第二章:LONELY HEART/03

 そうしてハイウェイを法外な速度で突っ走ること暫く。流石にノンストップで走り続けるワケにもいかず、戒斗は暫く行った先にある小さなパーキングエリアにZを停め、ひとまず休憩を取っていた。

「ふぅ……」

 ごく小さなパーキングエリアだ。小ぢんまりとした売店と食堂が入った建屋があるだけの、本当に小さな……良い言い方をすれば昔ながらな感じ、悪い言い方をすればボロくて寂れたパーキングエリア。そんなところにZを停めた戒斗は、自販機の傍にもたれ掛かりながら、独りぼうっと缶コーラをちびちびと飲んでいた。

「…………」

 ふと見上げてみると、そこにあるのは綺麗な星空。割と山奥にあるパーキングエリアだからか、普段住み慣れている自宅の周辺より多少は星が綺麗に見える。

「ん?」

 そうして戒斗が何気なくぼうっと星空を眺めていると、ふとした折に彼の懐でスマートフォンがプルプルと短く震えた。

 何かと思いポケットから引っ張り出して画面を見てみると、どうやらメッセージの着信のようだった。

 メッセージの送り主は……遥だ。

『今のところアンジェさんは落ち着いていて、戒斗さんのお部屋で眠られています。下手に動く方がアンジェさんの負担になると思ったので、今日はアンジェさん、こちらの家に泊まって頂くことになりました。アンジェさんのご家族には、軽い風邪だと説明してあります』

 画面に映る遥からのメッセージ曰く、そういうことらしい。

「……そうか」

 戒斗が缶コーラ片手にスマートフォンの画面に視線を落としつつ、安堵したように小さく息をついていると。すると続けて遥から、こんな二通目のメッセージが送られてきた。

『でもアンジェさん、眠られる前は戒斗さんのこと、まだかなって呟きながらずっと待っていました。疲れて眠ってしまうまで、ずっと』

「…………」

『戒斗さんにも色々と思うところがあって、戒斗さんには戒斗さんなりの悩みがあって飛び出していったことは、私も分かっています。でも……アンジェさんの為にも、どうか出来るだけ早めに帰ってきてあげてくださいね。アンジェさんにとって、今一番傍に居て欲しいのは……きっと私じゃなく、戒斗さんだと思いますから』

 遥からの二通目、そして続き届いた三通目のメッセージには……そう記されていた。

 液晶画面に映る遥のメッセージ、その文面から伝わってくるのは遥の暖かな気持ちと、真剣に自分やアンジェのことを案じてくれている彼女の真摯な思い。液晶越しにでも、文字越しにでも……それは、不思議なぐらいに伝わってきた。

「……何やってるんだろうな、俺」

 そんな彼女の気持ちを感じ、そして今は眠っているというアンジェのことを思うと、戒斗は急に我に返ったかのように自嘲じみた調子でひとりごち。そうしてスマートフォンをポケットに仕舞い直し、飲みかけの缶コーラを一気に飲み干すと、それをすぐ傍にあったゴミ箱に放り捨てる。

 そのまま、戒斗は遠くに停めたZの方に向かって歩き出した。

 キーの裏にあるリモコンのボタンを押し、遠隔でキーロックを解錠。運転席に乗り込み、鍵穴にキーを差し込んで前に捻り、イグニッション・スタート。唸り声を上げる相棒の、ボンネットの下で再び鼓動を刻み始めた大排気量V6エンジンの脈動を感じながら、戒斗は小さな溜息とともにシートベルトを締め、すぐさま折り返しの帰路に就く。

 ――――結局、自分は自分のことだけしか見えていなかった。

 アンジェがあの時、どうして自分を呼び止めたのか……どうして自分の名を呼んだのか。我が侭な背中の向こう側で、彼女が本当に求めていたのは何だったのか……そんなことも、気付けないでいた。

 胸の奥底で揺れる悔しさは、今も強くこの胸に残っている。どうしようもなく無力な自分が、悔しくて悔しくて仕方ない。

 だが、それでも――――今の自分にだって、アンジェの為にしてやれることがある。無力は無力なりに、ただの人間はただの人間なりに、彼女の為に出来ることがあるのだ。

 それを思うと、戒斗は自然と帰路に就いていた。一秒でも早くアンジェの傍に戻ってやろうと、アクセルを目いっぱいまで踏み込んで。戒斗は相棒とともに闇夜をスロットル全開で切り裂きながら、あの家へ、あの場所へ――――彼女の隣に帰ろうと、自分の居場所に帰ろうと走り出していった。





(第二章『LONELY HEART』了)

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