第16話-グラル、学院に入学する⑧

 グラルは試験官をたったの一撃目で倒してしまった。

「なんなんだ……!? あいつ!」

 一人の男子の驚きの声がその場の受験者全員の心の叫びを代弁していた。その証拠に、その場を目にしていた者たちは皆一斉に頷いている。

「やべぇ、ここまで威力が強いとは思ってなかった……! え、えっと……まだやるのか?」

「も、もういい!! 君は合格だ! 頼むから建物まで壊さないでくれ!」

 良く見れば、試験官が激突した壁はひび割れており、グラルの目の前には必死に懇願する職員の姿。それに加えて周りの受験生も軽い恐怖を見せていた。

「どうかもう……これ以上!」

──バキィン!!

 目の前の壁がぼろぼろと崩れていく。

 グラルはふと、思案する。

 そして気がついた。【浸透】の能力は攻撃を浸透させたものからも浸透するということに。

「これ、普通に危険な能力じゃね……?」

 【浸透】の能力で攻撃が対象物に浸透する際に対象物の中で浸透を繰り返すならば、まだ対象となったものが壊れる──人であるならば重傷を負うことになるが、周囲への被害は無いに等しい。

 しかし実際に、浸透したものが連鎖を起こすのならば、大きく話が変わってきてしまう。

 この連鎖が一周回ってグラル自身の身を傷つける可能性すら秘めているからだ。

(これは封印だな……!)

 グラルは封印──つまり、【部分積分】後の〝積分〟をしなければ良いと考えた。付与された能力は状態としてステータスに表示されるので言い方を変えれば状態異常ともいえる。

 なので状態異常を元に戻す魔法で簡単に戻ってしまう。

 だが、グラルにとって特に、【疾風迅雷】の能力が失われることに少し躊躇いがあったため、敢えて〝積分をしない〟という考えに至ったのである。

 グラルは改めて目の前で膝を地面につけている職員を見る。

「悪かったと思っている。だが反省はしていない……むしろ反省する理由が何一つ無い」

 そんな中でグラルの口から出た言葉は〝それ〟だった。


 試験が全て終了し、職員たちによる会議が始まった。

「例の少年……身体能力、魔法行使力はどうだったんだ……?」

「身体能力で施設を破壊されましたよ……。その前に魔法も使用していたようですが、ほんの一瞬の出来事でしたね……!」

「そうか……! それよりも、筆記試験でグラル・フォン・インテグラは驚くべきことに問20を正解したのです……!」

「なんと! あの問題の正解は『放物線』というこの国の歴史を示すもののはずだ! それを何故あのような少年が……!」

「だがそれよりも、この少年の得点を決めることが先決だろう」

 長い議論の末、グラルは学院始まって以来初の〝満点〟を叩き出した生徒となったのである。


 グラルが満点を取ったことで入学首席としての挨拶をすることとなったのだが、職員の噂には〝【堕ちた勇者】も入学する〟という意味が不鮮明な内容のものがあり、グラルは【勇者】と聞いて真っ先にアイズを思い浮かべたのだが、【堕ちた勇者】という言葉がグラルの考えの邪魔をする。

 しかし同時に、グラルの直感が【堕ちた勇者】がアイズであると告げてもいたのだ。

(でも、あのときの怯えた表情……アイズは一体何に怯えていたんだ……?)

 しかしそれは直接アイズに尋ねる他に手段はなかった。

「取り敢えずアイズに会わなければこの問題は先へ進まないな……!」

 グラルは今すぐに出来ることは何も無いと判断して首席の挨拶を考えることにしたのだった。



※※※



「グラルさん! 勝ったら分かってますわよね!?」

「ああ、勿論だ。適正価格で売るから安心しろ」

 グラルはそう言っているが、〝幸運を招く短剣ラックインバイター〟を売るということはグラルの【積分魔法】の秘密を売ることと同義であるため、グラルは適当に返した。

「むきぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 貴方! わ、私を誰だと思ってますの! 私の家はトライアングル家という、誇り高き侯爵家の一つなのですわよ!?」

「他国の貴族なんて俺は深くは知らないんだが? 知っているにしても最低限だ。ってか誇りなんてとっくに捨てたんじゃなかったのか?」

「まだ私を愚弄しますの!? 本当に勝ったら分かってますわよね!! 覚悟して下さいまし!」

 シータは淑女にあるまじき大股歩きでグラルの元を離れていった。

「さて、俺も寮に戻るか」

 グラルもシータとは反対側にある学生寮──寮住まいが確実となったため、自分の部屋へと戻っていったのだった。

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