ルティーニア公国

こうしてミカが帝国のすべてを掌握していく一方で、母と慕うマーレを喪ったリオポルドは自室に閉じこもり、ウルフェンスを除く誰とも顔を合わせようとはしなくなった。


国のことはミカに任せきりで。


そんなリオポルドを、ウルフェンスは献身的に支えた。リオポルドが侍女らすら部屋に入れようとしないことから、侍女がしていた身の回りの世話さえ、ウルフェンスがこなす。


それは、心を病んだ家族の介護に専念するかのようですらあっただろう。


リオポルドやウルフェンスの立場さえ考慮しなければ、感動的ですらあるかもしれない。


しかし、仮にも国王であり、そして本来は国に対して忠誠を誓ったはずの騎士でもある者がそれで本当にいいのだろうか?


いや、よくないのだろう。実際、その状態を知る者達の中には、


「あんな役立たずが王とか……」


などということさえ口にするのが出始める始末だった。


『陛下の辛さがお前達分かるのか……!?』


聞くともなく聞こえてきてしまうそれらに、ウルフェンスは憤る。そんな彼自身、騎士としての研鑽さえ投げ捨ててリオポルドに尽くしたため、かつてのような精悍さは失われていた。


無駄に背ばかり高いひ弱な文官と変わらない有様だ。


だから睨みさえ効かない。


そんな二人を、ミカはまるで獲物を狙う蛇のような目で見ていた。


『ふん。そろそろ頃合いか……』


口には出さずそう吐き捨て、そして二人に告げた。


「陛下。もしよろしければマーレ様の郷里で静養などなされてはいかがでしょうか? 今ならば情勢も安定しておりますので、道中の安全も確保できるでしょう」


マーレ様の郷里である<ルティーニア公国>は、僻地の小国でありながら、天然の要害に守られ、決して豊かではないものの身の丈にあった暮らしを是とし、かつそれを非常に高い精神性で支えている、誇り高いと同時に極めて錬度の高い騎士団を従えた、難攻不落の隠れた強国だった。


だから基本的には清貧な暮らしぶりが特徴で、マーレもそういう自身の郷里の在り方を守っていただけなのだが、嫁ぎ先のマオレルトン家の穏やかさに感化されすっかり腑抜けになってしまったのだろう。


そんなミカの提案に、リオポルドはこれ幸いと飛び付いてしまった。


『もうこんなところにはいたくない……!』


と逃避したかったところに言われたものだから。


この時点ではすでにウルフェンスも半ば正気を失っていたのだろう。


「それがリオポルド様のためになるならば……」


などと考え、ミカの本当の狙いにさえ想いが至ることなく、僅かな従者と、ウルフェンスを慕う少数の兵を伴って、<ルティーニア公国>へと向かう。


その道中は確かに、ミカの言うとおり順調で何事もなく、一ヶ月後には<ルティーニア公国>に手厚く迎えられたのだった。


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