第二章:もっと君を知れば/01

 第二章:もっと君を知れば



「カーイトっ、起きてよカイトっ」

「んあ……」

 ある日の早朝。自室のベッドで眠りこけていた戒斗は、いつものようにアンジェに揺り起こされていた。

「ほら、早く起きてっ。遅刻しちゃうよー?」

「分かった……分かったから」

「どう見ても分かってないよ。ほら、早く起きて……っ!」

 例によって何故か上に跨がっていた制服姿のアンジェに腕を引っ張られ、戒斗はベッドから起こされて。そのまま彼女に手を引かれる形で階段を降り、一階の洗面所へとフラつく足で歩いて行く。

 そこで冷水を顔に浴びせてやれば、眠気も幾分か覚めるというもので。いつものようにアンジェが差し出してくれたタオルで濡れた顔を拭う頃には、戒斗もどうにかこうにかマトモな思考が出来る程度には目が覚めていた。

「おはようございます、戒斗さん。朝食ならもう出来ていますよ」

 そうして顔を洗い、また手を引くアンジェにリビングルームへと連れて行かれると、遥が笑顔で朝の挨拶をしてくれる。

「ああ……おはよう遥、いつも助かる」

 戒斗も若干寝ぼけた声で彼女に挨拶を返しつつ、ダイニングテーブルに座り。遥が出してくれた朝食に手を付け始める。

「アンジェさん、どうですか?」

「うん、美味しいよ。遥さんは珈琲だけじゃなく紅茶も上手に淹れられるんだね」

「ふふっ、ありがとうございます」

 ちなみにそんな戒斗の真横に座ったアンジェといえば、折角だからと遥が淹れてくれた紅茶を愉しんでいた。

 戒斗がもっきゅもっきゅとまだ眠たそうな顔で朝食を食べる傍ら、美味しそうに紅茶を飲むアンジェも、それを見つめる遥も……二人とも笑顔で、凄く楽しそうな顔をしている。

『――――敵性不明生物による県警本部襲撃事件による死傷者数ですが、現時点で数百人を超えており――――』

『重軽傷者、及び民間人の被害者も含めると、最終的な被害者数はかなり増えると思われていて――――』

『襲撃を実行した敵性不明生物の群れは対応に当たった銃器対策部隊、及びSATサットによって全て駆除されましたが――――』

『この謎の敵性生物が現れて六年あまり、これは過去最悪の悲劇的な事件です。このような惨劇を決して繰り返すわけには――――』

 だが、そんな二人の笑顔とは裏腹に……リビングルームにある液晶テレビから流れるのは、どれもこれもが暗い内容のニュースばかりだった。

 報じられているのは、少し前のあの事件……市街中心部にある県警本部ビルが多数のバンディットに襲われた、あの事件のことだ。

 無論、メディアに流れているのは表向きのカヴァー・ストーリーだけ。当然のことながら遥たち神姫のことや、戒斗が着装したヴァルキュリア・システムのこと。そしてP.C.C.Sのことなどは一切報じられていない。

「……流石に、その辺りの仕事は完璧ってワケか」

 戒斗がそんな完璧にも程があるP.C.C.Sの報道管制の手際に舌を巻いている傍ら、同じくテレビの報道に視線を向けていたアンジェがボソリと、こんなことを零していた。

「……沢山、死んじゃったんだね」

 と、横目にテレビの画面を眺めながら、どこか悲しげな顔で。

 それに遥も「……はい」と静かに頷く。

「ですが、あの場で全て倒してしまったことで、これ以上誰かが犠牲になることは防げました。全員を助けられなかったことは、とても悲しいことですけれど……でも、私たちは私たちに出来る精いっぱいをやり遂げました。ですからアンジェさん、あまり気に病まないでくださいね」

 続けて、遥はアンジェに対してそんな……励ますような言葉を紡ぎ出す。

 そう言う傍ら、遥はさりげない調子でリモコンを手に取ると、そのままテレビの電源を消してしまった。これ以上暗い話題ばかりをアンジェに、そして戒斗に見せたくないという、彼女なりの気遣いからの行動だった。

「……うん」

 遥の言葉に、アンジェが小さく頷き返す。

「遥さんは、やっぱり強いね」

「私が強い……ですか?」

「遥さんは身も心も、とっても強いよ」

「そんな、アンジェさんの方が私なんかよりよっぽど」

「ふふっ、ありがと」

 謙遜する遥にアンジェは微笑みを浮かべ、続けてこんなことも彼女に言う。

「……でもね、駄目なことは駄目ってハッキリ言えるのは、遥さんの良いところだと思う」

「駄目なことは駄目……というと?」

 昨日のことだよ、とアンジェはきょとんとする遥に答える。

「あのにハッキリと言えたのは、きっと遥さんだったからだよ」

「そんな。アンジェさんだって、気付いてればきっと同じことを言っていたはずです」

 アンジェは「そうかもね」と小さく笑みを零しながら頷き、

「でも……結果として、僕は気付けなかった。そこまで気を払う余裕がなかったんだ。まだまだ僕は未熟ってことだね、てへへ」

 と言って、また遥の前で笑顔を浮かべてみせた。どこまでも彼女らしい、柔らかな笑顔を。

「……彼女の火力なら、確実にあの場所は倒壊していました。今にして思えば、少しキツく言い過ぎたような気もしますが…………」

「…………遥さんは、本当に強いね」

「アンジェさんだって、十分すぎるぐらいに強いです。……貴女の戦う覚悟、素直に尊敬に値します」

「えへへ、ありがと」

 またそんな風に言葉と笑顔を交わし合い、視線を向け合う二人。

 そんな二人の傍らで、戒斗は黙々と目の前の朝食を食べ続けていた。敢えて今は二人の間に入るべきではないと……二人の交わす言葉を横で聴きつつ、そう思ったからこそ戒斗は敢えて話に首を突っ込まないまま、ただ黙々と朝食だけに集中していた。

 とまあ、そうこうしている内に時間は過ぎて行き。気付けばそろそろ家を出なければならないような時刻になっていた。

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