けものの寄り道 ①

けものの寄り道 ~騎士団長の危惧~

 荘厳華麗な部屋の中、椅子に座り水晶玉を覗いていた男は頭を抱えて、ため息を吐く。


「王国騎士団長、ゼノス・ブランともあろう者が随分と大きなため息ですな」


 テーブルを挟み、書類に目を通していた貴族風の男が声をかける。

 その貴族風の男の名はルーノス・デュラント。

 ゼノスが率いる王権騎士団が所属する王国の伯爵位にして王権騎士団の管理を一任されている切れ者であった。

 普段より、騎士団長としての立場から貴族の相手をすることが多いゼノスだったが、今回の報告内容も相まって、これほど相手にし難い相手はいなかったのだ。


「オレスト周辺の森で確認された魔獣の一件に関してご報告がございます」


「ハイト殿が副騎士団長となって初の任務。して、活躍はいかがか?」


 目を細め、笑みを浮かべながらお茶をすするルーノスに対して、ゼノスの頭痛は増していく。


「結論から申します。今回の任務は失敗に終わりました。かの魔獣の存在は確かに確認されましたが、派遣した部隊はそれを取り逃がしたようです。また、この一連の騒動でグラブや警備隊にも被害が――」


「取り逃がした……か。ハイト殿ほどの騎士が率いている部隊が失態を演じたとなれば、何か不測の事態が起きたのかな?」


 ルーノスの顔から笑みが消え、目がわずかに開かれる。

 その眼光は貴族と思えぬほど鋭いものだった。


「はい、ハイトは魔獣が潜んでいる森に入る前に一人の異界人と接触したようです」


「異界人?」


「報告によればその異界人がかの魔獣を操ったと」


 それを聞くとルーノスは口元を覆い、しばし考えを巡らす。


「魔獣を操るスキルを持った異界人ですか。それが本当ならば……」


 ルーノスはぶつぶつと何かを呟くと再び顔に笑みを浮かべる。


「それほどの異常事態であれば致し方ない。他の貴族たちにも説明がつくでしょう」


「私の考えが至らぬばかりに、申し訳ございません」


「いやいや、貴殿が気に病むことなどないでしょう。今回の任務にハイト殿を推薦し、人選も一任するように命じたのはこの私ですからな」


 そう、ゼノスはこの任務に不安を感じていた。

 それはルーノスを中心とした貴族派閥の権力争いが背景にあったからだ。


「今回の報告書は全て私を通すようにお願いしますね。色々と食い違いがあると困りますから」


「ルーノス卿、我々は――」


「ゼノス殿。君は今回の処理よりもその異界人と魔獣の捜索に全力を注ぎたまえ! いいね?」


 ゼノスにとって王権騎士団の存在意義は国、王、そして国民を守ることである。

 しかし、貴族たちに騎士団はただの駒に過ぎない。


「……かしこまりました」


「よろしい、では下がりなさい」


「お待ちください! ルーノス卿、コルテア・ハイトのことについて」


 部屋を出ようとするルーノスはゼノスの言葉に足を止める。


「ハイト殿の処分は不要とします。王都へ戻り次第、私のもとへ来るように伝えてください」


「ルーノス卿! ハイトの副騎士団長の任を一度解いてはくださいませんか?」


 ゼノスはルーノスに跪き、嘆願するがルーノスの目は冷ややかだ。


「彼を副騎士団長にというのは私を含めた複数人の貴族の意向です。ハイト殿は侯爵の家系にして若くしてあれだけの剣才を有する神童。今回の些細な失態のみで副騎士団長をやめろとは少し早計過ぎやしないかね?」


「今回の失態だけが問題なのではありません。彼は今、自分の力と地位に溺れ、歪み始めています。ハイトの実力は一番理解しているつもりですが、このままでは彼は自分で自分の身を滅ぼしかねない! 彼が自分を見つめ直すきっかけを得れば必ずや優秀な国の剣となりましょう。どうか、彼の将来を考え、今一度ご再考を‼」


 ゼノスはハイトを高く評価していた。

 以前のハイトは自分の才能に溺れず、堅実に物事に取り組む男であったのだ。

 しかし、貴族の権力争いの道具として副騎士団長に抜擢された後にハイトは功を焦るようになってしまっていた。

 ゼノスは今回の失態の以前からハイトの変化を危惧していたのだ。


「ゼノス騎士団長、ハイト殿は君が思っているよりも優秀な男だ。そのような危惧は不要だよ。もし、今回のようなことがあっても、ある程度ならこちらでもフォローはできるからね」


 ルーノスはそう言い残すとゼノスを残し、部屋を後にした。

 ゼノスは一人、部屋で立ち尽くしながら騎士団とハイトの行く末を案じていた。

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