第四章:崩壊の序曲は前触れもなく/01

 第四章:崩壊の序曲は前触れもなく



 ――――それから更に暫くが経過した、そんな休日のある日のことだ。

「カイト、それで今日はどうするの?」

「夕飯の決定権は俺にはないよ。えーっとだな……おっと、コイツはご機嫌だ。今日はすき焼きだってよ」

「へぇーっ! いいなあ、美味しそう!」

「全くだぜ。良かったらアンジェも今夜はウチで食べてくか?」

「えっ、いいの?」

「良いんじゃないか? 賑やかな方が俺たちも楽しいしな」

「うーん、でも流石に悪いよ」

「今更過ぎるだろ? 遠慮すんなって」

「んー……だったらお言葉に甘えちゃおうかな。後で僕のママにも連絡しておくよ」

「へへっ、そうこなくっちゃな」

 太陽が西に傾き、空が茜色に染まり始めた夕暮れ時。今日の夕飯の買い出しを両親から頼まれた戒斗は、一緒に付いて来ると言い出したアンジェとともに住宅街の片隅を歩いていた。

 嬉しそうに微笑むアンジェと言葉を交わしながら、彼女と横並びになって戒斗は道路脇の歩道を歩く。

 そんな、隣を歩くアンジェの格好といえば……休日なのだから、当然のように私服姿だった。

 上は淡いクリーム色の、肩の露出したオフショルダー・キャミソール一枚。下はデニム生地のショートパンツで、長くて華奢な両脚には黒タイツを履いていた。数字にすると大体四〇デニールぐらいの濃さの黒タイツだ。ちなみに履き物は可愛らしいレースアップのサンダル。そんな風に涼しげな格好で、アンジェは戒斗の隣をとことこと歩いていた。

 勿論、戒斗の方もいつも通りの私服姿だ。最近は暖かくなってきたから、上に羽織る黒のカジュアルなスーツジャケットは些か暑そうにも思えるが……これで意外に問題はない。

「あれ? ねえカイト、あれって遥さんじゃない?」

「ん? ……マジだ、こりゃ奇遇だな」

 そうして二人で歩いていると、重そうなバイクを押しながら歩く……とても見慣れた長身の乙女が前方から近づいてくるではないか。

 誰かと思えば、それは間宮遥だった。

 あの綺麗な青いストレートロングの髪、見間違えるはずがない。いつも乗り回しているニンジャZX‐10Rの大型バイクを何故か手で押しながら、遥はこちらに向かって歩いてきていた。

「おーい、遥さーん!」

 アンジェが手を振りながら呼び掛けると、戒斗たち二人に気付いた遥も笑顔で手を振り返してくれる。

「お二人とも、偶然ですね。今日はどちらへ?」

「夕飯の買い出しを申しつけられちまってな。そういう遥の方はどうしたんだ?」

「その……大変申し上げにくいのですけれど、ガス欠でして」

 二人と一人、すぐ近くまで歩み寄って立ち止まり。そして戒斗が不思議そうに問いかけると、遥は苦笑いしながらバイクをわざわざ押して歩いている理由を説明してくれた。

「あーあ、やっちまったな」

「はい、やってしまいました」

 フッと小さく表情を崩しながら肩を揺らす戒斗に、遥も苦笑い気味に微笑み返す。

「……! そうだ、ねえ遥さんっ。折角だから僕たちと一緒にお買い物、行かない?」

「お買い物……ですか?」

 その後でハッと思い立ったアンジェが提案すれば、遥はきょとんと驚いた顔をして訊き返す。

「うん。どうかな、遥さん?」

「しかし……折角お二人でのお出かけですし、私が邪魔をしてしまうのも」

「僕たちはぜーんぜん構わないんだよっ。寧ろ僕としては一緒に来てくれた方が嬉しいかな。……ね、カイトっ?」

「ああ、俺も遥さえ良けりゃ構わねえぜ。荷物持ちは多い方が良いからな」

「んもー、カイトってば今の言い方はどうかと思うよー?」

「すまんすまん、冗談だ。遥が一緒の方が俺も楽しいよ。……で、どうする遥?」

 戸惑う遥に笑顔で言うアンジェと、彼女に同意を求められ皮肉っぽい調子で返す戒斗。そんな彼にアンジェが小言を言っている傍ら、戒斗が改めて遥に問うと……すると遥は少しの間を置いた後、目の前の二人に向かって笑顔でこう告げた。

「でしたら、私もお供させて頂きたいです」

 と、了承の旨を……柔らかな微笑みとともに、遥は二人に告げていた。

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