第十四歩 【濡れ衣と龍人族の少女】

 俺は地面に押さえつけられたまま身動きが取れないでいた。


「随分と不用心ね? 龍の卵を盗めたのはまぐれなのかしら?」


 俺を睨みつけていた角を持つ少女が口を開く。

 ……って、え?

 卵を盗んだ? 俺が?


「い、いや、盗んだとか身に覚えが……」


「とぼけても無駄よ! あんたが龍の子供を抱えて飛んでいくところを見かけたの。その時はもう二匹の魔獣も一緒だったようだけど、どんな酷い方法で従わせてるのかしらね!」


 えぇ~、何回目だよこの勘違いは‼

 この世界の人間と他種族との関係が最悪なのは分かったけどさぁ。

 人間ってだけで魔獣とかに悪さしてるって考えるのやめてほしいよね!

 ……と言っても、それだけ人間も他の種族に対して酷いことしてきたってことなんだろうな。


「さぁ、あの子をどこへ隠したの? 今なら命だけは助けてあげるわ!」


 俺が感傷に浸っている間に誤解は加速し続けている。

 とは言え、この状況でどんなに弁解しようともただの命乞いにしか聞こえないだろう。

 何とか対等に話せる状況までもっていかなくては……でもどうやって?

 さっきから彼女の腕を押さえてはいるが、両手でもびくともしないくらいの筋力差があるようだ。

 せめて、この喉元の剣を外せれば脱出できるかもしれないんだけどなぁ。

 ん? そう言えば、一つだけ可能性があるぞ!

 ぶっつけ本番になってしまうが、ここはこれしかないな!


「命が惜しくないの? 早くあの子の居場所を!」


「〝強化魔法:アームパワード〟‼」


 俺はテレビで見たスポーツ系番組を総ざらいする様にイメージを腕へ集中させる。

 すると俺の腕に魔力が集中し、赤色のオーラを纏いだした。


「ふんぬっ‼」


 俺が力いっぱい彼女の腕を押し上げるとさっきまでびくともしなかった腕が明らかに浮き上がる。


「今だ‼」


 俺は剣の刃先から喉元を外すように身をひねると次の一手を打つ。


「〝属性魔法:ウインド〟‼」


 地面に向けて叩きつけるように放った扇風機の風程度の魔法は砂を巻き上げ、一時の目暗ましとなる。

 俺はその隙に地面を転がり、距離を取ったところで体勢を立て直した。


「くっ! 龍の卵を盗めた強者にしては随分と姑息で低位な技を使うものね」


「姑息で悪いね。魔法はまだ覚えたてでこんな使い方しかできないんだ」


「覚えたて?」


「そ! 数日前にこの世界に着いた身でね。まだこの世界のこともよく知らない」


「異界人だとでも言いたいわけ? じゃあ、仲間に英雄級の異界人でもいるのかしら?」


 う~ん、頑なに俺が卵泥棒、またはその仲間と認定されてしまっているようだな。

 何とか誤解を解かないと……


「まぁいいわ。異界人だろうと関係ない! 龍族に仇なすものは龍の守護者である私たち龍人族ドラゴニュートが排除するわ‼」


 彼女はそう叫ぶと羽織っていたマントを投げ捨て、その中からは彼女の身の丈ほどもある龍の翼と長くしなやかな龍鱗の尻尾が現れた。

 服装や相貌、肌は人間と変わらないが、角と翼、そして尻尾があることでとても神々しい姿に思える。


「何を呆けている!」


 俺が見惚れていると、彼女は俺の眼前まで一気に詰め寄る。


「〝レッグパワード〟‼」


 俺は脚に強化魔法をかけると思い切り後ろに飛び退くがスピードは相手が何段も上らしく、どんどん距離は詰まっていく。


「このままじゃ……ん? ゲファ‼」


 後ろに飛び退いたのはいいものの、ブレーキが利かない俺は岩に思い切り背中を打ち付けた。


「えぇ、ちょっと……魔法の制御が上手くいってないみたいね。覚えたてってのは嘘じゃないってことかしら?」


 のた打ち回りながら咳き込む俺を見下ろし、さっきまで殺気と警戒心しか感じなかった彼女から哀れみと呆れが伝わってくる。

 いやね、警戒心を少しでも解けたのは嬉しいんだけど……格好悪すぎやしませんかねぇ、俺。


「さて、そろそろ話してもらうわよ。洗いざらい全部ね」


 とは言っても誤解は解けてないし、一体どうしたら?


「キューイ!」


 背中を押さえて蹲る俺の前に小さな影、もしかして?


「あ、あなたなの? あの卵から生まれた子なの?」


 その影はミディ(本人には伝えてないんだっけ)だった。

 今回の誤解の張本人が出てきてくれればもう安心……なのか?

 そもそもミディの言葉って彼女に伝わるだろうか?


「ルイさん! 大丈夫ですか? お怪我は?」


「一体何があったというのだ?」


 その後を追ってコタロウとフェルも俺のもとへ駆け寄る。


「無事でよかったわ! 私はその人間たちからあなたを助けに来たのよ!」


「キュイ? キュイキュイ、キュ~イ!」


 あ、なんか会話が成立してそう。


「え? あいつがあなたを攫ったわけじゃない⁉ しかも命の恩人?」


 いいぞ、ミディ。

 もっとちゃんと説明して御上げなさい。

 しばらく二人の対談を見つめていると、龍人族の彼女がバツの悪そうな顔でこちらへ向かってくる。


「どうやら誤解は解けたようだね」


 俺はようやく背中のダメージから立ち直り、体を起こす。


「本当にごめんなさい‼」


 彼女は翼と尻尾をたたみ、深々と頭を下げた。

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