第九章:遥かなる彼方へと祈りを込めて
第九章:遥かなる彼方へと祈りを込めて
そんな美雪たちとローカスト・バンディットとの交戦から数日後、P.C.C.S本部ビル内、篠宮有紀のラボでは――薄暗い部屋の中、椅子に腰掛けて有紀が誰かと電話越しに言葉を交わしている最中だった。
彼女が右耳に当てているのは、いつもの自前のスマートフォンではない。古くさいリヴォルヴァー式の携帯電話……戒斗に渡したものと同じ、有紀が開発したフォンコマンダーXGだった。
だが、黒かった戒斗の物とは異なり、有紀のはブルーを基調とした色違いのものだ。彼女はそんなフォンコマンダーを耳に当て、誰かと会話を交わしている最中だった。
「――――それで
『私に出来る範囲では、ね。ディーンドライヴも安定してるし、後の細かいあれこれは有紀の方でやって頂戴な』
有紀の言葉にそう返すのは、フォンコマンダーのスピーカー越しに聞こえてくる知的で勝気な少女の声。
『それはそれとして……完成しているのは確か、フォーミュラAだけなのよね?』
そうして礼を言った後、問うてくる瑠梨に有紀は「ああ」と頷いて肯定の意を返し、
「といっても、厳密には完成しているとは言い難い状況だ。Gウィング同様、まだまだ調整すべき点が山積みでね。これから気合いで最終調整ってところだ」
『それで四徹目ってワケね。お疲れ様』
「今の言葉、気休め程度には受け取っておくよ。……ああそれと、正確には五徹目だ。日本とアメリカの時差を考えてくれ」
『えっ? あー……そっか、時差があるのすっかり忘れてたわ』
「……何にしても、Gウィングとケルベロスは出来るだけ早くこっちに送って貰えると助かる。恐らく、アンジェくんの……ミラージュのフォーミュラVの調整が一番手間取るだろうからね。可能な限り早く、手元に欲しいんだ」
『言われなくったって、もうアルケミー・ベースから輸送機へ積み込む手筈は整えてあるわ。もう少しすれば、そっちに届くはずよ』
「流石だね、瑠梨。……とにかく、急ぎで頼むよ」
『……有紀、何をそんなに焦ってるのよ?』
「なに、こっちはこっちで敵の勢いが増してきていてね……。数日前にも、強力なバンディットの活動が確認されたばかりだ。だからこそ、一刻も早くこれを彼女たちに届けなきゃならないんだ。状況が状況、焦りもするさ」
『『フォーミュラ・エクステンダー』……』
「これがあれば、あの強敵にも互角以上に渡り合えるようになるはずだ。私と君の技術、そして彼女たち神姫の力が合わされば……倒せない敵なんて居ない。だろう、瑠梨?」
ニヤリとして言う有紀に『当然よ』と瑠梨は電話越しに自信満々な声で返し、
『ま……Gウィングとケルベロス、フォーミュラV用のユニットの輸送は出来る限り急がせるわ。だから有紀、もう少しだけ待っていて頂戴』
と、あくまで冷静な口調で有紀にそう言った。
「首を長くして待っているさ」
『そうして頂戴。……それじゃあ、またね有紀』
「ああ瑠梨、また」
最後にそう言って、二人は電話を終えた。
そんな風に彼女が電話を切った頃、ラボのドアがコンコン、とノックされる。
有紀が「入りたまえ」と言うと、シュッと開いた横開きの自動ドアから入ってきたのは――――誰でもない、南一誠だった。
手には何故か、どんぶりの載ったトレイを持っている。湯気と一緒に旨そうな麺類の匂いを放つそれを手に、南は有紀の薄暗いラボの中へと入ってきた。
「お邪魔するッスよー。相変わらず不健康な部屋ッスねぇ。頼まれてた昼飯、持ってきたッスよ」
「ああ、悪いね助手くん。カップ麺のストックが切れてしまってね……困っていたんだ」
入ってきた南の方に、クルリと椅子ごと振り向きながら。カシャンとフォンコマンダーXGを閉じつつ、有紀は彼にそう言う。
すると――薄暗い部屋の中、LEDのデスクライトに照らされた有紀の顔を見て、南は「げっ」と顔をしかめる。
「主任……スゴい顔してるッスよ……?」
「ん、そうかい?」
「そうッスよ。目の下の
南の訳の分からない比喩に「なんだい、その喩えは」と有紀は微妙な顔を浮かべつつ、
「…………ま、今日で五徹目だからね。酷い顔にもなるさ」
と、さも当然のことのように口にしていた。
「急ぐ気持ちは分かるッスけど、幾らなんでも不健康すぎッスよ? 部屋の掃除終わったら、俺も手伝うッスから。主任は一度休んでくださいッス」
「ああ……すまないね助手くん、助かるよ」
「誰が助手ッスか、誰が」
ぶつくさ言いながら、南は持っていたトレイを有紀の前、デスクの上に置き。そうすると……散乱し放題な有紀のラボ、いいや汚部屋の掃除を手早く始める。
そうして南が部屋の掃除をするのを横目に見つつ、有紀は死人のような顔で、ずるずるとラーメンを――南に頼んで食堂から持ってきて貰ったそれを啜る。
死んだ魚みたいな目でラーメンを啜り、ひとまず完食。そんな風に有紀が食べ終わった頃には、南もひとまず掃除を終えていて。有紀は彼に言われるがまま、傍にあるソファに横になった。
「それにしても……『フォーミュラ・エクステンダー』ッスか。神姫のパワーアップを目的とした増加装甲システム、こんなのホントに可能なんスか?」
有紀が横になると、南はラボの片隅に置いてあったアタッシュケース、その中身を覗き込みながら……怪訝そうな顔で言う。
すると、有紀は寝転がった格好のまま、目の上に置いた腕の隙間から彼の後ろ姿を覗きつつ、ポツリとこう返していた。
「言ってしまえば、ヴァルキュリアXGの応用だからね。仕組みは意外と単純なんだ」
「電子レベルまで分解した装甲を展開するんスよね。でも……相手は神姫ッスよ? 俺もフォーミュラ・プロジェクトの資料は読んだッスけど、神姫のよく分かんないエネルギーも武装に利用してるんスよね? その……大丈夫なんスか?」
「その点なら心配要らないよ。前々からセラくんにシャーロットくん、それにキャロルくんから取らせて貰っていたデータがあるし……最近では、アンジェくんからもデータを貰えているからね。神姫がどういう存在なのか、彼女たちの発する未知のエネルギー、その正体は一体何なのか……その辺りは未だ分からないにしろ、活用する術は見出せているんだ」
「へぇ」
「それに――――今回に限っては、瑠梨の協力も得られているからね」
「瑠梨って……もしかして、あの
有紀が口にした瑠梨という名、それを耳にした南は目を丸くして驚く。
そんな南に対し、有紀は「そうだ」と頷き肯定した後、
「英国の名門、ウェスト・ノースロップ大学を飛び級で卒業した天才少女。今はヴァージニア州にあるP.C.C.S北米支部の極秘地下研究所『アルケミー・ベース』でアナライザーをしている……私の大親友さ」
と、したり顔でこんなことを口にしていた。
「へえ、これまたスゴい人材を引っ張ってきたッスねえ。主任と同レベルの大天才じゃないッスか」
「裏を返せば、そのレベルの人間じゃないと作れないのがフォーミュラだ。何せミラージュ用のGウィングといい、完全にオーヴァー・テクノロジーだからね。人間の手には余り過ぎる代物だ」
「そんなものを作っちゃう二人も、大概ヤバいッスけどね」
南の言葉に「褒めたって何も出ないよ」と有紀は普段通りの飄々とした態度で返した後。ふぅ、と小さく息をつき……続けて、こんなことを呟いていた。
「…………フォーミュラは、我々人類が彼女たち神姫とともに戦うためのものだ。Vシステムも、XGも……全ては我々が、彼女たちとともに戦うためのもの。神姫だけに頼らない、神姫だけを戦わせたりはしない……そんな、私なりの願いというか、祈りのようなものの結晶なんだ」
「俺たちと、神姫とが一緒に……ッスか」
「そうだ」と有紀。「バンディットが出現してから向こう、我々は神姫に頼りっきりにならざるを得なかった。彼女たちだけに負担を強いてきたんだ。助手くん……キャロルくんのことは、覚えているだろう?」
「当然ッスよ。忘れられるワケ、無いじゃないッスか……」
「私は……私はあの時、思ったんだ。このままじゃ駄目だ、神姫に頼ってばかりでは駄目なんだと。我々も……真の意味で彼女たちとともに戦わなければならないと。でなければ、P.C.C.Sなんて存在する価値は無いよ」
「その為のVシステムで、その為のフォーミュラ・エクステンダー……そういうことッスね?」
「ああ、全てはその第一歩だ。……神姫とともに戦い、彼女たちとともにこの
「…………そうッスね。その為にも、今俺たちが踏ん張らなきゃならないんスよね」
呟く有紀に、南はニッと笑いながら言って。すると、つい先刻まで有紀が座っていた椅子にひょいと腰掛けた。
「ある程度は俺が進めときますから、主任は一旦休んでくださいッス」
「ああ……頼むよ助手くん。やって欲しいのは――――」
「言わなくても分かってるッスよ。主任の考えること、大体分かるッスから」
「ふっ……流石だね、君は」
「何だかんだ付き合い長いッスからねぇ、主任とは」
「流石、私の助手くんだ」
「だから、誰が助手ッスか」
有紀の言葉に苦笑いしながら南は言い返し、
「とにかく、主任は疲れてるんスから一旦休んでください。後のことは俺が引き継ぎますんで」
そう言って、無理矢理に彼女に休息を取らせる。
「頼むよ……お言葉に甘えて、私は一眠りさせて貰おう…………」
そうして有紀が程なくソファの上で寝息を立て始めたのを見て、南はやれやれと小さく肩を揺らし。そうすれば目の前のデスクに向き直り、有紀の代わりに、有紀のラボで作業を始めた。
ひとえに、彼女たちの力になりたいと――――神姫たちの力になりたいと。彼女たちだけには戦わせない、自分たちも共に戦うと、そんな祈りのような思いを胸に。有紀と同じ思いを胸に、南は眠る彼女の代わりに作業を進めていった。
(第九章『遥かなる彼方へと祈りを込めて』了)
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