第三章:迷い続けながら、生きられる限りを生きていく/02

 遥に珈琲を出して貰った後、セラは温かい珈琲をちびちびと飲みながら、胸の内に抱えたことを吐き出すみたく遥に相談し始めた。

 相談というよりも、半分独り言に近い。セラがポツリポツリと呟くことを、遥が黙って聞いているといった感じだ。たまに相槌を打つぐらいで、遥はセラの話を黙って聞いてくれていた。

 そうして、セラは胸に抱えたものを遥に吐き出した。セラは遥のことを、そして遥はセラのことを……お互いに神姫同士で、何度もぶつかり合った仲であることを知らぬままに。

 セラは遥が神姫であることを知らないから、当然だが神姫や諸々のことを伏せた上で、所々をボカしながら。そうして伏せるべき点は伏せつつ、セラは遥に自分のことを話した。自分の抱えた、過去の十字架についてを…………。

「妹さん……亡くなられていたんですか」

 遥に「うん」と頷き、セラはコーヒーカップ片手に呟く。

「キャロル・マックスウェル。もう何年も前に……ね」

 ――――キャロル・マックスウェル。

 嘗て存在していた、セラの妹だ。数年前に亡くした、セラにとっての掛け替えのない妹……それが、キャロルだった。

 どちらかといえば激情的でストレートな性格をしている姉のセラとは異なり、キャロルは何というか控えめな性格で。お淑やかで物腰柔らかで、キャロルは本当に優しいだった。

 そんな彼女もまた、姉と同じく神姫の力を持っていた。嘗てはセラとキャロル、そしてセラの戦友だった英国貴族シャーロット・オルブライトと合わせて……人類が存在を確認し、そしてP.C.C.Sに所属していた稀少な三人だった。

 セラはそんな妹や、そしてシャーロットとともに日夜バンディットと戦い続けていた。何年間も、三人だけで彼女たちは戦い続けていた。

 だが、ある戦いの最中……妹のキャロルが、バンディットに殺されてしまった。

 それも、不意を突かれたセラを庇う形で、だ。不覚を取ったセラの代わりに、キャロルは生命いのちを落としてしまった。

 セラは妹を亡くしたその事件で心に深い傷を負い、それ以降はバンディットに対する復讐に燃えた。大切な妹を殺したバンディットを自分が滅ぼし尽くすと、そんな復讐心に燃えて……セラは今日まで生きてきたのだ。

 同時に、彼女はこうも思うようになっていた。もう自分とシャーロット以外の神姫は必要無いと……妹を喪った哀しみに暮れる内、セラはいつしかそう思い始めていたのだ。

 もう二度と、キャロルの時のような哀しい思いをしたくないから。あんな哀しい出来事を繰り返したくないから。もう誰にも、こんな思いをさせたくないから…………。

「アタシにはやるべきことがあって、アタシは妹の為に、なりふり構わず必死にやってきたつもりだった。

 でも……ひょっとしたら、それが間違いなんじゃないかって思ったの。アタシにそう思わせる出来事があって、そして……アタシにそう思わせてくれたが居たの」

「……そうでしたか」

「もうね、どうしたらいいか分からなくなっちゃったのよ。自分のやっていることは本当に正しいことなのか、本当にこれで良かったのか。なりふり構わずに進んできた、その末がこれじゃあ……キャロルに笑われちゃうよね」

 自虐するようにボソリと呟くセラに、遥は「笑いませんよ」とカウンター越しに微笑みかける。

「妹さんがセラさんのこと、笑うはずがないじゃないですか」

「笑うわよ、今のアタシの体たらくを見たら、きっとキャロルは笑うわ。アタシじゃあ結局、誰も何も守ることなんて出来やしない。アタシには……無理なのよ…………」

「だとしても、妹さんは笑ったりしませんよ」

 うつむき、暗い顔で自虐めいた言葉を呟くセラに、遥はそうだと断定するかのように言う。

 セラはそんな彼女に「……どうして、そう思うの?」と問うた。すると遥はまた微笑みながら、セラにこう答えた。

「簡単なことです。妹さんの話をしている時、セラさんはとても楽しそうでした。だから……そんな楽しい思い出のある妹さんが、セラさんのことを笑ったりするはずがないですよ」

「…………そう、なのかな」

 自信なさげなセラに、遥は「ええ」と笑顔で頷いて彼女を肯定する。

「それに……セラさんは多分、一生懸命なだけなんだと思います。セラさんがどんなことをして、どうして苦しんでいるのか……私には分かりませんが。でも、分かることはあります。セラさんが亡くなった妹さんの為に必死だったこと、誰かの為に努力をしていたこと……それは、私にだって分かります」

「……優しいのね、遥は」

「セラさんほどではありませんよ」

 小さく笑みを見せてくれたセラに、遥は謙遜じみたことを言い。

「セラさんは……凄く、優しいヒトなんだと思います。優しいヒトだから、こんなにも苦しんでいる。優しいヒトだから、こんなにも悩んでいるんだと思います」

 と、続けてそんなことを呟いていた。

 そうすれば、何だかセラも少しだけ気分が楽になったというか、思い詰めていた心が少しは落ち着いたような気がしていて。さっきよりも幾分か柔らかくなった表情で遥の顔を見上げながら、話を聞いてくれた彼女に小さく礼を言う。

「…………ありがと。遥に話したら、少しだけ肩の力が抜けたわ」

 セラが礼を言うと、遥は「だったら何よりです♪」と嬉しそうに微笑み、

「それと……ひとつだけ、私からセラさんにアドバイスです」

 と、続けてセラにそう言う。

「アドバイス……アタシに?」

 きょとんとするセラに「ええ」と遥は頷き、カウンター席に座る彼女にこんな言葉を言ってみる。コバルトブルーの瞳と金色の瞳、見下ろす視線と見上げる視線、互いの視線を交差させながら。遥は思い悩むセラに対し、こんなアドバイスを投げ掛けてみた。

「自分の信じた道を、貫き通すことです。時には悩んだりするかも知れませんけれど、でもセラさんが自分で選ばれた道ですから。その道に、きっと間違いはないと思います。仮に間違っていたとしたら……貴女はこんなに悩んだりしませんから」

「……そっか」

 ――――自分の信じた道を、貫き通すこと。

 遥がくれたアドバイスを、彼女がくれた言葉を胸の内で何度も反芻しながら、目を細めたセラは小さく頷き返す。

 そんな彼女を見つめながら、続けて遥はこんなことも口走っていた。

「あと、もうひとつだけ。周りのヒトたちにもっと頼ることです」

「頼る……か」

 遥は「はい」と静かに頷き、

「見ていると、セラさんは独りで抱え込んでしまうようなタイプだと私は思いました。ですから……今みたいに、私に話してくれたみたいに、もっと周りのヒトを頼ったっていいと思います。戒斗さんでも、アンジェさんでも、それ以外のお知り合いでも。誰かに頼るということは、決して悪ではありませんから」

「でも、今更そんなこと」

「今更でも良いんです。頼らないよりは、抱え込むよりは絶対に良いですから」

 言って、遥はまたセラの顔を見下ろしてみる。

 すると……彼女は何というか、戸惑ったような顔を浮かべていた。

 今の遥の言葉に戸惑っているのだろう。思った通り、彼女は何かと独りで抱え込んでしまうタイプのようだ。それこそ、戒斗と同じように。

 戒斗の場合はアンジェが居てくれているから、彼女が何かと話を聞いてくれているだろうから、ここまで重症化はしていないが。しかし……話を聞く限り、様子を見ている限り。セラにはそういった、積極的に話を聞いてくれるような相手が居なかったのだろう。

 だからこそ抱え込み、だからこそこれほどまでに思い詰めている。故に今こうして遥が言った言葉にも、彼女は戸惑ってしまっている。周りの人間に頼るということを、きっと今まであまりしてこなかったが故に。

 遥はそんなセラに対し、続けてこんな言葉を投げ掛けてみた。

「……ヒトは、決して独りでは生きていけません。もっと周りを頼って……そして、周りの声を聴いてみてください。拒絶するだけじゃなく、もっと相手の言葉を聞いて。そして理解し合って……一緒に歩んでいけば良いんです。セラさんの信じた、セラさんだけの道を」

 その言葉で、セラは分かってくれたのか。フッと肩の力を抜き、小さく笑みながら……遥の顔を見上げて、彼女はこう言った。

「…………本当に、アンタは不思議だわ」

 と、何処か肩の荷が下りたような、そんな表情で。

「そうですか?」

「ええ、そうよ。記憶喪失だっていう割に、アンタはとても達観しているというか……歳は多分、アタシたちとそんなに変わらないはずなのに。それなのに……アンタからは色々なものを感じる。不思議よ、遥は本当に」

「私も常々、不思議に思っています。私は一体何処から来て、そして何処へ行こうとしていたのか…………。

 いつかそれを知れる日が、失った記憶を取り戻せる日が来たのなら、その時はセラさんにもお話ししますね。私が何処から来て、何処へ行こうとして歩いていたのかを」

「…………そうね。その時は、是非アタシにも聞かせて頂戴」

「はい♪」

 色んな意味で、肩の荷が下りた。遥に色々なことを話して、かなり心が楽になったような気がする。

 そうして心の平穏を、落ち着きを取り戻しながら、セラは同時に思っていた。

(アタシは……ひょっとしたら、意固地になりすぎていただけなのかもね)

 そう、心の内側で彼女は思っていた。

 これからは遥の言う通り、もっと周りの声に耳を傾けて……そして、理解する努力をしようと思う。アンジェや戒斗だけじゃない、彼女に対しても――――ウィスタリア・セイレーンに対しても。





(第三章『迷いながら、生きられる限りを生きていく』了)

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