第五章:シグナル・ロスト/01

 第五章:シグナル・ロスト



 ――――――翡翠真が、姿を消した。

 その報せは一週間が経った今、戒斗たちの元にも届いていて。戒斗とアンジェ、遥とセラに……そして例によって店に来ていた有紀の五人は『ノワール・エンフォーサー』のカウンター近くに集まり……皆が皆、一様に重い面持ちで顔を突き合わせていた。

「真……何処に行っちまったんだよ……」

 肘を突きながら組んだ両手、その上に額を置く形で深くうつむきながら、カウンター席の戒斗が低い声でひとりごちる。

「真さん……どうしちゃったのかな……」

 そんな彼の背中をそっと手のひらで撫でながら、隣でアンジェも同じく暗い顔でそう呟く。すぐ傍でうつむく彼の背中を励ますように撫でながら、そんな彼の言葉に同調するように。

「心配、ですね」

 カウンターの奥に立つ遥もまた、二人と同じ気持ちだった。

 彼女にとっても、翡翠真は決して知らぬ間柄ではないのだ。戒斗やアンジェほど深い関係ではないにしろ……彼女の身を案じているのは、遥とて同じことだった。

「ねえ有紀、何かそっちで分かったことはないの?」

 そんな三人の傍ら、セラは同席した有紀にそう質問するが……しかし有紀は「残念ながら、特には」とコーヒーカップ片手に首を小さく横に振り、否定する。

「戒斗くんたちのお友達、まして私も知る相手だ。だから私の方からも伝手を使って情報を集めてはみたが……有力な手縢りは無し、だ。職権乱用の甲斐もなく、分かったことといえば警察が掴んでいる内容とほぼ変わらないことだけだよ」

「……そうか」

 続いて有紀が呟いた言葉に、戒斗はやはりうつむいたままで小さく相槌を打つ。

「一応、教えておいた方が良いかな?」

 有紀はそんな彼に対してそう質問を投げ掛けるが、しかしそれに「お願いします」と答えたのはアンジェだった。

 彼の心情を気遣って、敢えて横から口を挟んだのだろう。

 そんなアンジェの気持ちを察しつつ、有紀はうむと頷いて。珈琲を一口飲み、続いて咥えたアメリカン・スピリットの煙草に火を付けた後で……ポツリポツリと、真について分かっていることを改めて皆に述べ始めた。

「…………彼女が最後に痕跡を残したのは、峠の頂上。駐車場には彼女のバイクが放置されていて、そこから少し離れた場所……展望台の近くには交換用レンズの入ったカメラバッグと、後は彼女のカメラが落ちていたそうだ」

「…………誰かに、攫われた?」

 まさか、と思いながら、頭に過ぎった可能性。

 セラが思わずその可能性を口走ると、有紀は「その可能性は十分に高い」と肯定の意を示す。

「確か彼女、プロカメラマン志望だったのだろう? だったら彼女にとって、カメラは自分の生命いのちと同じぐらいに大事な物のはずだ。そんな大事な物を置いて、衝動的に自ら行方を眩ました……とは考えにくいからね」

「――――何より、真はそんなタマじゃない」

 有紀の言葉に、戒斗はうつむいていた顔を少しだけ上げながら……鋭く尖った、しかし不安に揺れる瞳で有紀を見つめながら、ボソリとそう呟く。

「アイツは……アイツは、そんなタマじゃねえよ」

「カイト……」

 呟く戒斗の背中をそっと撫でながら、アンジェは心配そうに彼の横顔を覗き込む。

 真のことも心配だ。しかしアンジェが一番心配なのは……他でもない、戒斗のことだった。

 今の彼は明らかに参ってしまっている。戒斗が、これでいて打たれ弱い節があることを……そのことを十分すぎるぐらいに心得ているが故に、アンジェは何よりも彼のことが気掛かりだったのだ。

 勿論、行方不明になった真のことも心配だ。彼女にとってもまた、翡翠真が大切な存在であることに変わりはない。

 だが――――それ以上に、打ちひしがれている彼のことが心配で仕方ないのだ。

 だからこそ、アンジェは隣に座る戒斗の横顔を心配そうに見つめている。明らかに無理をしている、そんな暗い面持ちの……彼の横顔を。

「……とにかく、分かっていることといえばそれぐらいなものだ」

 有紀はそんなアンジェの心情を知ってか知らずか、話せるのはここまでだと言わんばかりにそう言って……話を締め括る方向に持っていく。

「また何か分かったら、すぐ君らにも知らせるが……あまり期待はしないでおいてくれ」

 最後にそう言って、残りの珈琲を飲み干した有紀は「お代、此処に置いておくよ」と言って、代金をカウンターの上に置いて席を立ち。そのまま白衣の裾を翻して、有紀は店を出て行った。

「真……本当に、何処に行っちまったんだ…………?」

 カランコロンと店の戸のベルが鳴る中、重い静寂に包まれた店内に響いたのは……戒斗の、そんな呟きだけだった。

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