第五章:白き流星とグラファイトの少女/01

 第五章:白き流星とグラファイトの少女



 ――――篠崎邸。

 高い塀で囲まれた広大な敷地を有する、人里離れた場所に建てられた洋館。その広間には例によって、今日も秘密結社ネオ・フロンティアの幹部たる篠崎家の面々が集っていた。

 首領・篠崎しのざき十兵衛じゅうべえ、孫娘の篠崎しのざき香菜かなと、その弟で末っ子の篠崎しのざき潤一郎じゅんいちろう

 また、潤一郎の傍には翡翠真も……人工神姫第一号、グラファイト・フラッシュたる彼女も同席していた。

 真は普段と変わらぬ黒ずくめの格好のまま、長テーブルに座る潤一郎の傍にじっと控えて立っている。その瞳にはやはり光も生気もなく、ただただ人形のように無機質な無表情のまま、彼女は潤一郎の傍に立っていた。

「まずは潤一郎、これを」

 そんな面々が集う中、香菜は最初にそう言うと、潤一郎の前にアタッシュケースを置く。

 置かれたケースを潤一郎が自ら開くと、その中に収められていたのは純白の大型拳銃――――アルビオンシューターだった。

「調整、終わったのかい?」

「見ての通り、ですわ。多少の改良も施しましたから、例のP.C.C.Sのパワードスーツ……XGとやらともある程度は対等に戦えるはずですわ。稼働限界時間も少しは伸びていましてよ」

 ニッコリと満面の笑みでシューターを手に取る潤一郎の傍ら、説明する香菜曰く、そういうことらしい。

 アルビオンシューター――――アルビオン・システム、プロトアルビオンの根幹たる大型拳銃。戒斗が新たに手にしたヴァルキュリアXGとの初遭遇を経た後、香菜が改良の為に暫く預かっていたのだが……どうやら、その改良が終わったようだ。

 内容は今まさに香菜本人が口にした通り、多少の性能向上と稼働限界時間の延長。ネオ・フロンティアにとってヴァルキュリアXGは依然として最大級の脅威なれど、これで潤一郎も以前よりは対等に戦えるようになるはずだ。

「それと……お爺様。グラファイト・フラッシュの方の調整も完了致しましたわ。いつでも実戦投入が可能です」

 満面の笑みで潤一郎がシューターを弄る中、香菜は彼から視線を外し……その近く。長テーブルの誕生日席に腰掛けた祖父、篠崎十兵衛にそう報告する。

 すると十兵衛は「うむ」と頷き、

「だが……モスクワ支部が壊滅してしまったのは痛かった」

 と、続けて口にした。

「例の人工神姫第二号も、奪われてしまったのだろう?」

「ええ……本当に、手痛い損失ですわ」

 十兵衛と香菜が、揃って深刻な顔をして話し合う。

 そうして二人が話しているのを横目に見つつ、潤一郎はシューターを懐に仕舞う。

「どうやら難しい話になりそうだから、僕は先に失礼するよ」

 すると潤一郎はそう言いながら席を立ち、真を連れてこの広間から出ていってしまった。

 そうして潤一郎が真を連れて退席した後、香菜は一度外していた視線を再び祖父に、十兵衛に向けながら……ボソリと彼にこう問うていた。

「…………お爺様、本当に潤一郎をグラファイト・フラッシュの世話役になどしてしまって、宜しかったのですか?」

 そんな孫娘の問いかけに十兵衛は「構わぬよ」と笑顔で言って、

「潤一郎にとっては、丁度いいペット感覚だ。香菜が面倒を見るよりも、潤一郎にとっても……そしてグラファイト・フラッシュにとっても、よいことではないかな」

「……お爺様がそれで宜しいのでしたら、構いませんが」

 ニコニコと笑みを絶やさぬ十兵衛の言葉に、香菜は納得できないような顔をしつつも。コホンと咳払いをした後で、横道に逸れていた話題を元に戻す。

「…………ともかく、リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ……神姫スノー・ホワイトの強奪は我々にとって確かな痛手ですわ」

「ああ……香菜、確かモスクワ支部を壊滅に追い込んだのは」

 十兵衛と視線を交わし合いながら、香菜は「ええ」と頷き返し。

「伊隅飛鷹……クリムゾン・ラファールと、その弟子の二人ですわ」

 と、答えた。

「やはり、か……」

 香菜の答えを聞き、難しい顔をして唸る十兵衛。

 そうして暫く唸った後、十兵衛は目の前の孫娘に向かってこう問うていた。

「それで香菜、次の人工神姫の製作には、いつ頃取り掛かる予定なのかね?」

 しかし香菜は「暫くは、不可能ですわ」と申し訳なさそうに首を横に振る。

「翡翠真、そしてリュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ以上の適合者が見つかりませんの。どのみち第二号で一旦打ち止めの予定ではありましたし、二人の改造手術で得られたデータを元に、更なる研究を進めるつもりですわ」

 続いて紡がれる香菜の答えに対し、十兵衛は「そうか」と納得したように頷いた。

「申し訳ありません、お爺様」

「いやいや、気にする必要はない。人工神姫だけが我らの戦力ではないのだからね。急いては事を仕損じる、という言葉もある。香菜は香菜のペースで、ゆっくりやればよいのだよ」

 至極申し訳なさそうな顔をして詫びる香菜に、十兵衛が好々爺こうこうやめいた笑顔でそう言うと。すると香菜は「ありがとうございます」と、ワンピースの裾を摘まみながらうやうやしくお辞儀をする。

 そうしてペコリとお辞儀をした後で、香菜は次なる報告を始めた。

「――――次のご報告ですわ。リザード・バンディット、及びグリズリー・バンディットの二体がP.C.C.S、及び乱入してきた伊隅飛鷹と……そして、リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤと交戦。双方ともに撃破されてしまいましたわ」

 その報告を聞き、十兵衛が「ううむ……」と唸る。

 すると香菜はそんな祖父に対し「ですが、ご心配には及びませんわ」と笑顔で言って、

「クリムゾン・ラファール、スノー・ホワイトはともかくとして……P.C.C.Sの連中、及び今のウィスタリア・セイレーンに対して、リザードは対等以上に立ち回れていたようですの。忌々しい伊隅飛鷹はともかくとして、当初の目的であった二つの目標に対しては現状、中級バンディットは高い効果が期待できますわ」

 と、続けてそう告げた。

 それに対して十兵衛は「そうか」と頷き返し、

「では……今後は中級を主軸に置いていくといい。P.C.C.Sは元より、再び記憶を失い弱体化したといえ……ウィスタリア・セイレーンはやはり、我々にとって最大の脅威であることには変わりない。場合によっては上級、或いは特級バンディットの投入も視野に入れなさい、香菜」

「そうならないことを祈るばかりですわ」

 十兵衛の言葉に香菜はそう言うと、続けて笑顔でこんな一言を続けて紡ぎ出していた。あまりにも不気味で、そして何処までも邪悪な笑みを湛えながら。

「では……続けましょうお爺様。我らの宴を」

「ああ、そうだね香菜。私たちの時代の幕開けは、そう遠いことではない…………」

 暗闇の奥深く、深淵の底にて。悪魔どもの笑い声はいつまでも木霊していた。

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