第三章:郷愁は紅蓮の彼方に/07

「――――ま、こんな感じ。聞いてくれてありがとね」

 自分の過去と、そして妹キャロルのこと。全てを話し終えた後、セラは遠い目をして戒斗にそう呟いていた。

「結局……アタシは誰かに話を聞いて欲しかったのかも知れないわね。遥にも似たような話はしたけれど、でも神姫のこととかは、色々と伏せておかなきゃならなかったから。だから……ホントの意味で全部話せたのは、アンタが最初なのよ」

「そう、だったのか」

 前にセラが遥に相談したこと、その中で彼女が答えを得たこと……それは、戒斗も遥から聞いている。

 だが、聞いているのは彼女が遥に話したことだけだ。その中身までは知らなかった。

 故に戒斗はセラの話を聞いて、驚きこそしなかったものの……しかし、何と言葉を掛けて良いのかも分からないでいた。

 正直、セラが背負っていたモノは……彼女の過去は、予想していたより遙かに重い過去だった。どんな言葉を掛ければ良いのか、セラにどんな言葉を投げ掛けてやれば良いのか……戒斗には、分からない。

「でも、スッキリしたわ。アンタに話したら、何だか色々と楽になったかも。肩の荷が下りた気分っていうのかしら?」

 そんな風に戸惑う戒斗が難しい顔をしていると、セラもセラで彼の内心を察してなのか……さっきまでのシリアスな雰囲気はどこ吹く風、いつも通りの調子でそんなことを戒斗に言ってみせる。

「今日一日、付き合わせちゃってごめんね」

 戒斗は続けてそう言うセラに「構わない」と返す。

「レディの頼みは極力断らない主義だ。特に、君のように素敵なの頼みなら尚更な」

 続けて戒斗がそんな風にうそぶいてみせれば、セラはクスッとおかしそうに笑ってくれた。

「あーあ。アタシってばアンタのこと、本気に好きになっちゃいそうかも」

 とすれば、続けてセラはそんな冗談を口走る。戒斗はそれに「そうか」とだけ、小さな笑みを零しながら返す。

 するとセラは「冗談よ」と半笑いで返し、

「……ううん、好きになりそうってのは冗談じゃない」

 と、続けてそんな突拍子もないことを、真剣な面持ちで口にした。

「正直、前からアンタのこと気になってたのよ。斜に構えてるようで意外と紳士的なトコあるし、案外これで頼れるところもあるし……何より、アンタってびっくりするぐらいに優しいからね。究極のお人好しよ、アンタは」

「……かも知れないな」

「うん。……だから、なのかもね。アンタがP.C.C.Sに入ったとき、アタシは結構複雑だったんだけれど……何だかんだと放っておけなかったのは、そういうことなのかもね」

「…………」

「ま、綺麗すっぱり諦めるわよ。アンタにはもうアンジェが居るもんね」

「……セラ」

「気付かないと思ってた? バレバレよ、アンタもアンジェも二人とも。お互いにダダ漏れなんてレベル超えてるわ。アレで気付かないようなら、鈍感通り越して神経疑うレベルよ」

 やれやれ、と大袈裟なぐらいに肩を竦めて言うセラに、戒斗はきょとんとした顔で「……そんなにか?」と首を傾げる。

 そうすればセラは「そんなによ」と呆れ気味に答え、

「アンタもアンジェの気持ち、とっくに気付いてるんでしょう? というか、気付かない方がどうかしてるわ。あんなことされちゃった後なら尚更……ね」

 と、小さく息をつきながら続けてそんなことも呟いていた。

 ――――――あんなこと。

 セラが言うその言葉の意味は、戒斗にも分かる。

 それは、あの時……アンジェが神姫に覚醒した時のことだ。戒斗はあの時、神姫ヴァーミリオン・ミラージュに変身した彼女に口付けをされていた。

『なんで僕が神姫になれたのか、僕自身にもよく分からない。けれど……心配しないで。僕が戦う理由なんて、ずっと昔から変わらない。僕は……大好きな君を、僕を守ってくれたあの日の君のように守ってみせる。ただ、それだけだから』

 あの時、アンジェは呆然とする戒斗にそう囁いて……そのまま、そっとキスを交わしてくれたのだ。ほんの一瞬だけの、短い口付けを。

 戒斗自身、あの時は色々と衝撃的なことの連続過ぎて、どうにも自覚していなかったというか、それどころじゃなくて気が回らなかったのだが……冷静に考えてみれば、あんなものは愛の告白も同義だ。

「…………」

 それを思うと、戒斗は急に照れくさくなってしまう。

 鉄壁のポーカー・フェイスを貫いて、顔にこそ出さなかったが……改めて指摘されてしまうと、どうにも照れくさいというか何というか。我ながら顔から火が出ていないのが不思議なぐらいだ。

「……ふふっ」

 だが、セラはそんな彼のポーカー・フェイスの裏側を見抜きつつ、おかしそうにクスッと笑う。

 そんな彼女の反応を見て、気付かれたと察した戒斗は――――照れ隠しのようにセラから視線を逸らし。セラもセラで彼の反応を見て微かな笑みを零すと、そっぽを向いた彼に続けてこう言った。

「何にしても、聞いてくれてありがとね。アンタに聞いてもらったお陰で、色々と憑きものが取れたわ」

「……そうか、なら良かった。この時間まで粘った甲斐があったってモンだ」

「ほんっと、アンタは口が減らないっていうか……ま、そんなところもアンタの魅力か」

 いつも通りに皮肉っぽい調子で言葉を返してくる戒斗に、セラはやれやれと呆れっぽく肩を竦める。

 ――――結局、どう足掻いたってアンジェには勝てない。

 セラ自身、それはよく分かっていた。幾ら自分が彼に好意を寄せようと、二人は既に互いに想い合っているのだ。後から入ってきた自分が、その間に割って入る隙なんて……あるはずがない。

 だからこそ、セラはすっぱりと諦めていた。勝ち目がない戦いだと分かっているから。何よりも……アンジェと共に歩いて行くことが、彼にとって一番だと理解していたから。

 ――――でも、想うのは勝手だ。

 だから、この気持ちを捨てることはしない。身は引くが……それでも、彼のために出来ることがあるのなら、自分に出来ることがあるのなら、出来る限りをしてみようとセラは思っていた。信頼の置ける仲間として、相棒として。

「ところでさ戒斗、今度一回ぐらいアタシと勝負してよ」

「勝負って……そのチャージャーと、俺のZとでか?」

「当然。アンタ好みのストリート、四分の一マイル……ゼロヨン勝負よ。どうかしら?」

「へえ、良いじゃないか。乗ったぜセラ、機会があれば受けて立つ」

「近いうちに、ね。アタシとアンタ、どっちが速いか白黒付けましょう」

「望むところだ」

 セラは戒斗とそんな言葉を交わし合った後、うんと伸びをして。すると「さてと、そろそろ帰ろっか」と言ってチャージャーに乗り込もうとしたのだが。

 しかし、そうした矢先――――チャージャーのドアノブに手を掛けたところで、セラは慣れ親しんだ感覚を頭の中に覚えていた。

 ――――甲高い、耳鳴りのような感覚。

 それも凄まじく強烈なものだ。物凄い感覚が、本能がまるで激しい頭痛のように警鐘を鳴らしてくる。

(この感じ……近すぎる!)

 ドアノブに手を掛けたまま、もう片方の手で頭を抑えながら……青白い顔をするセラ。

 そんな彼女の様子が気になって、戒斗は「セラ?」と案じた顔で声を掛けるが。しかしセラは声を掛けてくれた戒斗の方に視線を向けると、至極シリアスな顔で彼にこう告げていた。

「……最悪。お客さんのお出ましみたい」

「お客さん……?」

 何処か遠回しな、回りくどいセラの言い方に戒斗が首を傾げた直後。

「ッ! 馬鹿、伏せなさいっ!!」

 セラは迫り来る殺気を感じ取り。そのまま、傍に立っていた戒斗を力任せに押し倒した。

 アスファルトの地面に背中から転がる戒斗と、その上に覆い被さるようにして一緒に倒れるセラ。

 そんな二人の真上を――――翼を広げた、怪人の影が通り過ぎていった。

「なんだ……!?」

「そこよ、そこ!」

 戸惑う戒斗は押し倒された格好のまま、声を荒げるセラが視線で示す方向を見る。

「……ああ、最高だ」

 とすれば、彼の視界にも確かに映っていた。少し離れた場所に着地するコウモリ型の怪人、翼を広げたバット・バンディットの姿と、そしてあちこちから続々と姿を現す、量産型のコフィン・バンディットの群れが。

 そんな怪人の群れを、突然現れた刺客の姿を目の当たりにして――――戒斗はそう、参ったように呟いていた。





(第三章『郷愁は紅蓮の彼方に』了)

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