第八章:疾風の戦士と氷の妖精と/03

 まず真っ先に飛び出したのは、美雪だった。

 後ろに立つリュドミラが両手に呼び出した武器、純白の二挺拳銃『スノースピア』で援護射撃をする中、ダンッと地を蹴って踏み込んだ美雪が風のように素早くローカストの懐に飛び込む。

「だぁぁぁぁっ!!」

 飛び込めば、繰り出すのは振り上げる右脚での鋭いハイキックだ。

 一瞬の内に懐へ潜り込み、ひゅんっと風切り音がするぐらいの鋭さで繰り出される蹴り上げの一撃。顎先へと狙い澄ましたその爪先は、しかしローカストがバッとクロスさせた両腕で惜しくも防がれてしまう。

「ッ……! ならっ!!」

 まさか、この一撃が防がれるとは。

 美雪は初撃を外してしまったことに歯噛みしつつ、更なる連撃をローカストに叩き込む。

 旋風のように舞う美雪の両脚を、ローカストは一撃ずつ丁寧に受け流す。

 そうして受け流しながら、ローカストは隙を見て自分の脚を美雪目掛けて振り上げる。

 横薙ぎのハイキックだ。美雪はそれを左の腕甲で受け止め、いなしつつ……すぐさまローカストの足首をガッと掴み、蹴りの勢いを利用する形で放り投げる。

 小柄な体躯からは想像もできないほどの、巧みな投げ技だ。

 見事に放り投げられたローカストだったが、しかし空中で上手く身体を捩って姿勢制御すると、そのままトンっと軽快に着地してみせる。

 ダメージを負った様子はない。そう判断すると、美雪は着地したローカストの懐へとまた素早く飛び込んでいく。

 飛び込めば、次に繰り出すのは拳のラッシュだ。

 ストレート、フック、アッパーカット……隙を見て関節技も狙いつつ、首元を目掛けた鋭いチョップも両手で仕掛ける。

 それに対し、ローカストも巧みに対応。美雪の繰り出す拳に上手い具合に対処しつつ、カウンターの一撃も的確に叩き込む。

 当然、美雪はそれに対応。互いに仕掛けては、互いに防いでカウンターを仕掛ける……そんな互角の、五分五分の熾烈な格闘戦が繰り広げられていた。

「リューダッ!」

 そんな、永遠に続くかと思われた格闘戦の最中――美雪は突然バッと飛び退くと、ローカストとの間合いを取りながらリュドミラに叫んでいた。

「…………油断、大敵」

 すると、リュドミラは――いつの間にかローカストの背後に忍び寄っていた彼女は、呟きながら右手の短剣『ホワイトエッジ』でローカストの背中を斬り付ける。

 ――――美雪は、あくまで囮だったのだ。

 ローカストの注意を引き付けるための、囮。本命はリュドミラだ。美雪が奴の注意を引き付けている間に、彼女を背後に回り込ませる。それが二人の真の狙いだったのだ。

「シュルルルル……ッ!?」

 不意打ちを喰らったローカストは、背中から激しい火花を散らしつつ、驚いた声を上げて前につんのめる。

 その後も、リュドミラは二撃、三撃と続けてホワイトエッジを閃かせては、ローカストを深々と斬り付けていく。

 背中に二撃、振り向けば胸に三撃。そうしてリュドミラはホワイトエッジの刃で以て、ローカストへと着実にダメージを負わせていく。

「こちらも忘れて貰っては困る……ッ!」

 そうしてリュドミラが斬り付ける中、美雪もまた右手に短刀『サイクロンエッジ』を召喚。逆手に握り締めたそれを手にダンッとまた踏み込むと、その刃で以てローカストを背後から勢いよく斬り付ける。

 リュドミラのホワイトエッジと、美雪のサイクロンエッジ。

 二振りの短い刃がイナゴ怪人の茶褐色の身体を撫でる度、目も眩むような激しい火花がバッと吹き出し、体表には無数の刀傷が深々と刻まれていく。

「シュルルル……ッ!」

 だが、やられっ放しでいるローカストではない。

 二人の刃の猛攻を受けながらも、ジッとチャンスを待っていたローカストは……リュドミラの動きに一瞬の隙を見出すと、それを突いて右脚をバッと大きく振り上げた。

「っ……!?」

 そうすれば、ローカストの爪先はリュドミラの右手に直撃。彼女が握り締めていたホワイトエッジを勢いよく吹っ飛ばしてしまう。

 くるくると回りながら、彼方へと飛んでいくホワイトエッジ。

 不意を突かれて武器を失ったことと、右手に喰らった直接的な痛み。

 それにリュドミラが顔をしかめているのを好機と見てか、ローカストは二人のテンポが崩れた今、遂に反撃に打って出た。

「シュルルッ!」

「くっ……!!」

 まずは背後の美雪に対し、左の肘打ちを仕掛けて牽制。咄嗟に防御したことで彼女の勢いが削がれると、続けざまに左の裏拳を繰り出し……それを囮としつつ、本命の右拳を叩き込む。

 腰の位置から振り上げる、アッパーカット気味の一撃だ。それを受けた美雪が軽く後ずさるのを見つつ……彼女との距離が開いたのを見つつ、今度はリュドミラに対して左脚を振り上げた。

 身体ごと勢いを付けて繰り出す、強烈な回し蹴りの一撃だ。

 ローカストが左脚で繰り出した、猛烈な勢いを付けての回し蹴り。それにリュドミラは対応し切れず……防御も出来ないまま、直撃を喰らってしまう。

「ぐぁ――――っ!?」

 回し蹴りを喰らった勢いのまま、激しく吹っ飛んでいくリュドミラ。

 まるで弾丸のような勢いで吹っ飛んだ彼女の身体は、そのまま建設中のビルの方にすっ飛び……骨組みの鉄骨に背中を叩き付ける。

 そうしてリュドミラが激突すれば、その衝撃を喰らった建設中のビルの一部が崩壊を始める。

「うぅ……っ」

 鉄骨に背中を叩き付けた格好から、重力に引かれるままに落下し……バタン、と地面に倒れ伏すリュドミラ。

 そんな彼女の頭上から――――激しい音を立てて崩れた作りかけのビルの一部、巨大な鉄骨が何本も落ちてくる。

「っ……リューダッ!!」

 ――――このままでは、彼女が危ない。

 そう判断した美雪は、即座にローカストとの戦闘を中断。すぐさまイナゴ怪人から距離を取ると、自慢の脚力で以て瞬時にリュドミラの元へと駆け付けた。

 そうしてリュドミラの元へと駆け付ければ……見上げる美雪は、動けないリュドミラを庇うように、頭上から降り注ぐ鉄骨に対して真っ正面から立ち向かう。

「サイクロン・コンバート……フルパワーッ!!」

 そうすれば、美雪はバッと身体の下で両手をクロスさせ……雄叫びとともに、タイフーン・チェンジャーの風車めいたエナジーコアに風の力を集める。

 そうして最大限まで力をチャージすれば、その全てを両手足に集め……自身とリュドミラの頭上から降り注ぐ巨大な鉄骨の雨を、己が拳で以て粉砕する。

「でやぁぁぁぁ――――っ!!」

 風の力を最大チャージした身体で繰り出す、大嵐のような素早く、それでいて強烈な攻撃。

 それは、まさに台風……タイフーンと喩えるに相応しい。美雪はそんな全力の猛攻で、降り注ぐ鉄骨全てを粉砕。リュドミラに傷ひとつ負わせることなく、見事に彼女を守り抜いてみせた。

 だが――――その隙に、肝心のローカスト・バンディットは姿を眩ませてしまっていた。

「しまった、逃がしたか……!」

 巨大な鉄骨の雨を粉砕した後、美雪はローカストを逃がしてしまったことに気づき、悔しげに歯噛みをする。

 ――――恐らく、全てローカストの狙い通りだ。

 奴はわざとリュドミラを建設中のビルの方に蹴り飛ばしたのだろう。一部が崩落することも、美雪が彼女を守ろうとすることも、ローカストは読んでいたに違いない。

 逃走のために利かせた機転。どうやらあのイナゴ怪人、強いだけでなく相応に頭も回るらしい。流石は中級バンディットといったところか…………。

「……ごめんなさい、美雪。私のせいで、逃がしちゃった」

 そのことに気付いた美雪が悔しそうに歯噛みをしていると、起き上がったリュドミラは地面にちょこんと座った格好で、ポツリと小さく詫びてくる。

 うつむきながら、申し訳なさそうに呟くリュドミラ。

 そんな彼女を見下ろしながら、美雪はそっと表情を緩め。リュドミラと視線の高さを合わせるようにしゃがみ込むと、「リューダのせいじゃない。……無事で良かった」と言い、そっと彼女の手を握る。

「――――美雪、リューダ!!」

 そうしていると、遠くから駆けてくる足音と……聞き慣れた声が聞こえてきた。

「師匠!」

「……飛鷹」

 それは他でもない、伊隅飛鷹だった。

 遠くから「大丈夫か!?」と言いながら駆けてくる彼女の方に振り向きながら、美雪とリュドミラはそれぞれ彼女に反応を返す。

「二人とも、怪我はないか?」

 傍まで駆け寄ってくると、まず飛鷹は二人にそう問いかけた。

 そんな彼女の問いに、二人はコクリ、と頷き返す。

「でも……申し訳ありません師匠、奴を取り逃がしてしまいました」

「来るだろうとは思っていたが……やはり、お前たちも奴の気配に引き寄せられていたか」

「まさか、師匠も?」

 きょとんとする美雪に、「ああ」と頷く飛鷹。

「実を言うと、そろそろ家に帰ろうと思っていた頃だったんだが……ただならぬ気配を感じてな。駆け付けたはいいが、一歩遅かったようだな」

「……結構、強かった」

「直に戦った上での、あくまで私の推測に過ぎませんが……多分あのバッタ、いえイナゴも、中級相当のバンディットだと思います」

 呟くリュドミラの傍ら、報告する美雪の言葉に「ああ、私も同意見だ」と飛鷹は頷き返し、

「我々なら対処は可能だが……もしも、もしも奴がP.C.C.Sの連中の前に、今の美弥の前に現れたとしたら……果たして、勝てるかどうか」

 と、遠くの夜空を見上げながら……憂うように、呟いていた。

「…………遥さん」

 憂い、低く唸る飛鷹の言葉に頷きながら、美雪もまた己が師と同様、遠くの夜空を見上げてみる。幾度も刃を交えた彼女を、師と仰ぐ飛鷹の親友たる彼女のことを……神姫ウィスタリア・セイレーン、間宮遥のことを思いながら。





(第八章『疾風の戦士と氷の妖精と』了)

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