第五章:独りぼっちの迷い猫、風に誘われ迷い歩き/04

 美雪の空腹が無事に満たされたところで、ファストフード店を出た三人は美雪を家まで送り届けるべく、最寄り駅から私鉄電車に乗り込んでいた。

 乗ったのは、行きと同じ銀色の在来線車両。客の数は来た時よりもずっと疎らで、戒斗たちを除いて車内に二、三人程度。帰宅ラッシュをとうに通り過ぎた時間帯だからか、電車の中は凄く空いていた。

 そんなガラガラの電車の中、三人は車両の中程にある横長なベンチシートに横並びになって座っていた。やはり美雪を左右から戒斗とアンジェが挟む形で、だ。

 ガタンゴトンと揺れる電車の車窓からは、過ぎ去っていく街明かりが僅かに窺える。外は既に真っ暗で、車内を蛍光灯が煌々と照らしていることもあり……車窓に映るのは、殆どが鏡のように反射した車内の景色だけだが。それでも、微かに垣間見える街明かりは……過ぎ去っていく景色は、不思議なぐらいに綺麗だった。少なくとも、風谷美雪の綺麗な翠色の瞳には、そんな風に映っていた。

「えっと、ひとつ訊いてもいいですか?」

 静かな車内で揺られながら、美雪がふとした折に二人へそんな言葉を投げ掛けてくる。

「なあに、美雪ちゃん?」

「その……ひょっとして、お二人って付き合っていらっしゃるんですか?」

 小さく首を傾げ、目線の高さを合わせながらアンジェが反応してみれば……美雪の口から飛び出してきたのは、そんな質問で。とすれば小さく肩を揺らす戒斗の傍ら、アンジェは「あ、あはは……どうだろうね……?」と照れくさそうな顔で質問をはぐらかしていた。

 勿論、真っ白い頬に僅かな朱色を差して、だ。

 そんな露骨すぎるぐらいな二人の反応を見て、美雪はクスッとおかしそうに微笑む。

「戒斗さんもアンジェさんも、凄く優しい方たちですから……お似合いだと思います」

「そ、そっかそっか……僕とカイトがお似合い、か」

「はい、凄く良いと思います」

「えへへ……ありがと、美雪ちゃん」

 照れくさそうなアンジェと、それに笑顔で頷く美雪。そんな二人のやり取りの傍ら、戒斗は何とも言えない顔でただただ肩を竦めていた。

 そんな風にアンジェと笑みを交わし合う美雪の顔からは、さっきまでの……出逢った時のような不安そうな色は消えていて。今の彼女には暗い顔でもなければ泣き顔でもなく、ただただ楽しそうな……美雪の横顔には、純粋な笑顔だけが満ちていた。

 きっと、これが美雪の素顔なのだろう。横顔に浮かんでいるのは、アンジェに負けず劣らずの素敵な笑顔だ。彼女もまたアンジェと同じく、笑顔が一番似合う……そういう女の子なんだ。

 だから戒斗は、そんな美雪の笑顔を見て、内心で思っていた。やっぱりあの時、美雪に声を掛けて良かったと。

 もしあの時、戒斗たちが声を掛けなかったら……きっと、風谷美雪の顔からこんな可愛らしい笑顔が消えていたことだろう。何の根拠もない、漠然とした思いだが……戒斗はそう確信していた。

 故に、こうしてよかったと戒斗は心の底から思う。少なくとも、一人分の笑顔を守ることが出来たのなら……この行動に、きっと意味はあったのだ。風谷美雪の笑顔を取り戻せたこと、それだけで……戒斗はそれだけで満足だった。

「今日のことはすごく怖くて、辛い出来事だったけれど……でも、お二人に出逢えて良かったです」

 戒斗がそう思っていると、美雪がボソリとそんなことを呟いていた。

「……カイトっ」

「ああ……そうだな、アンジェ」

 そんな美雪の呟きを耳にして、戒斗とアンジェは一瞬お互いの顔を見合うと……小さく、微笑みを交わし合った。二人とも満足げな、柔らかな微笑みを。

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