第九章:惨劇はなんの前触れもなく/02

 ――――同時刻。

 風谷美雪は、今日も今日とて学園からの帰り際に純喫茶『ノワール・エンフォーサー』を訪れていた。

 初めてこの店に来て以来、美雪はセラや皆とともに学園からの帰り道、この店に寄っていくのが……最近では半ば習慣みたいなものになっている。

 それこそ、殆ど毎日来ているといったぐらいの頻度だ。今ではすっかりと常連になった美雪にとって、この店でセラやアンジェ、そして遥や戒斗と時間を過ごすことが……学園が終わった後の、放課後の楽しみだった。

 まあ、残念ながら今日は美雪の隣にセラの姿はない。今日は用事があるからと言って、彼女はさっさと帰ってしまっていた。

 ――――これは普通の女の子である美雪が知るよしもない話だが、実を言うと今日、セラはP.C.C.S本部に呼び出されている。

 なんでも、石神らと話があるらしい。であるが故に今日は美雪をアンジェに預け、一人で先に帰ってしまった……というワケだ。

「あっ……もうこんな時間」

 店に訪れてから約一時間。今日も今日とて遥やアンジェ、それに戒斗と紅茶片手に楽しく話していた美雪だったが、ふとした折に左手首に巻いた細い腕時計に視線を落とし。そうすれば美雪はスッとカウンター席を立ってしまう。

「美雪ちゃん、どうしたの?」

 そんな美雪に、隣席に座っていたアンジェが怪訝そうに問うと。すると美雪は笑顔でこう答えた。

「今日はこの後、家族みんなで外食する予定なんです」

「そっかー」

 美雪の答えを聞いて、柔らかな笑顔で頷き返すアンジェ。

 通りで美雪、今日は軽食の類を摂らずに紅茶だけの注文だったはずだ。お腹空いてないのかな、とアンジェは内心で思っていたのだが……なるほど、外食の予定があるのなら納得だ。折角のご馳走、お腹を空かせて行った方がより美味しく味わえるというもの。空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだ。

「折角だから、俺が家まで送っていくよ」

 そんな風にアンジェが内心で納得している傍ら、カウンターの奥に立っていた戒斗が何気ない調子で美雪にそう言う。

 すると、アンジェも「だったら、僕も一緒に行くよ」と同行を申し出た。

「いいですよ、そんな。お二人に悪いですし」

「いいからいいから。……ほら美雪ちゃん、行こっ!」

 遠慮する美雪を、アンジェはいつもの調子で押し切ってしまい。するとアンジェはそのまま戸惑う美雪の手を引き、彼女を店のドアの方へと連れて行ってしまう。

 そうして美雪がアンジェに連れられていく中、戒斗はすぐ傍に立っていた遥の方に一度振り向き。「悪いけど遥、ちょっとの間だけ店のこと頼むな」と言う。

「はい、行ってらっしゃい。美雪さんもまたいらしてくださいね」

 ニコリと柔らかに微笑む遥に見送られながら、美雪とアンジェ、そして戒斗の三人は『ノワール・エンフォーサー』を出て行った。

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