第一章:戸惑い、揺れ動く紅蓮の乙女/03
そうして四人で話し始めて、十分ぐらいが経った頃だっただろうか。ボロボロと古めかしいオールド・マッスルなV8サウンドを響かせながら、青空のように綺麗なスカイブルーの肌を煌めかせる、一台のアメ車が店の駐車場に滑り込んで来たのは。
「あの車……ひょっとして」
駐車場にやって来たそのアメ車、黒い幌屋根を開けた開放感に満ち溢れるコンバーチブルの気配に最初に気が付いたのは、遥だった。
彼女にとっても見慣れたあのアメ車は……一九七一年式のC3型シボレー・コルベット・スティングレイ。ド派手に幌屋根を開けているから、それのコクピット・シートに座っているのが誰なのかは一目見れば分かるが。しかし遥には敢えて見るまでもなく、コルベットに乗っているのが誰かは分かってしまう。
そう、柔な風に白衣と紅色のストレートロングの髪を揺らす彼女が誰なのかなんて、敢えて運転席を見るまでもなく明らかなのだ。この『ノワール・エンフォーサー』にC3コルベットのコンバーチブルでやって来る酔狂な人間など、ただの一人しか存在しないのだから。
「げっ……」
最初に気付いた遥が首を傾げる傍ら、少しの時間差を経た後でコルベットの存在に気付いたセラがそう、露骨すぎるぐらいに嫌そうな顔をする。
「おっと、セラくんも居たのかい。これは偶然だね」
そんな風にセラが嫌そうな顔をしていれば、カランコロンとベルを鳴らしながら店の戸を潜り、そのコルベットの
「偶然って……まあ、偶然だろうけど」
「フッ、これは本当に偶然だよ。生憎とねセラくん、今日の私は
有紀の言う『あの件』が何かを暗黙の内に察しつつ、セラは参ったような顔で「……あっそう」とだけ有紀に返す。
とすれば、有紀は当然のようにセラの隣席に着き。ニコニコと笑顔を浮かべながら注文を取ってくれるアンジェにいつも通りのセット、つまり珈琲とカツサンドの二つを注文する。
「はい、分かりましたー♪ じゃあ有紀さん、ちょっとだけ待っててね?」
「でしたら私も手伝います。行きましょう、アンジェさん。……戒斗さん、こっちはお願いしますね」
「ああ、任された」
「…………」
有紀の注文を取ったアンジェが遥と一緒に引っ込んでいく中、有紀は遠ざかっていくアンジェの背中を静かに目で追いつつ……その後で、今度はカウンターの向こう側に立つ戒斗の顔をじっと見つめてみる。
「……なあ先生、俺の顔に何か付いてるのか?」
最初は気にしなかった戒斗だったが、しかしこうも凝視されると流石に有紀の視線が気になってしまい。戒斗はどうしたものかと困惑気味の顔で目の前の有紀にそう問うてみる。
「何でもないよ」
だが、有紀は短く一言うそぶくのみで。そんな彼女の答えに戒斗が怪訝そうな顔をしていると……有紀はニヤリとして、目の前で首を傾げる戒斗に何気ない調子でこんな問いを投げ掛けてみた。
「戒斗くん、君にひとつ質問だ。もしも、もしも君に特別な力があったとしたら……君はそれを、どんなことに使いたいかね?」
「っ……!?」
――――まさか、虎の子のVシステムをコイツに?
有紀が何気ない調子で投げ掛けた質問を耳にして、今まで静かに珈琲を啜っていたセラがクッと小さく表情を強張らせる。
「また妙な質問だな」
そんな風にセラが表情を強張らせ、信じられないものを見るような眼で有紀をチラリと横目に見る傍ら、戒斗はうーんと唸り。そうして少し思い悩んだ後で、有紀の質問にこんな答えを返してみせた。
「……別に、俺にはそうご大層な野望も何も無いんでな。だから、強いて言うのなら……俺は、俺の守りたいものを守るために使いたい。後ろで守られるだけの存在じゃあなく、隣に並び立てるように……な」
尤も、そんな力とやらがマジに存在していればの話だけどな――――。
戒斗は最後にニヤリとしながら皮肉っぽくそう言ったが、しかし彼が前にした有紀も、そしてセラも戒斗の言葉を真剣に受け止めていて。二人とも顔にこそ出さなかったが……それぞれが、それぞれの思いを抱いていた。
――――隣に並び立つ。
彼が隣に並んでいたいといった誰か、それがアンジェのことを指していると、有紀もセラも暗に察していたからこそ……二人とも、戒斗の言葉を真剣に受け止めていたのだ。
「そうか」
戒斗の回答を聞いて、有紀は満足そうな笑みを浮かべる。期待通りの答えだと、そう言わんばかりの嬉しそうな笑みを。
「やはり君は、私の見立て通りの男のようだ。アレを託すのに……戒斗くん、君ほど相応しい存在は他に居ない」
「ちょっと有紀!? それって、それってまさか――――!?」
――――まさか、本気でVシステムを。
セラがそう言い掛けた寸前、そこまで言った瞬間。しかし続く言葉が彼女の口から紡がれることはなく、半ばまで言い掛けたセラの言葉は、唐突に鳴り響いた警鐘によって掻き消されてしまった。
――――頭の中に感じる、甲高い耳鳴りのような感覚。
この感覚、知りすぎているほどに知っている。これは――――バンディットの気配。討ち倒すべき敵が現れたという、神姫としての本能が告げる警鐘だ。
「……ごめん、ちょっと急用思い出したわ。お代は此処に置いておくから、それじゃあ」
その慣れ親しんだ感覚を覚えた瞬間、セラは物凄く神妙な面持ちになってそう言うと、代金をカウンターの上に置いて席を立ち。そしてそのまま店を飛び出していく。
「はい有紀さん、お待ちどおさまっ♪ ……ごめんカイト、僕行かなくちゃ」
それからすぐにアンジェが有紀の注文した軽食を運んできて。コーヒーカップと、後はカツサンドが乗った皿を有紀の前に出すと……その後で戒斗に小声で耳打ちをする。
そうしてアンジェがやって来た頃には、もう店の外では慣れ親しんだ四気筒バイクの音が響き始めていた。どうやら真っ先に気配に気付いた遥が先んじて店を出て、バイクの準備をしてくれていたらしい。用を終えたアンジェがすぐに飛び出せるようにと、エンジンを掛けて、アンジェ用のヘルメットも用意して。
「……! ああ、分かった。気を付けてな、アンジェ」
「うん、それじゃあ行ってきます……!!」
――――ごめんカイト、僕行かなくちゃ。
その一言で何もかもを察した戒斗は、ただそれだけを言って彼女を送り出し。アンジェは最後にニッコリと笑顔を見せた後で、そのまま店を飛び出していった。
バタンと閉じられた店の戸で、カランコロンとベルが激しく鳴り響く。
「…………なるほどね」
複雑な面持ちでアンジェを見送った戒斗と、そして彼に見送られながら店を出て行ったアンジェ。そんな二人の姿を交互に見つめながら……カウンター席に残る有紀はコーヒーカップに口を付けつつ、独り静かにニヒルな笑みを浮かべていた。
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