第十章:セカンド・イグニッション/深紅の乙女より愛を込めて/05

「逃がさない……!!」

 そうして遥とセラの二人がコフィン・バンディットを殲滅していた頃、センチピードとの距離を詰めていたアンジェは……今まさに、そのムカデ怪人と刃を交わしている真っ最中だった。

 速度特化形態、ヴァーミリオンフォームの超加速を行使し、目にも止まらぬ速さで縦横無尽に駆け巡り……センチピードの反応が追い付かない速さで何十もの斬撃を叩き込んでいく。

 ――――速さという面では、アンジェがセンチピードを圧倒していた。

 敢えて威力特化のスカーレットフォームではなく、速度特化のヴァーミリオンフォームを選択した最大の理由わけ。それこそが、この圧倒的までの速さだった。

 センチピード・バンディットは、確かに強くて硬い相手だ。

 その硬さも、スカーレットフォームの威力ならば撃ち貫けるかもしれない。

 しかし……機動力が低下したあの姿でセンチピードの猛攻を捌き切れるかというと、正直言ってアンジェは自信がなかった。

 特に問題なのが、あの鞭での攻撃だ。

 今のアンジェが使える武器で、アレに対抗できるものといえば……今のヴァーミリオンフォーム時に使える一対の短剣『ミラージュカリバー』しかない。

 或いは工夫すればミラージュフォーム時の刃でも対処できるかもしれないが……少なくとも、拳に特化したスカーレットフォームではどうしようもないのは揺るぎない事実だ。

 加えて――――センチピードの鎧のように硬い身体、そこに僅かな隙間があることをアンジェ自身が見出していた、ということもある。

 それこそ、中世の鎧のように、だ。センチピードの身体は確かに硬いが……しかし、僅かにだが所々に継ぎ目のような隙間がある。

 その一点を素早く、そして正確に斬り刻む――――!!

「だぁぁぁぁぁ――――っ!!」

 アンジェの狙いは、それだった。

 だからこそアンジェは腰のスラスターを吹かし、超加速を行使しつつ……センチピードの硬い皮膚にある僅かな隙間、継ぎ目の場所を両手のミラージュカリバーで素早く斬りつけていく。

 一撃一撃は軽いが……しかし、こちらには素早さという最大の武器がある。例え一撃が弱くても、それを何十回と繰り返せば……その重さは増していく!!

「――――!?」

 そうして何十回、何百回と目にも留まらぬ速さで斬りつけていけば、身体中から火花を散らすセンチピードは苦悶の声を、声にならない不気味な声を上げて苦しみ始める。

 するとセンチピードは、これはマズいと本能的に察知したのか……身体のあちこちから火花を散らしながら、バッと後ろに大きく飛び退いていく。

 飛び退きながら、右腕を振りかざし……手首の裏側から鞭をアンジェ目掛けて射出する。

 動き回るのが厄介なら、拘束してしまえばいい――――。

 センチピードの狙いは大方そんなところなのだろうだが、しかし――――二度も同じ手を喰らう彼女じゃない!!

「そんなものぉっ!!」

 迫りくるセンチピードの鞭、小さな棘が無数に生えた細い鞭に対し、アンジェは左手で逆手に握り締めたミラージュカリバーをバッと振るう。

 そうすれば、今まさにアンジェを縛り付けようとしていた鞭は半ばで千切れ飛び、彼方へと吹き飛んでいってしまう。

「――――!? ――――!!」

 まさか防がれると思ってもみなかったセンチピードは一瞬狼狽しつつも、しかし瞬時に左腕を振るうと、そちらから二本目の鞭を射出した。

 同時に右腕も振り直し、こちらからも再び鞭をバッと打ち出す。

「でやぁぁぁぁっ!!」

 だが、そんな二本の鞭に対してもアンジェは両手のミラージュカリバーを閃かせ、一瞬の内に細切れに斬り刻んでみせた。

 自慢の鞭がことごとく斬り払われ、狼狽するセンチピード。

 そんな風に恐怖するムカデ怪人を前に、アンジェは腰のスラスターに再点火。最大出力で吹かすと――――文字通り、比喩抜きの超加速で一気に距離を詰めていく。まるで瞬間移動をするかのような、そんな凄まじい速さで。

 そうして超加速を始めた直後――――アンジェの姿が幾つも重なって空中に現れる。

 ――――分身。

 そう、まさに分身だ。両手にミラージュカリバーを握り締めたアンジェの姿が、スラスターを吹かしながらセンチピードに迫っていく彼女の姿が、空中に幾つも浮かんでいる。

 この分身――――厳密に言えば、残像のようなものだ。

 彼女の動きがあまりにも早すぎるが故に浮かび上がった、そんな残像。それこそがこの分身の正体だ。

 とにもかくにも、そんな風に分身したアンジェは一気にセンチピードの懐まで飛び込んでいくと――――分身状態のまま、四方八方から猛烈な斬撃の豪雨を叩き込んでいく。

「この速度――――」

 その間、僅か一瞬。

 本当に瞬きするほどの僅かな間に、アンジェは数十の斬撃をセンチピードに叩き込む。

「―――――僕の速さに、追いつけるものかぁっ!!」

 すると、滞空するセンチピードは……分身したアンジェに四方八方から群がられたまま、身体中から一斉に火花を散らして悶え苦しむ。

 一撃一撃は弱くても、それが何十、いや何百と積み重なれば――――やがて致命傷へと至る。

 それこそが、今まさに彼女が行使する必殺技。神姫ヴァーミリオン・ミラージュは速度特化形態・ヴァーミリオンフォームの必殺技『アサルト・ブレイク』に他ならなかった。

 最大の特徴である速さ、超加速の力を最大限に生かした上での、分身による目にも留まらぬ速さでの斬撃ラッシュ。それこそがこの必殺技『アサルト・ブレイク』だった。

「これで――――決まりだぁぁぁぁっ!!」

 そうして斬撃を叩き込んでいたアンジェは、やはり分身したまま……左手のミラージュカリバーを閃かせ、深紅の刃でセンチピードを深々と斬りつける。

 そのまま斬り抜けたアンジェは分身を解きながら着地。大きな砂埃を上げながらザァァァッと滑走して静止すれば――――そんな彼女の背後で、大きな爆発が巻き起こった。

「――――!! ――――――!!」

 声にならない断末魔の雄叫びを上げ、ムカデ怪人センチピード・バンディットが深紅の焔に灼かれて消えていく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………!!」

 センチピードがその身を灼かれ、朽ちていく気配。そんな気配を背中越しに感じながら、超加速の負担に息を切らしながら……アンジェは振り向かぬまま、ひとりごちる。

「僕は、誰にも負けない……! この胸に、僕の心に光がある限り……!!」





(第十章『セカンド・イグニッション/深紅の乙女より愛を込めて』了)

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