第七章:残影は遠き記憶の彼方に/01

 第七章:残影は遠き記憶の彼方に



 ――――P.C.C.S本部ビル・地下射撃練習場。

 翡翠真の失踪から更に暫くが経過したこの日、戒斗は本部ビルの地下にある射撃練習場、そこに立ち並ぶ射撃ブースの一角に立ち……独り、自分のシグ・ザウエルP226マーク25の自動拳銃を一心不乱に撃ちまくっていた。

「よう」

 そうして戒斗が何本目かという弾倉の中身全てを撃ち尽くしたタイミングで、後ろから大柄なスキンヘッドの黒人男性が――――STFヴァイパー・チームの隊長、ウェズリー・クロウフォード……ウェズが戒斗の肩を後ろからポンッと叩きながら、彼にそう声を掛けていた。

「……ウェズ」

 撃ち終わった拳銃をテーブルの上に置き、耳に付けた耳栓代わりのイヤーマフを外しながら、戒斗が背後のウェズの方に振り返る。

 振り返った彼の顔は、やはり何処か重たい色を滲ませていた。翡翠真の失踪で、彼がかなり精神的に参っていることが……一目見た途端、ウェズにも察せられたぐらいに。それぐらいに、振り返った戒斗の顔色は重く、暗いものだった。

「チョイと通り掛かったらお前を見かけたモンでな。どうだい、調子は?」

 そんな暗い顔色の彼に、ウェズは普段通りの陽気な声で語り掛ける。

 すると戒斗は「可もなく不可もなし、ってトコだな」と、相変わらずのぶっきらぼうな調子で答えてみせた。

「にしたってお前、レフティなんだな」

「珍しいか?」

 訊き返してくる戒斗に「いや」とウェズは首を横に振る。

「昔、SEALシール時代の相棒がレフティだったんだ。お前を見てたら、アイツのことを思い出してな」

 どうやらウェズ、左利きの戒斗と、その嘗ての相棒……米海軍特殊部隊、NAVYネイビーSEALsシールズ時代の相棒とやらと面影を重ねていたらしい。

「へえ、だったらその相棒とやらに会ったら、俺のことも伝えておいてくれ」

 そんなウェズの言葉に、戒斗はいつもと変わらぬ皮肉っぽい言葉で返すが――――。

「ああ伝えてやるさ、いつか……俺も、あの世に行ったらな」

 だが――――ウェズは遠い目をしながら、そう答えていた。

「……あの世?」

 まさか、と思った戒斗が恐る恐る問うてみれば、ウェズは「そういうことだ」と頷いて肯定する。

「アフガンでの一件、前にお前に話しただろ? その時にソイツも死んじまったからな」

 彼の言う、アフガンでの一件――――。

 それは即ち、ウェズリー・クロウフォードがP.C.C.Sに引き抜かれる切っ掛けとなった事件。SEALs時代にアフガニスタンでバンディットと遭遇し、そして多大な犠牲を払いながら……辛くも撃退してみせた事件のことだ。

 ウェズの言葉通りなら、彼が戒斗と面影を重ねていた左利きの相棒とやらも、その際に戦死しているということになる。

「…………すまないウェズ、変なこと言っちまったな」

 それを悟ると、戒斗は小さくうつむきながら、心底申し訳なさそうな様子でウェズに詫びる。

「良いさ、気にするなよ兄弟」

 申し訳なさげに肩を落とす戒斗の、そんな彼の肩をポンッと叩きながらウェズは言い。そうした後で、今度は遠くにあるターゲット・ペーパーを見て……正確には、そこに穿たれた着弾痕を見て目を丸くする。

「へえ? 結構良いウデしてるんだな、お前」

 目を丸くするウェズの視線の先、戒斗が今まで撃っていたターゲット・ペーパーには幾つもの丸い着弾痕が穿たれている。

 その弾痕、八割以上がド真ん中か、それに近しい位置に穿たれているのだ。

 かなり正確な射撃でなければ成し得ない集弾率。それに気付いたからこそ、ウェズは戒斗の腕前を知り、割と素の調子で驚いていたのだった。

「そうでもない」

「謙遜することじゃねえさ。にしてもお前……ホントについこの間までド素人だったんだよな?」

「そのはずだ」

「信じられねえな……これだけの腕前、一体何処で身に着けたんだよ?」

「昔ちょっと、な」

 はぐらかす戒斗にウェズは肩を竦めつつ。そんな彼の横顔を……やはり何処か暗く、重たい調子の横顔を見て「……なんか、あったのか?」と問いかけてみる。

 しかし問われた戒斗は、それに「……なんでもない」としか言わなかった。

 …………だが、彼の表情は未だに暗い影色を宿したまま。

 するとウェズはやれやれと肩を揺らし、

「ま、俺の言い方が悪かったかもな。

 …………実を言うとな、例のお嬢ちゃんの件。お前の友達だっていうのことなら、俺もドクター・篠宮から大方のことは聞いてる。たまたま通りがかったってのも嘘だ。落ち込んでるお前の相談に乗ってやれって、ドクターから頼まれてたんだよ」

 と、仕方ないなといった様子でウェズは此処に来た理由、戒斗の前に脈絡もなく現れた、その種明かしをしてみせた。

「…………相変わらず、あのヒトは変な時にだけ妙に気が回るな」

「そりゃ俺も同意」

 戒斗の皮肉めいた一言にウェズはニッと笑み、そして彼にこう言った。落ち込んだ様子の、そんな横顔の戒斗に。

「まずは外出ようぜ、話ぐらいなら聞いてやるからよ。たまには愛しのハニーじゃなく、俺みたいな野郎相手の方が話しやすいこともあるってモンだろ?」

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