第十二章:赤き拳を持つ女/02

「ちょっと、また新しい神姫だっての……!?」

「あの神姫は…………」

 新たな神姫、伊隅飛鷹……クリムゾン・ラファール。

 変身した彼女に困惑するセラ。そんな彼女の傍ら、遥もまた……飛鷹の姿に釘付けになっていた。

「行くぞッ!!」

 そんな二人の視線をよそに、飛鷹はそのまま自身の周囲を取り囲むコフィンの群れ、そしてグラスホッパー・バンディットと戦い始めていた。

 だが――――ほんの一瞬の内に、彼女を取り囲んでいたコフィンはことごとく姿を消してしまう。

「遅いッ! 私は此処だぁぁぁっ!!」

 神姫へと変身を遂げた飛鷹は研ぎ澄まされた一撃を加えると、瞬く間に全てのコフィンを撃破してしまったのだ。

 一子相伝の暗殺拳、天竜活心拳の伝承者たる彼女の研ぎ澄まされた一撃を……まして神姫に変身した彼女の一撃を受け、たかが量産型のコフィン程度が耐えられるはずもなく。コフィンたちは反撃どころか、僅かに動く暇すら与えられぬままに、全員がほぼ同時に一撃を喰らい……全く同じタイミングで爆散。紅蓮の焔に焼かれ、その身を灰へと変えていった。

「さあ、来いッ!!」

「シュルル、シュ――――ッ!!」

 だが、そうして仲間全員が倒されてもグラスホッパーは怯むことなく、飛鷹へと飛び掛かっていく。

 強烈な脚力をフルに使って飛び上がり、その勢いを乗せて放つ、鋭く重い飛び蹴り。拳法の達人たる飛鷹の目から見ても鋭く見える一撃で以て、一気に強烈なダメージを与える……それがグラスホッパーの作戦だった。

「甘いッ!!」

 しかし、幾ら飛鷹の目から見ても鋭いといえども――――それを見切れぬ彼女ではない。

 飛鷹はグラスホッパーの飛び蹴りに真正面から相対すると、避けるどころか……飛び込んでくるグラスホッパー、その蹴りを繰り出さんとする足首をガッと掴んでみせたのだ。

 グラスホッパーの足首を掴んだ飛鷹は、飛び蹴りの勢いを利用し、そして殺すようにグラスホッパーの身体を空中で大きく振り回す。

 ぐるぐる、ぐるぐると……傍から見ているとジャイアントスイングをしているかのようだが、しかし飛鷹は足首を掴む右手のみでグラスホッパーの身体をぐるぐると振り回している。

「でやぁぁぁぁっ!!」

 そうして散々振り回した挙句、飛鷹はグラスホッパーの身体を力任せに地面へと叩き付けた。

 バァンっと背中から地面に叩き付けられるグラスホッパー。その衝撃のあまり、叩き付けられた辺りの地面が……大橋の一部にヒビが入ってしまっているほどだ。

 そんな凄まじい勢いで叩き付けられてしまえば、さしものグラスホッパーといえども身動きが取れず、奇妙な喘ぎ声を漏らすことしか出来ない。

「さあどうした! その程度かッ!!」

 喘ぐグラスホッパーに対し、飛鷹は張りのある声で叫び……挑発するようにクイックイッと手招きをしてみせる。

「シュ、シュルルルル……ッ!!」

 とすれば、グラスホッパーの闘志に火が戻ったのか……苦しみの喘ぎ声を漏らしながらも、グラスホッパーは立ち上がり。そうすれば再び飛鷹に格闘戦を仕掛けてくる。

「シュッ……!!」

「ふっ、はっ……タァァァァッ!!」

「シューッ!? シュルルルル……シュッ!!」

「だぁぁっ!! 甘いわッ!! てやぁぁぁぁぁっ!!」

「シューッ……!?」

 だが、戦いはあまりにも一方的だった。

 格闘戦を仕掛けてくるグラスホッパーに対し、飛鷹も素手で応じる。

 そんな飛鷹の徒手空拳は……あれだけ凄まじかったジェイド・タイフーンの、風谷美雪のもの以上に研ぎ澄まされた手捌きで。そのあまりに熟達した立ち回りは、そのあまりに完成された動きは……見ている者に、まるで舞踊を踊っているのではないかと錯覚させるほどに流麗で、雄々しく、そして何処までもみやびなものだった。

「せりゃぁぁぁぁっ!!」

「シュ――――――!?」

 飛鷹の鋭い正拳突きが腹に深々と突き刺さり、グラスホッパーが思わず足をふらつかせる。

 それを好機と見た飛鷹は――――遂にこの一方的な戦いに終止符を打つことにした。

「さあ行くぞ……見せてやる! 天竜活心拳の奥義を!!」

 バッとその場で構えを取り、すると飛鷹は深く呼吸を練り……極限まで高めた気を、左足へと集中させていく。

 そうして練りに練った気が集まれば、やがて彼女の左足は太陽のように真っ赤に染まり始め……次第に、紅蓮の焔が足全体を包み込んでいく。

 ――――これで、全てが決まる。

 左足を赤く滾らせ始めた飛鷹の姿を目の当たりにして、本能的な危機感を覚えたグラスホッパーは逃げようとするが……しかし、今までの戦いであまりにダメージを負いすぎたせいで、もう身体が思うように動いてくれない。

「これでトドメだぁっ!!」

 そんな、逃げるに逃げられないグラスホッパーに飛鷹は叫ぶと、バンッと手で地を叩いて高く飛び上がる。

「でやぁぁぁっ!! ディィィバインッ!! シュゥゥゥ――――トッ!!」

 飛び上がった飛鷹は急接近すると、雄叫びとともに長い左足を大きく振り上げ……動けないグラスホッパーを真正面から、勢いに任せて横薙ぎに蹴っ飛ばした。

「シュ――――――――ッ!?」

 飛鷹の空中蹴りの直撃を喰らったグラスホッパーは、そのままきりもみ回転しながら吹っ飛ぶと……遠くの地面にバンッと無防備に叩き付けられる。

 そうして飛鷹が着地した頃、吹っ飛んでいったグラスホッパーは――――彼女の背中の向こう側で巻き起こった大爆発、ド派手な紅蓮の焔にその身を焼かれ、塵となって消えていった。

 ――――『ディバインシュート』。

 神姫クリムゾン・ラファール、奥義を極めし者の必殺技だ。赤熱化した足に焔を纏わせ、強烈な一撃を叩き込むことで敵を灰燼に帰す……強力無比な一撃。天竜活心拳の伝承者たる彼女にしか使いこなせない、シンプルにして強烈な一撃だった。

「ふぅ……っ!!」

 飛鷹は大爆死を遂げたグラスホッパーが巻き起こした焔を背に、残心したまま深く息をつき。そして背後を振り返らぬまま、高らかにこう宣言する。何処までも気高く、真っ直ぐな声音で。

「人間の自由を脅かす邪悪は……天竜活心拳の誇りに賭けて、この私が討ち倒す!!」





(第十二章『赤き拳を持つ女』了)

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