Chapter-09『フォーミュラ・プロジェクト』
プロローグ:眠れる森の美女
プロローグ:眠れる森の美女
――――ロシア連邦、首都モスクワ郊外。
鬱蒼とした森の奥深く、大地の下には誰の目にも触れることなく、とある施設がひっそりと造られていた。
そこは、秘密結社ネオ・フロンティアが秘密裏に建造した地下研究施設。専らモスクワ支部と呼ばれている地下施設だった。
――――そんな地下施設の最奥、手術室か実験室のような一室に、一人の少女が横たわっている。
銀髪の少女だった。スラリとした細身な体躯に、雪のように真っ白い肌。顔つきもまた儚くも美しく、まるでよく出来た人形のような……そんな現実感の無さすら覚えさせるような、可憐すぎる見た目の少女だった。
セミロング丈の銀髪に、ほっそりとした身体。
――――リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ。
それが、眠り姫のように安らかな顔で眠り続ける彼女の名だった。
「……人工神姫第二号、被験者リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ。既に改造手術は完了済み、後は最終工程を施すだけです」
そんな彼女の周りを、何人もの男たちが取り囲んでいた。
大きな手術用のベッドの上に寝かされているリュドミラ、手足を拘束された状態で横たわる彼女の周りには、手術着を身に着けた研究員たちが立っている。皆一様に真剣な眼差しで、眠るリュドミラをじっと見下ろしていた。
「では……最終工程、洗脳処置を開始しましょう」
その内の一人が発した言葉を合図に、研究員たちはコクリと頷き合う。
――――その直後だった。
研究員たちが頷き合った直後、モスクワ支部が……この地下施設全体が、耳をつんざく爆音とともに大きく揺れたのだ。
爆発か何かだろうか。そんな異変が起こるのと同時に、けたたましい警報音が鳴り響き始める。
「な、なんだ!?」
「爆発……!?」
「状況を確認しろ!!」
――――突然の爆発と、鳴り響く警報音。
それに研究員たちが狼狽えていれば、直後に部屋の隔壁が……リュドミラの寝かされているこの部屋の隔壁が外側から開かれた。
「――――行くぞ、美雪ッ!」
「はい、師匠!!」
突然開いた隔壁の向こうから、何者かが突入してくる。
――――
急襲を仕掛けてきたのは、ネオ・フロンティアに反旗を翻す戦士たち。神姫たる二人の乙女が、隔壁の向こうから稲妻のような素早さで部屋の中に飛び込んできたのだ。
二人とも変身はしておらず、その手には短いライフルの銃把を……どちらもロシア製のAKS‐74U自動ライフルの銃把を握り締めている。
銃口部にはPBS‐4サイレンサー、銃の上部にはサイドレールを介す形で、接近戦用照準器のコブラ・ドットサイト。どちらもロシア製のパーツが取り付けられている。
そんな軍用ライフルを手に突入してきた二人は、部屋に転がり込むや否やAKライフルを構え、即座に発砲。リュドミラの周りを取り囲んでいた全ての研究員たちを即座に射殺した。
「この……ッ!」
とすれば、二人の侵入に気付いた武装警備員――――部屋の隅に控え、万一のための警護に当たっていた内の一人が飛鷹に飛び掛かってくる。
「フッ……!」
それを、飛鷹は身軽に避けることで回避。するとすぐさま左手をAKから放せば、履き古したジーンズの左腰に着けていた鞘からサッとナイフを抜く。
飛鷹が左手で抜いたそのナイフは、一風変わった見た目のものだった。
グリップの底には人差し指を通す穴があり、ブレードは鎌のように大きく湾曲している。一目見て戦闘用と分かるぐらいに凶悪な見た目のナイフを、飛鷹は逆手で抜刀していた。
――――カランビット・ナイフ。
東南アジア発祥の戦闘用ナイフだ。それを抜いた飛鷹はすれ違いざまに武装警備員の背中に回ると、左手のカランビットの切っ先を警備員の首元にあてがい……湾曲したブレードで一気に横方向に首を裂く。
「か、は……っ」
まるで猛獣の爪に裂かれたような首から、噴水のように真っ赤な血を吹き出し、警備員は即座に絶命する。
飛鷹はそんな警備員の身体を蹴っ飛ばすと、すぐにAKライフルを構え直す。
だが、その頃にはもう彼女の弟子が、美雪が全て片付けてしまった後で。部屋に敵影が無く、完全に制圧されていることを知ると、飛鷹はフッと表情を綻ばせながらAKの構えを解いた。
「リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ……師匠、間違いありません。例の人工神姫の被験者……この
制圧を終えた後、部屋の片隅にあったノートPCのキーボードを叩きながら、美雪がそう報告する。
「そうか……」
それに飛鷹は頷きながら、少女の……リュドミラの傍に近寄る。
「フンッ!」
そうしてリュドミラの横たわる手術用ベッドに近寄れば、飛鷹は軽く気合いを入れ、リュドミラの手足を拘束していた枷を素手でむしり取ってみせた。
「……
飛鷹が力づくで枷をもぎ取ったので気が付いたのか、リュドミラが目を覚ます。
瞼を開けた彼女の、虚ろな目で呟くうわ言のような言葉。それに飛鷹は微笑みながら、彼女の頭をそっと撫で「もう大丈夫だ」と声をかける。
言いながら、飛鷹が指先でスッと瞼を閉じてやると、リュドミラはまた意識を失った。
「……一歩遅かった、か」
再び眠りに就いた彼女、リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ。
リュドミラの安らかな寝顔を見下ろしながら、飛鷹は僅かに悔しさを滲ませた呟きを漏らす。
そんな飛鷹に美雪は「……はい」と同じく悔しそうな顔で頷いて、
「もう身体への改造手術そのものは、施されてしまった後みたいです。幸い、洗脳処置の直前で食い止められたようですが……」
「手遅れだったが……しかし、本当の意味で手遅れになる前だったのが、不幸中の幸いか」
美雪に言いながら、飛鷹はそっとリュドミラの頭を撫でる。
そうしていると、美雪が恐る恐るといった様子で問いかけてきた。
「師匠、その
とすれば、飛鷹は「決まっているだろう」と横目の視線を流しながら頷き返し。続けてこう言った。
「連れて帰るさ」
言いながら、飛鷹は気を失ったリュドミラをひょいと片腕で担ぎ上げる。
「その
「なに、案ずるな美雪。無理強いはしない。此処から連れ出した後……落ち着ける場所で、本人に決めて貰うさ。戦いたくないと言えばそれで良し、だがもしも、彼女が望むのなら…………」
リュドミラの身を案じ、心配そうな面持ちで問うてくる美雪。
それに飛鷹が答えると、美雪は「……そう、ですね」と頷き返した。
ひとまず、美雪は納得してくれたようだ。
「長居は無用だ、行くぞ美雪」
飛鷹はそんな美雪の横顔をチラリと見つつ、美雪にそう言うと。するとリュドミラを片腕で担ぎながら、もう片方の手でAKライフルを構えて歩き出す。
「はい、師匠!」
そんな彼女の後を追い、美雪もまた飛鷹とともに歩き出し。二人と一人、揃って一緒にこの部屋を後にしていった。
――――それから数十分後、この地下研究施設、秘密結社ネオ・フロンティアのモスクワ支部は内側からの大爆発で崩壊し、壊滅の道を辿ることとなる。
同時に、この時こそリュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤが伊隅飛鷹、風谷美雪の二人と出会った瞬間であり……同時に、純白の眠り姫が目を覚ました瞬間でもあった――――。
(プロローグ『眠れる森の美女』了)
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