第十五章:Sudden Impact/02
「バッタ野郎、アイツは戒斗が倒したはず……!?」
「先程の二体といい、これは一体どういう……!?」
唐突に現れたグラスホッパー・バンディットを前に、セラと遥が揃って困惑の表情を浮かべる。
すると、そんな彼女たちの周りにコフィンが群がり、二人へと攻撃を仕掛けてきた。
「ッ……! とっとと突破してアイツを助けに行くわよ、セイレーン!!」
「分かっています!!」
それに対し、遥とセラは反撃。可及的速やかに包囲網を突破し、戒斗の救援に駆けつけようとするが……しかし、いかんせん敵の数が多いせいで、思うように戦えない。
「フシュルルル…………」
「ぐっ……!!」
そうして遥たちが苦戦している間にも、グラスホッパーは地面に転がる戒斗の背中を足で踏みつけていて。腕組みをしながら、グラスホッパーはまるで眼下の戒斗を見下すような仕草をしてみせる。
『システム、損傷率二十パーセントを突破!』
『いかん……! 戒斗くん、すぐに奴から離れろ!』
「もうやってる……!」
苦悶の声を上げながら、戒斗は背中を踏みつけてくる足をどうにかこうにか振り払い。そうすれば身を捩って仰向けになり、左太腿のハードポイントから自動拳銃を……HV‐250スティレット自動拳銃を抜き、頭上のグラスホッパー目掛けて発砲する。
「フシュルルルル?」
「効かない……!?」
だが、九ミリ口径の特殊徹甲弾を何十発喰らわせようとも、グラスホッパーは意にも介さない様子で。着弾した部分から小さな火花を上げつつも、しかし身じろぎしないグラスホッパーは……再び戒斗の胸を踏みつけながら、まるで嘲笑うかのような挑発じみた視線を、そのバッタめいた異形の顔面から戒斗へと注ぐ。
「冗談キツいぜ……! なら、コイツはどうだッ!!」
スティレットがまるで効いていないことに動揺しつつも、しかしすぐに無意味だと判断した戒斗は即座に左手のスティレット自動拳銃を投げ捨て。とすれば、今度は左腰のハードポイントから大型ナイフを……KVX‐2コンバット・ナイフを抜刀した。
逆手で抜き放ったその刃で、戒斗は自分の胸を踏みつけるグラスホッパーの脚、ふくらはぎの辺りを刺そうとする。
「ッ!?」
「フシュルルルル!!」
だが、グラスホッパーは巧みな動きで戒斗の刺突を避け。そのまま戒斗の横っ腹を蹴っ飛ばし、彼をまた派手に吹っ飛ばしてしまった。
「カイトっ! くっ……!?」
そんな彼を見て、助けに行こうとしたアンジェだったが。しかし他の神姫二人と同じように大量のコフィンに群がられてしまい、そちらの対処に手いっぱいになってしまったせいで、戒斗を助けに行けなくなってしまう。
「こなくそ!」
アンジェがどうにか包囲網を切り抜けようと必死に戦っている間にも、吹っ飛んだ戒斗は起き上がっていて。左手のナイフを握り直すと走り出し、目の前のグラスホッパーへと斬り掛かっていく。
「フシュルルル…………」
「ぐっ……!?」
だが、グラスホッパーが迎撃にと繰り出した回し蹴りを左手に喰らってしまったせいで、手から滑り落ちたナイフが彼方へと吹っ飛んでしまう。
「野郎!!」
しかし武器がなければ、拳で戦えば良いだけの話だ。
故に戒斗はナイフを喪失したとしても、その闘志の炎を消すことはなく。そのままグラスホッパーと素手での徒手格闘戦へと移行する。
「トゥアッ!!」
「フシュルルル……!!」
「トゥアッ!! タッ! トゥアッ!!」
「シュルル、フシュルルル!!」
回し蹴りを受け流し、カウンターで掌底を叩き込み。グラスホッパーの繰り出す殴打をいなしつつ、反撃のストレートを繰り出し――――これを流されてしまえば、今度は逆に手痛い蹴りを胸に喰らう。
流石に徒手格闘戦ともなれば、戒斗とグラスホッパーは五分五分の戦いを繰り広げていた。
「ぐっ……!? トゥアッ!!」
「シュルル!? フシュルルル…………!!」
だが、五分五分の戦いは段々と戒斗の劣勢へと傾いていく。
捌ききれなかった殴打が、受け流しきれなかった蹴りが装甲に直撃し、徐々にVシステムはダメージを蓄積させていってしまう。
それでも、戒斗は負けじと隙を見て何発もグラスホッパーに叩き込んだ。
避けられる前提の足払いで隙を誘い、一気に本命の回し蹴りを叩き込み……続けざまに何発も胸にストレートをお見舞いする。
そうして、互いに互いの身体を削り合うような、熾烈な徒手格闘戦を戒斗とグラスホッパー・バンディットは繰り広げていたのだが…………。
「ぐぁっ!?」
戒斗がグラスホッパーと一対一の格闘戦を繰り広げている間にも、彼の背後にはいつの間にかスコーピオンが忍び寄っていて。完全に虚を突かれる形で飛びかかられた戒斗は、背中の装甲に大ダメージを負いつつ、また派手に吹っ飛ばされてしまう。
『システム損傷率、五十パーセントを突破! マズいっすよ戒斗さん、このままじゃ!!』
『戒斗くん、一旦距離を取れ! 流石にVシステムでもマズい状況だ!!』
「出来たらやってる!!」
起き上がりつつ、戒斗は南と有紀に通信越しに怒鳴り返し。そうしながら、にじり寄ってくるグラスホッパーとスコーピオン、二体のバンディットと素手で相対する。
他の神姫たちの援護もままならないまま、戒斗は徐々に、一歩ずつ着実に追い詰められていた。
「戒斗さんは、やらせない……!!」
そこに、セラから一歩先んじてコフィンの群れを脱した遥が、今まさに戒斗に飛び蹴りを喰らわそうとしていたグラスホッパーへと斬り掛かっていく。
「カイトは僕が守る、そう決めたんだ……だから!!」
遥に続き、速度に任せてコフィンの包囲網を強引に突破したアンジェもまた、基本形態のミラージュフォームへとフォームチェンジしつつ……腕のアームブレードと脚のストライクエッジを煌めかせながら、遥とともにグラスホッパーへと飛びかかった。
「フシュルルル…………」
だが、グラスホッパーは遥の斬撃をギリギリの紙一重で避け、アンジェの突撃は身を低くすることで交わしてみせる。
その身のこなしは、明らかに以前戦った時よりも数段研ぎ澄まされたものになっていた。
さっきの戒斗との格闘戦といい、スティレットの連射を歯牙にも掛けなかった防御力といい……復活したグラスホッパーは、明らかに以前よりもあらゆる意味で強くなっていた。
「どういうこと、前より強くなってるよ……!?」
「でも、二人がかりでなら出来るはず!!」
「雑魚の掃除はアタシに任せなさい! ……そっちは頼んだわよ、二人とも!」
「分かった!!」
「分かりました!!」
遥とアンジェ、二人でグラスホッパーに対処する傍ら、セラは独りで残りのコフィンたちの相手を一手に担い。そうすれば戒斗は、どうにかこうにかスコーピオンと一対一の状況に持ち込めていた。
「シュッ――――」
「畜生……流石にキツいか……!!」
だが、全ての武器を失った戒斗はどうしても徒手格闘を強いられてしまい。スコーピオンが尻尾から飛ばす毒針を避けながらの戦いは、やはり戒斗の圧倒的劣勢に陥っていた。
「ああもう、世話の焼ける男ね……! 戒斗、これを使いなさい!!」
そんな戒斗を見かねたセラが、自分のガトリング機関砲をひとつ彼へと投げ渡した。
飛んできたそれを受け取った戒斗は「ありがたい……これなら!」とセラに感謝しつつ、彼女のガトリングを構え。今まさに自身へと飛びかかろうとしていたスコーピオンに狙いを定めると、その腹目掛けて痛烈な掃射を喰らわせる。
「シュッ、シュルルルル!?」
突然の不意打ちにスコーピオンは怯むが、しかし巧みに戒斗の掃射を避けつつ……また彼の懐へと潜り込み。そうすればスコーピオンは、そのまま強烈なタックルを真っ正面から喰らわせて、戒斗を派手に吹っ飛ばしてしまった。
「ぐぁぁぁぁっ!?」
『システム、損傷率八〇パーセント突破! ヤバいッス、ヤバすぎるッスよ!?』
『もう駄目だ、離脱しろ戒斗くん!』
「逃げられっかよ、こんなところで……!」
吹っ飛び、仰向けに砂利の地面に転がった格好から起き上がりながら、戒斗が尚も闘志を燃やす。
そんな彼の被るヘルメットは一部が割れてしまっていて、空いた隙間から戒斗の素顔が露わになってしまっていた。
ヘルメットの破片で切った額の傷から血を流しつつ、それでも戒斗は闘志の炎を燃やす。割れたヘルメットの隙間から覗く彼の瞳には、未だ熱い炎が燃え滾っていた。
だが、スコーピオンは戒斗が復帰するのを待ってくれない。
戒斗が起き上がったのも束の間、いつの間にか距離を詰めていたスコーピオンはそのまま戒斗に掴み掛かり。そうすれば、尻尾の毒針を彼に突き刺そうとする。
(流石にマズいか……!?)
これには戒斗も冷や汗を掻くが、しかしもがいてみてもスコーピオンの拘束を脱することは出来ない。
さっき喰らったタックルの衝撃で、ヘルメットが割れた以外にも駆動系の一部が……関節のサーボモーターか人工筋肉か、或いは両方ともが壊れてしまったのだろう。戒斗が幾ら動こうとしても、右腕と……そして左脚の膝から下はウンともスンとも言わなかった。
だが――――誰も、彼を助けられる状況ではない。
「カイトっ!!」
気が付いたアンジェがグラスホッパーとの交戦から離脱し、戒斗を庇おうと全速力で飛びかかるが……しかし、間に合わない。
「シュッ――――!!」
「南無三……ッ!!」
やがて、スコーピオンの尻尾が動き。その毒針を戒斗に……割れたヘルメットの隙間から、生身の部分に突き刺そうとする。
……絶体絶命かと、そう思われた時だった。
「――――待てっ!!」
――――――聞き覚えのある声。そんな女の子の雄叫びとともに、何処からかバイクの唸り声が聞こえてきたのは。
(第十五章『Sudden Impact』了)
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