疑問

王族や貴族に対する<本音>をぶちまける農民達に対して、ウルフェンスは少なからず眉を顰めずにいられなかった。


なのに、彼がちらりと視線を向けるとその先にいたミカの表情は、とても穏やかな、いや、『嬉しそう』でさえあった。


無理もない。彼女にとっては、勤勉で実直で、実際にこの豊かな実りというなによりの実績を出してみせている農民達が言ってることなのだ。


怠惰な人間がほざく、


『環境さえ整えば自分はもっと力を発揮することができる』


などという、絵に描いた餅のような<戯言>ではない<本物の声>を目の当たりにしたことを彼女は喜んでいたのである。


『そうだ。そのとおりだ! 勤勉かつ能力のある者こそが活きる国。それこそが<国家>のあるべき姿! 怠惰な人間をただ甘えさせ生き延びさせることが必要なのではない!


確かに民主主義を標榜するのであれば、すべての民が等しく責任を負う必要があるだろう。しかし今のこの世界にそれを実現する余裕はないのだ。すべての民を等しく生かすだけのリソースはない。そのリソースを作り出していける体制を整えるためにも今は厳しく選り分けなくてはいけない!』


そんなことを考えながら。


「忙しい中、時間を取らせて申し訳なかった。見ればかなり痛んでいる道具を使い続けている人もいるようだ。ゆえに、時間を取らせた侘びも兼ねて銀貨五百枚を置いていこう。これで新しい道具を購入し、さらに良い作物を作って欲しい。


そうすればより高く買うこともできる」


と告げて、ミカは袋に入った銀貨五百枚を置いていった。


しかしこれは、彼女による<試験>でもあった。この後、農民達が本当に道具の購入の資金としてそれを使うのか、それとも突然手に入った<あぶく銭>として目先の贅沢のために散財してしまうのかを、改めて調査することを目論んでいたのだ。


だがこの村の農民達は、しっかりと彼女の注文どおりに道具を新調し、肥料を買い、自分達の仕事のために活かしてみせたことが、後の調査で確認されることになる。


そしてそれが、ミカの判断に大きな影響を与えたことは、言うまでもないだろう。


が、その前に、


「それにしても、この街道は、友好国であり、かつ一~二を争う輸出入の相手国であるトルスクレム王国に直接繋がる道であったはずだが、どうしてこの街道を使わない?」


<休息>を終え、次の領地に移動するために出発したミカは、道中の馬車の中でウルフェンスにそう尋ねた。


彼女の疑問も当然だっただろう。彼女達が今通っているルベルソン領の街道は、ネイサンが大使として赴いていたトルスクレム王国への近道であり、一番の動脈となる道のはずなのだが、実はトルスクレム王国との交易には、隣の領地を通る街道が使われていたのだから。


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