えればミディを伴って王都に入る事はあまりにも危険すぎたのだ。


「ルイ達はきっと大丈夫。だって、フェルやメガロが付いているんだもの。無事に目的を果たして王都を抜け出すことが出来るわ」


 リンはそう話すとミディを抱き上げ、廊下に出る。


「きっとまた会えるわ。……少し外の空気でも吸って来ましょう」


 リンが部屋の扉を閉めたその時だった。


「それは叶わぬ願かもしれませんよ」


 不意に耳に届いた声にリンは身を翻し、ダガーに手を置く。


「おっと、そんなに警戒しないでくださいな。私はあなたの敵ではないのですから」


 閉めた扉の横にいたのは黒いローブに身を包み、白い手袋と革靴を着けた怪しい男。

 リンはミディをマントの後ろに隠し、臨戦態勢をとる。


「驚かせてしまいましたね。これは失礼をしました」


 男は軽く頭を下げると、リンから少し距離を置く。


「あなたは誰? 私と話せるって事は人間じゃないのかしら? それにさっきの言葉はどういう意味なの?」


「私が誰かはさておき、さっきの言葉の意味はですね……」


 男は自分の正体の事については語らず、言葉を続ける。


「今、王直属の部隊である〝王権騎士団〟〝グラブ〟〝ミリアノス〟の幹部たちが召集され、王宮に集結しつつあります。そのような状況で王宮に忍び込もうものならどういう運命を辿るかはもうお察しの通り……」


 男が発した言葉にリンは絶句した。

 驚愕のあまり、力が抜けそうになるのをグッと堪え、ダガーを抜く。


「そ、そんなこと……とても信じられないわね!」


 ダガーの切先を向けられても男はたじろぐことはなく、それならばとリンを廊下の先の窓へと誘う。


「そろそろ通る頃だと思いますよ。それを見て判断して頂ければよろしいかと」


 リンが窓の外を覗くとさっきまで賑わっていた市場通りが静まり返り、人々は道を開けるように道の両脇に寄っていた。


「ほら、見えてきましたよ」


 男は市場通りの更に先を見つめ呟いた。

 リンもつられて目を凝らす。

 そこに見えてきたのは大きな御旗。

 見れば人々は安堵し、魔物であれば死を覚悟するという二本の剣と美しい騎士の横顔が織り込まれた紋章が物語るのはーー


「〝ミリアノス〟総帥 ミレイ・アーガニア!」


 市場を馬に乗り、大軍を引き連れながら悠然と闊歩していくのは退魔軍の総帥である女傑。

 王以外の命では決して持ち場を離れぬと噂の彼女が目の前を進んでいるという事は男の言葉が嘘ではないという事を告げていた。


「〝ミリアノス〟だけではありません。王都周辺の守護に就いていた〝王権騎士団〟も各地に散らばり異界人狩りをしていた〝グラブ〟も同じように王都へ召還されています。それはひとえにただ一人の異界人を捉えるため」


「それが……ルイだというの⁉」


 リンが震える声で問うと男は静かに頷く。


「あれほど強力な魔獣を操るスキルを持った異界人となれば王は戦力を集結してでも手中に収めたいのでしょう」


「でも、彼のスキルは……」


 リンはそこまで言うと言葉を飲み込む。

 しかし、男は笑みを浮かべながら言葉を付け足した。


「そうですね。彼のスキルは魔獣とただ話すことが出来るだけ! もしその事が王に知れれば利用価値無しとして処分されるやもしれません。そうならなくても彼は一生、王の操り人形だ! 同じ異界人の少年はともかくとして、一緒にいた魔獣たちは生かしておかないでしょうしね」


 リンは狼狽し、後ろの壁にもたれかかる。


「これからどうするかはあなた達次第です。まぁ、あなた達が行ったところで変わるような状況でもありませんがね。それではごきげんよう!」


 男が指を鳴らすと辺りに風が巻き起こる。

 その風が止むころには男の姿は消え失せていた。


「あの男は一体何だったの? いや、そんなことよりも私は一体どうすれば……」


 リンが頭を抱えているとマントの中からミディが飛び出す。

 ミディは窓から外に出ると、王都の方へ向かって飛んでいく。


「ミディ⁉ まさかさっきの話が分かっていたの?」


 まだ幼いミディはルイのスキルが無ければ龍族または龍人族としか意思疎通が取れないはずであった。

 しかし、ミディは今までの会話が理解できていたかの様に王都へ向かい飛び出したのだ。


「待って、ミディ!」


 リンはマントを脱ぎ捨てると羽を広げ、ミディを追う。

 リンはミディの行く手を遮るように前に出ると、ミディを受け止めた。


「キュイ‼ キュイ‼」


 激しく抵抗するミディをリンは何とか押しとどめる。


「落ち着いてミディ!」


 リンが声をかけ続けるとミディはようやくその場で制止した。


「私だって助けに行きたいけど……あなたを龍の里まで送り届けるのが私の使命なの! それにあれだけの戦力が集中しているなんてどう考えても危険すぎるわ!」


 リンとて自分の気持ちに素直に従えるのならば今すぐ王都へ戻るだろう。

 しかし、龍人族の使命とミディの命がかかっている状態でそれを選択することは困難を極めたのだ。


「キューイ‼ キュア、キューン‼」


「え? もしルイなら迷わずに助けに行くって?」


「キュイ‼ キュウキュウキューイ‼」


「彼が身を挺して助けてくれてのは分かっているわ! でも……」


「キュイ‼ キュルル、キューン‼」


「‼」


 ミディの最後の言葉にリンは愕然とした。

 だが、それと同時にリンの決意も固まったのだ。


「分かった。あなたがそう言うのなら私は……その命に従います‼」


 ミディは大きく頷くとリンを伴い、王都の方角へと飛び去った。

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