第五章:シグナル・ロスト/02

 一方、店を出た有紀はそのまま駐車場の方に回り。そこに停めていたいつもの古いコルベット……ではなく、最新式の蒼いC8型のシボレー・コルベット・スティングレイへと近づいていく。

 今日も年代物の愛機ではなく、こちらに乗ってきていたのだ。

 有紀はそんな蒼いC8コルベットに近寄ると、遠隔でキーロックを解除し。左側のドアを開けて乗り込んでいく。

「ふぅーっ……」

 運転席に座ってドアを閉め、静かな車内で有紀は小さく息をつく。

 すると――――何を操作するでもなく、突然センターコンソール部分の画面が独りでに灯り。とすれば何処からか、合成音声じみた低い男声が車内に響いた。

『どうかされましたか、ドクター・篠宮』

 車内の何処からか、それこそ埋め込まれたスピーカーからその声は聞こえてくる。

 何処を見回しても、コルベットの中には有紀以外の姿は見当たらない。当然ながら、車外にも人影は窺えなかった。

 だから――――この合成音声は車が発しているもの。即ち車自身が、このコルベット自体が有紀に話しかけているのだ。

「ガーランド……気にするな、君には関係のない話だ」

 しかし有紀は喋りかけてくるその合成音声に対し、特に驚きもしないまま……疲れた声音で呟き返す。

 ――――ガーランド。

 有紀が口走ったその名前こそが、この車の名……まるで自らの意志を持っているかのように話しかける、この奇妙奇天烈なC8コルベットの名だった。

 ここまでの会話で察せられる通り、このコルベット……いや、ガーランドは普通の車ではない。P.C.C.Sが、いいや篠宮有紀が開発した特別なマシーンなのだ。

 簡単に言えば、超高度な人工知能を搭載している。

 それこそ、今のように人間と対等な会話が出来るレベルの超高度な人工知能システムをこの車は搭載しているのだ。

 故に、この車はひとつの人格を宿していると言っても過言ではない。この車は確かにアメ車の形をしているが……しかし普通の車ではない、意志を持った車なのだ。

 とあるシステムの支援ビークルとして有紀が開発したこのガーランド。有紀はそんな車の人工人格……そのまま『ガーランド』という名のと言葉を交わしているというワケだった。

 ――――閑話休題。

『お察しするに、翡翠真という女性について悩まれているのでは?』

 疲れた顔の有紀に、ガーランドは無機質な声でそう言う。抑揚がないワケではないが、しかし無機質に聞こえてしまうのは合成音声が故の弊害か。

「……何故分かる?」

『ドクターの顔を見れば、何となく』

「フッ、何となく……か。とても機械の発言とは思えないな」

『私をそういう風に設計なされたのはドクター、貴女のはずでは?』

「全くだ。どうしてこうもお喋りなAIを作ってしまったのかね、私は」

 やれやれと肩を竦めつつ、いつも通りの皮肉全開な言葉で返し。有紀はそのまま白衣の胸ポケットに手をやると、おもむろに取り出した煙草を口に咥え、それにジッポーで火を付けようとする。

 その直後、ガーランドが『ドクター、お待ちください』と口を挟んできた。

「なんだ、藪から棒に」

『私の中で煙草を吸われるのはお止めください。臭いが内装に付着します』

「…………本当に一言余計なAIだな、君は」

『お褒めにあずかり光栄です、ドクター』

「褒めてないぞ、この馬鹿」

 嫌味なまでに無機質な声で淡々と言うガーランドに辟易し、やれやれと肩を竦めつつ。有紀は咥えていた煙草を口から離すと、仕方なしに胸ポケットの紙箱へと戻す。

『……ところでドクター、プランXGの進捗状況はいかほどですか?』

 そうして有紀が煙草を収めた頃、ガーランドがやはり無機質な合成音声で……しかし僅かにシリアスな色も垣間見せる声音で有紀に問いかける。

「八割五分、といったところか。元から趣味半分、冗談半分でちまちま進めていたプランではあるからね。既にシステムの構築は完了、後はドライバーとメモリーカートリッジの完成を待って……最後に微調整をするぐらいか」

『つまり、私の初陣も近いということですね』

「出来ればそうなって欲しくはないがな。君には頼らないまま、既存のVシステムで済ませられるのなら……格納庫で君が埃を被っていてくれるのなら、本来はそれが一番なんだ」

『それに関しては私も同意見です』

 ですが、とガーランドは言って、

僭越せんえつながら申し上げますが、現時点までの交戦データを鑑みるに……そうなる可能性は極めてゼロに近いかと。秘密結社ネオ・フロンティアに対抗する為には、現状のVシステムでは明らかに力不足。まず間違いなく、XGのスペックでなければこれ以降の敵に対応出来ないと私は結論付けました』

「……ガーランド、君は本当にお節介なAIだな」

『お褒めにあずかり、恐悦至極に存じます』

「だから、褒めてないと言っているだろうが。……全く、誰がこんなポンコツを作ったのやら。製作者の顔が見てみたいよ」

『でしたら、バニティミラーをお使いになってはいかがですか? サンバイザーの裏にございますので』

「本当に君は一言余計だな……」

 淡々とした口調で皮肉に皮肉で返してくるガーランドに、有紀はやれやれと参ったように肩を竦めつつ。そうしながら、有紀はガーランドにこう命じる。

「……まあいい。ガーランド、エンジン始動だ」

『イエス・マイロード』

 ガーランドが了承の意を返せば、独りでにエンジンが始動する。

 シートの真後ろ、車体中央部のミッドシップ位置に鎮座するV8エンジンが上品な音色を奏でれば、車内の計器類……今までずっと灯っていたセンターコンソール以外、正面の液晶メーターパネルなんかにも明かりが灯っていく。

『行き先は?』

 そうすればガーランドが行き先を問うてくるから、有紀はコクピット・シートにふんぞり返った格好のまま、腕組みをしてガーランドにこう告げる。

「本部に戻るよ、運転は君に任せる。プランXG関連でちょっと考えたいことがあるからね。私はそっちに集中したいんだ」

『了解。目的地をP.C.C.S本部に設定。ルート検索……ドクター、最短ルートを最速で行きましょうか?』

「…………安全運転で頼む」

『イエス・マイロード』

 すると、有紀が手を触れないままにガーランドは勝手に走り出す。

 独りでに走り出した車の中、有紀はやれやれと肩を竦めつつ。ステアリングにも触れないまま、足元のペダルにも触れないまま……運転操作の全てを車に、ガーランドに任せ、有紀は深い思考の海へと意識を潜らせていった。





(第五章『シグナル・ロスト』了)

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