無貌の毒蛇

この間、他の列強諸国がどうしていたかと言えば、自国民の不満を帝国に向けることで解消しようとして足並みを乱したデヴォイニト・フローリア王国が、諸国からの信頼を失って交易などが縮小、加えて荒れた国土の復興に体力を削がれたことで後退したりもしたものの、他の列強諸国は影響を最小限にとどめる努力を行ったこともあって、今も威勢は保っていた。


ただ、さすがに以前のような強固な協調路線は失われてもいたと言えるかもしれない。何しろ、先の戦争の際にそれぞれ他国を出し抜こうとして様々な動きをしたことは互いに見抜かれていて、それが強い不信感として蔓延していたのだから。


そしてその陰には、<ミカの友人>の暗躍もあったようだ。


『たかが女一人にそれだけのことができるのか?』


と思うかもしれないが、実際に命令を出しているのは力とカリスマ性を備えた屈強な男であって、彼女はその男に対して<アドバイス>を与えているだけでしかない。


そう。裏の世界の実力者として恐れられているのは男の方であり、彼女自身は決して表には出ず、あくまでその男の<愛人の一人>として振舞っていたのである。


実に|強(したた)かな女だった。何しろいくつもの名前を使い分け、誰も彼女の本当の名を知らなかったのだ。ミカでさえ。


後の世で歴史研究者からは、


<名前のない女>


かおのない女>


<無貌の毒蛇>


などの異名で呼ばれることになるその女と意気投合できたことが、ミカにとっては最も大きな力になったのだろう。


その<友人>は、裏社会から列強諸国を揺さぶり、結果としてミカを支えたのだから。


具体的には、それぞれの国で<テロ>を起こさせ、あまり良い関係とは言えない国の関与を臭わせる<証拠>をわざと残すことで不信感を煽ったのだ。


しかも、帝国国内でも<テロ>を引き起こし、それを口実に軍を派遣させるきっかけを作ったりもした。


その際に編成された軍には、やはり<友人>が集めた傭兵が多数在籍し、ようやく鍛え直され始めたばかりの帝国軍人に比べれば次元の違う武功をあげて見せた。


その武功に報いるという形で傭兵らを正式に帝国軍に迎え、子供と大して変わらない帝国軍人を徹底的に鍛えていく。


加えてその人事は、ミカによる軍そのものの掌握を図ったものでもあり、同時に、多数の貴族がそれぞれに軍を管理していた従来の体制を改めていくことともなった。


一応、貴族らの意向もそれなりも酌むために窓口は残しながらも、それらはあくまで平時のお題目としての機能しか持たず、実質的にはミカを最高司令官として再編成されたのである。


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