独裁者への道

正直、ミカは帝国さえ守れれば列強諸国についてはどうでもいいというのが本音だった。そちらは<友人>が好きにすればいいと。


そんなミカの思惑通り、列強諸国は後の研究者に<無貌の毒蛇>とも呼ばれることになる<友人>は、ミカがもたらしてくれた様々な知識を活かし、列強諸国を翻弄した。特に、<テロ行為>については彼女のお気に入りになったようだ。


うだつの上がらない下級兵士を、酒と薬物漬けにしてまともな判断力を失わせ、さらに女をあてがい行為に溺れる男に強迫観念を植え付け、そして、他国でそれを爆発させ、通り魔的に無差別な殺戮を行わせる。


それを行った者の身元が分かれば当然、下級兵士が所属していた軍を持つ国との関係が険悪なものとなる。


さすがにそれだけではそのまま戦争に突入したりはしない。そこまで短絡的で近視眼的な人間が実権を握っているような国では今のようにはなれなかっただろう。


だから国同士で正面切って衝突はしなくても、それぞれの国民感情は悪化する。報復を求めて声を上げる者も出てくる。


そうやって不満を募らせた者達に、さらに、


『気分がすっきりするから』


と薬物を売りつけると、面白いように売れた。


実はこれも、ミカがもたらした知識からそれまで一般的に流通していたものをさらに効果が高い物に精製して得られた薬物だった。


「あんた、なんでそんなこと知ってんのさ?」


と<友人>に訊かれたミカは、


「これの所為で滅んだ国が昔あってね。我が国が同じ憂き目に遭わないようにといろいろと調べたんだ」


そう答えたそうだ。


しかしこれは、彼女の背景をよく知っていて、この世界の歴史をよく知る者であれば矛盾に気付くものだった。


なにしろ、彼女は帝国に来る以前の記憶のほとんどを失っていて、かつ、この帝国及び列強諸国が存在する地域では、<その薬物によって滅んだ国>など存在しなかったからだ。


別の大陸では確かにそれが原因で衰退し、他国に滅ぼされた国もあったそうだが。


だが<友人>はミカのそういう過去については詮索せず、彼女がもたらしてくれるものが確かに途方もない利益を生んでくれることから、ただそれを上手く利用することのみを徹底した。


これまでにも何度か触れてきたと思うが、このミカと<友人>の関係こそが、帝国を取り巻く様々な事象の根幹にあったと改めて言おう。


そしてセヴェルハムト帝国は、<神聖皇国ティトゥアウィルキス>の流れを汲むという歴史的な背景によってのみ、奇跡のような危ういバランスで成り立ってきた、政治的な仕組みなどはそれこそ町内会や商店会並みの非常に『緩い』ものでしかなかった。


<神聖皇国ティトゥアウィルキス>はいわゆる<元老院>と言われるような機関も持つ、共和政によって成立していた国家だったが、セヴェルハムト帝国はあくまで<国王(皇帝とは称されない)>が最終的な決定権を持ち、貴族らは国王の決定を追認するだけの存在になっていたのだ。


それでも、おのおの貴族らもそれなりに力を有していたことからある種の合議制に近いものにはなっていたものの、それさえ、力を持つ貴族の首根っこさえ押さえてしまえばただのイエスマンと成り果てる。


こうして、ミカは、着々と<独裁者>への道を歩んでいたのだった。


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