Chapter-08『忘却の果て、蒼き記憶の彼方に』

プロローグ:Joint Operation

 プロローグ:Joint Operation



 ――――真夜中、静まり返ったオフィス街。

 午前二時、草木も眠る丑三つ時の今、右を見ても左を見ても背の高いオフィスビルが立ち並ぶこの一帯に人気ひとけはまるでなく。日中は通りを行き交うサラリーマンの姿が目立つこのオフィス街は、その気配が欠片も伺えないほどの静かな眠りに包まれていた。

 そんな静かな、真夜中のオフィス街の片隅を――――ある異形の影が徘徊している。

 何処か丸みを帯びたその巨体、灰褐色に近いような体色をしたその身体を覆い尽くしているのは、鱗のような硬い装甲版。その獰猛な顔つきも、鱗状の装甲を生やしたその姿も……四肢を有した二足歩行の生き物であれど、明らかに人間のそれではない。

 ――――アルマジロ・バンディット。

 それこそが、この静まり返ったオフィス街を徘徊するこの異形の正体。重そうな身体をのっしのっしと揺らして歩くアルマジロ怪人こそが、この異形の正体だった。

 ――――そんな異形の怪人、アルマジロ・バンディットの目の前に二台の黒いバン、そして蒼いスポーツクーペが滑り込んでくる。

 黒いバンの方はシボレー・エキスプレス。どちらも側面には『P.C.C.S』と白文字で描かれている。

 そして、もう片方はC8型のシボレー・コルベット・スティングレイ――――いいや、人工知能搭載のスーパーマシーン『ガーランド』に他ならなかった。

 アルマジロ・バンディットの前に現れたそんな二台と一台。停まったバンの方からは、後部ハッチを開けて十数名の特殊部隊員が……紺色のコンバットスーツで身を固めたP.C.C.S実働部隊、STFヴァイパー・チームの面々が降りてくる。

 バンから降りてきたSTFヴァイパーの連中が、携えた大きな自動ライフル……ARV‐6E2エクスカリバー自動ライフルをアルマジロ目掛けて一斉に構える中、ガーランドの運転席からも一人の青年が颯爽と降り立つ。

 ――――戦部いくさべ戒斗かいと

 吹き付けるビル風に、黒髪とグレーのカジュアルスーツジャケットの裾を揺らし、颯爽と現れた彼こそがこの場の主役。特殊部隊めいたSTFヴァイパー・チームはあくまで後詰めの支援部隊でしかない。彼こそが、戒斗こそが――――この戦いの要たる存在だった。

「後ろは任せな、兄弟!」

「ああ……頼むぜ、ウェズ」

 背中越しに聞こえてくる陽気な声、STFヴァイパー・チームの隊長たるスキンヘッドの黒人男性、ウェズリー・クロウフォードの呼びかけに戒斗は小さく頷き返しつつ。そうすれば彼は懐から取り出した何かをスッと腰に当てる。

 それは、何処かベルトのバックルのようにも見える物だった。

 ――――試作型XGドライバー。

 戒斗がそれを腰にあてがうと、すぐさまドライバー本体からベルトがシュッと伸びる。延伸したそれは戒斗の腰を一回りすれば、バックルの反対側と結合し、彼の身体に装着される。

『カイト、可能な限り被害は抑えるべきかと。ここは短期決戦を推奨致します』

「分かってる、言われなくてもな。……ガーランド、いつものを準備しといてくれ」

『イエス・マイロード。アガートラームならいつでも展開可能です、マスター』

 そうしてドライバーを腰に装着しながら、戒斗は背後のガーランドとそんな会話を交わしつつ、懐から取り出した認証用メモリーカートリッジを左手で腰のドライバーに装填。その勢いのままドライバー上部のアームを右に倒す。

 そうすれば、戒斗はその流れのままグッと構えを取った。

 左手は指先をアームに添えるみたくドライバーの上に、そして右手は天高く掲げる。

 そうして掲げた右手を手首からクルリと捻れば、バッと広げた手のひらで……まるで、太陽を掴もうとするかのように構えた。

 すると戒斗はそのまま右手をジリジリと胸の高さまで下ろし、雄叫びを上げる。人間を超え、神をも超える……人類守護の最後の切り札、黒い勇者へ変わらんとする雄叫びを。

「――――着装!!」

『Expansion』

 ビルの合間を反響する雄叫びを上げるとともに、戒斗は左手でバックルのアームを左に倒し、同時に両手を腰の位置にバッと下げる。

 無機質な電子音声が鳴り響くとともに、彼の身体は眩い閃光に包まれて。そんな一瞬の輝きが収まれば……その頃にはもう、彼の身体を漆黒の装甲が包み込んでいた。

 …………黒いボディ、真っ赤な眼。

 身体を包み込むのは、艶のないマットブラックの複合装甲。三本のブレードアンテナが目立つヘルメットでは、真っ赤なツインアイが鋭く睨みを利かせている。

 手や足、肘や膝に腰部。各部から白い蒸気を吹き出しながら、淡い街明かりを背にして……逆光の中、その黒い勇者は真っ赤な眼を夜闇の中にギラリと光らせた。

 ――――XVS‐02XG、ヴァルキュリアXG。

 それこそが、彼の身体を包み込むシステムの名。それこそが、戦部戒斗が変身を遂げた……黒い勇者の名だった。

「グロロロロ……」

 現れたSTFヴァイパー・チームと、そして戒斗が変身したヴァルキュリアXG。

 そんな威圧的な敵に対して、アルマジロ・バンディットは威嚇するように低い声で唸る。

「此処から先へは、行かせない」

 威嚇の声を上げるアルマジロ・バンディットを前にしても、しかし戒斗は欠片も怯むことなく。静かに、囁くようにそう呟きながら、悠々とした足取りでアルマジロに歩み寄っていく。

「ウェポンズ・フリー! 野郎ども、撃ちまくれッ!!」

 ウェズの号令でSTFヴァイパー・チームが一斉にエクスカリバーを発砲。そんな分厚い援護射撃が始まる中、戒斗は尚もゆっくりとした足取りでアルマジロに近寄る。

 ウェズたちの構えるエクスカリバー、五〇口径弾ぐらいではアルマジロは怯みもしない。襲い来る分厚い制圧射撃、その全てを鱗のような硬い装甲で弾きながら、アルマジロは接近してくる戒斗を迎え撃つべく、その場でグッと構えを取る。

「フッ……!」

 そんなアルマジロのすぐ目の前まで接近すれば、戒斗はすぐさま殴り掛かった。

 ストレート、フック、アッパーカット。それにローキックも交えた素早い徒手格闘。

 拳を握り締め、戒斗は何発も重い攻撃を喰らわせた。

「グロロロロ……?」

 だが、そんな攻撃もアルマジロは受け付けない。

 戒斗の攻撃もまるで意に介さないアルマジロは、暫くの間棒立ちのまま身体で戒斗の攻撃を受けていたが。しかしある時、バッと両腕を構えると――――その腕甲に生やした新たな装甲板、小さな盾のような物で防ぎ始めた。

 その盾は、身体と同様に鱗状の装甲だ。

 だが、硬さの方は体表よりも更に硬い感触がする。実際に殴り掛かっていて、戒斗は確かにそれを感覚として感じ取っていた。

「意外に硬いな」

『やはり、見た目通り防御力に秀でたバンディットのようです。格闘戦ではあまり有効なダメージは与えられないかと』

「だろうな」

『一時後退を。アガートラーム展開準備完了、こちらの使用を推奨します』

「ま、それがベターか。……さてと、一気にキメるぞ」

『イエス・マイロード』

 ガーランドに進言されるまでもなく、アルマジロに対しての格闘戦がほぼ無意味であることは戒斗も分かっていた。

 だからこそ、戒斗はガーランドと喋る傍ら、既に飛び退いていて。そうしてアルマジロとの間合いを取れば、左太腿のハードポイントから自動拳銃――HV‐250スティレットを左手で抜き。それを片手で連射して牽制しつつ、後方のガーランドの元まで一度後退していく。

 そうしてガーランドと合流すれば、戒斗はスティレットを再び左太腿ハードポイントに戻す。

「ウェズ、十五秒だけ稼いでくれ!」

「オーライ、任せな! ……聞いたな野郎ども! 撃ちまくれぇっ!!」

「「「オオォォォ――――ッ!!」」」

 ウェズの雄叫びと、轟く銃声の多重奏。それに負けじと響くヴァイパー・チームの雄叫びを耳にしながら、戒斗はガーランドに……独りでに開いた助手席側のドアから、スッと車内に手を伸ばす。

 そうすれば、ダッシュボードから展開した武器ケース。その中に収められていた強力な武器を手に取った。

 ――――XGR‐1、アガートラーム試作型ガウスライフル。

 ヴァルキュリアXGに合わせて同時開発された強力なライフルだ。コイツの威力と貫通力ならば、あのアルマジロの硬い装甲だろうと問答無用で貫けるはずだ。

『観測した限りでは、アガートラームの威力であれば十分に貫通可能と思われます。敵の勢いを削いだのち、ガングニールでチェック・メイトを掛けるのがよろしいかと』

「俺も同意見だ、その方向で行こう。……ガーランド、お前は後退してウェズたちの盾になってやれ」

『イエス・マイロード。貴方もお気をつけて』

「言われなくても、だ」

 バックギアに入れたガーランドが後退し、ウェズたちの盾代わりになっている傍ら……アガートラームの銃把を左手で握り締めながら、戒斗はアルマジロの方に振り返る。

 そうすれば、戒斗はバッとアガートラームを構えた。

 この短い距離だ、わざわざXG本体のFCS……火器管制装置のお世話になるまでもない。

 故に戒斗はアガートラームを構えると、手動照準でサッと狙いを定め……そして、一切の躊躇なくトリガーを絞った。

 ――――――雷鳴。

 戒斗がトリガーを引いた瞬間、まさにそう喩える他にないほどの爆音がオフィス街に轟き、銃口からは激しい稲妻が迸る。

 射出された弾体は瞬時に音速を超え、レーザーのような素早い軌跡を描いて飛んでいく。

「グロロロロ……!!」

 そんな一撃に対し、アルマジロは両腕を構え、ご自慢の盾で防いでみせようとしたが――――。

「ロロロ、グロロロロ…………!?」

 しかし、その程度の装甲でアガートラームの一撃が防げるはずもなかった。

 着弾の瞬間、文字通りの爆発が巻き起こり……アガートラームから放たれた弾体は、アルマジロの左腕側の盾を粉砕してしまう。

 そうして腕の盾が粉砕されてしまえば、アルマジロは苦悶と驚きが入り混じった唸り声を上げる。

 だが――――その程度で終わるはずもない。

「まだまだ、これからだ……!!」

 左腕の盾を砕けば、戒斗は瞬時に狙いを定め……トリガーを引き、二撃目を発砲。今度は右腕の盾も撃ち砕いてやる。

「もう一丁!」

 そうして盾を二枚とも吹っ飛ばしてやれば、戒斗はアガートラームの弾倉に残った残弾を全て胴体に叩き込んだ。

「グロロロロ……ッ!?」

 胴体から激しい火花を散らしながら、後ずさりながら、アルマジロ・バンディットは激痛に喘ぐ。

 アガートラームの残弾全てを叩き込み、アルマジロに手痛いダメージを負わせれば……戒斗は弾切れのアガートラームを雑に投げ捨てる。

 すると、戒斗はバッと踏み込んで再びアルマジロの懐に飛び込み、更に格闘戦でダメージを与えていく。

「トゥアッ!!」

「グロロロロ……!!」

「どうした、そんなモンか!!」

 今度は蹴りを主体にした格闘戦だ。やはり大したダメージは与えられないが、しかしアガートラームで散々痛めつけただけあって、一撃喰らわせる度に怯みはしてくれる。

「トゥアッ!!」

 そうしたラッシュを仕掛けた後、戒斗は最後に腹へと強烈な蹴りを喰らわせてアルマジロを吹っ飛ばす。

 吹っ飛んだアルマジロが数メートル先でゴロゴロと転がる中、戒斗は右手をゆっくりと右腰に伸ばす。

 そうすれば、そこに吊ってあった必殺兵装を――――PBV‐X1ガングニール腕部パイルバンカーを掴み取り、左腕のハードポイントに装着した。

「ググ、グロロロロ……!!」

 ボロボロの身体のあちこちから伝わる痛みに唸りながら、アルマジロ・バンディットがよろよろと起き上がる。

「コイツで……ラストだッ!!」

 戒斗はバンッと踏み込むと、そんなアルマジロの懐へと飛び込み――――拳を握り締め、左腕のガングニールをアルマジロの腹に叩き付けた。

 叩き付けた瞬間、仕込まれた火薬が撃発。同時に電磁加速が後押しし、左腕のガングニールから太い鉄杭が撃ち出される。

 物凄い速度で撃ち出された鉄杭はアルマジロ・バンディットの硬い装甲をも容易く貫き通し、一瞬の内に体内の奥深くまで食い込む。

 そうして杭がアルマジロの体内まで達した頃……戒斗はそっと、呟いていた。

「――――相手が悪かった、そう思いな」

 呟いた直後、アルマジロの体内でガングニールの鉄杭が爆裂。内側から身体を吹っ飛ばされて、アルマジロ・バンディットは大爆死を遂げた。

「グロロロロロロ――――――ッ!?」

 断末魔の雄叫びが轟く中、内側から弾けたアルマジロの身体から爆炎が噴き出て、戒斗の身体ごと包み込む。

 だが、この程度でヴァルキュリアXGは傷付かない。

 アルマジロ・バンディットの大爆死から数秒後、赤々と燃え上がる爆炎の中から……戒斗がゆっくりと姿を現していた。

「ヒューッ」

 燃え盛る炎を背に、真っ赤な眼をギラリと光らせながら歩み出てくる黒い勇者、ヴァルキュリアXG。

 そんな戒斗の姿を遠目に見て、ガーランドの屋根に肘を掛けるウェズが称賛するみたいに口笛を吹く。

 他のヴァイパー・チームの隊員たちも似たり寄ったりな反応だった。炎の中から現れた戒斗、ヴァルキュリアXGを眺めながら、各々が称賛の言葉を口にしている。

『目標の撃破を確認。コンバット・オペレーション終了。流石の手際ですね、カイト』

 そんな中、ガーランドはいつも通りの飄々とした合成音声で彼をねぎらう。

 戒斗はガーランドのねぎらいの言葉に対し「褒めたって何も出やしないぜ」と返し、

「…………オペレーション完了だ。帰ろうぜ、ガーランド」

 と、メモリーカートリッジを抜いて変身を解除しながら、落ち着いた声音でそう囁いていた。

『イエス・マイロード』

 ガーランドの了承の声が聞こえる中、そうして変身を解除しながら……出迎えるガーランドと、そしてウェズたちヴァイパー・チームの元へと歩きながら。戒斗はビルの合間から垣間見える夜空を見上げつつ、遠い目をして……ふと、ひとりごちていた。

「遥――――今、君は何処で何をしているんだ?」

 消えた彼女の――――間宮遥のことを、思いながら。





(プロローグ『Joint Operation』了)

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