第70話-女王と法王
ヨルが眠っていたのは約二週間。
その間、ヨルの周囲では変化が起こっていた。
――――――――――――――――――――
「このデザートはもう少し量があればバッチリだったのに」
ヨルの借りている宿屋の部屋のソファーに座り、クレープのような食べ物をかじりながら文句を言っているのはフレイア・スヴァルトリング。
このスヴァルトリング王国を治める女王であり、以前誘拐されたところをヨルが助けてから、何かにつけヨルと一緒に遊ぼうとしてくる女王である。
フレイヤはヨルの正体が明るみに出たことにより、お忍びではあるが国の代表として女王自らが謁見という名の交遊にやってきた。
「陛下、それ何個目?」
フレイヤの隣にはいつもの赤髪の女性、スヴァルトリング女王 近衛騎士団の団長のアサヒナ・フォン・フィンブルが腰を下ろしていた。
その手にはフレイヤと同じデザートが握られていた。
「二人とも程々にしないとドレスが入らなくなるわよ」
ヨルはそんな二人のやり取りを眺めながらテーブルで紅茶が注がれたカップを手にクッキーを頬張っている。
「ヨル……行動と言動が合っていないぞ」
向かい側の席からヨルに声をかけるのはティエラ教会聖騎士団の団長アルフォズル・オールディンこと、アル。
アルは護衛という形で先程までヨルとアサ、フレイヤの買い出しに付き合わされてすっかり疲れ果てているようだった。
帰ってからヨルの向かいに腰掛けて、頬杖をつきながらお茶を飲んでいた。
ヨルが目を覚ました翌日、改めてアルに再会した時それはもう大変だった。
ずらっと整列した聖騎士団一同が膝をつきヨルに謝辞を伝え、全員ヨルの指揮下に入ると言うのをヨルは即答で、力いっぱい断った。
しかしアルもアルで、教会のゴタゴタに巻き込んだことを謝り続けた。
ヨルとしては勝手に首を突っ込んだから気にするなと言い続け、アルもやっと本来の態度に戻ってきたのだった。
「それにしても、ティエラ教会の法王自らが来られるなんて」
クッキーをポリっと齧りながらヨルが手元の手紙に目を落とす。
そこにはティエラ教会の最高責任者である法王がこのシンドリまで来訪する旨が書かれていた。その目的はやはり大地神ヨルズの生まれ変わりであるヨルとの謁見である。
「……なんでわざわざ一番偉いさんが来るの?」
「教会からするとヨルちゃんが一番上なの」
「その教会を作った子が何言ってるの」
「ヨルちゃん最近私に冷たくない?」
ヴェルがヨルの足にしがみ付き涙目でヨルを見上げるが、ヨルはそのデコを指でつつき、その口にクッキーを放り込んだ。
「でも、そんな与太話をよく信じる気になったのね」
「実は神の名を語る不届き者の正体を暴こうとでも思ってるんじゃないか?」
「それならそれで構わないわよ。逃げるだけだし」
「私は信じてるわよー!ヨル」
ソファーで暖炉に当たりながら紅茶に手をつけ始めたフレイヤがそういうと、アサヒナも「私もだぞ」といつも通りの反応をする。
「信じなくてもいいんだけど、一応ありがとうって言っておくね」
アサヒナもフレイヤも以前と変わらず接してくれているのがヨルは心から嬉しかった。
フレイヤは再開した時に「どうして言ってくれなかったのっ?」と詰め寄られたが、言ったところで信じてもらえるとは思わなかったと説明するとなんとか引き下がってくれた。
「領主に頼んで法王に他の目的とかも探ってもらっているから、ヤバそうな話なら連絡が来ると思うわ」
フレイヤが言う領主というのはもちろん、元ガラムの傭兵ギルドマスターのアドルフ・フォン・ウォルターである。
「何か起こるならその時はその時よ」
ヨルはもう一つクッキーを摘んで口に放り込む。
「――なぁ、ヨルはこれからどうするんだ?」
それまで何かを考えていたのか、一向に喋らなかったアルが頬杖をついたままのボソッと呟いた。
「これからって?」
「ほら、兄貴を探してるって言ってただろ?」
「あぁ、その辺は変わらないわよ。でも基本修行の旅だから適当にブラブラするわよ」
「そうか……」
再びアルが何か考え込むような仕草で黙り込んでしまう。
「アサヒナさん、アサヒナさん、あれはもしやもしかして?」
「フレイヤさん、フレイヤさん、やっぱりそう思いますか?」
「ヨルちゃんに言い寄るなんて千年早いの」
「ヨルは興味なさそうだけどね」
ソファーでフレイヤとアサヒナと、いつのまにか移動しているヴェルがコソコソと話始める。
そんな三人を無視してヨルは再び手元の書類に視線を落とし、大きなため息をついたのだった。
(この国で教会がやってた悪事の数々……結局は執行部のエイブラム大司教が全ての元凶だった訳だけど……)
その書類にはこれまでの王国によるティエラ教会の捜査結果と、教会側の内部調査よる結果が記されていた。
(心の拠り所として潰すわけにはいかないってのはフレイヤに聞いた通りとして……)
全ての司教以上は一度本国へ強制送還の後、改めて各国の教会へ振り分ける。それは不定期に数年ごとに繰り返し癒着などの犯罪を未然に防止するとのことだった。
(聖騎士団は廃止……各国の軍隊にその役割を委託する……か)
「……アル、無職になるのね」
「ぐっ……」
痛恨の一言だった。
ギリギリ頬杖だったアルは完全に机に突っ伏して動かなくなってしまった。
「ヨル、雇ってあげたら?」
「やだよ」
フレイヤがソファーの背もたれに顔を置き
「じゃあヨルの家で家政婦とか」
「せめて用心棒じゃない?」
「あとは、ヨルちゃんが永久就職するとか?」
「そこのお三方……せめてそう言う話は当人のいないところでお願いします……」
絞り出すようなアルの声は若干涙声になっていた。
「ともかく明日、法王とやらに挨拶したら一旦フレイヤの護衛任務って事で王都に戻るけれど、そのあとの事はまだ考えていないわよ」
ヨルはそれだけ言うと話は終わりとばかりに、カップに残っている紅茶を口に流し込んだのだった。
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「大地神ヨルズの生まれ変わり」と呼ばれるようになったヨルに加えて、王女フレイヤが寝ぐらにしてしまったことで、宿屋海猫亭はすっかり聖地のような扱いを受けていた。
ひっきりなしに市民が押し寄せ、主人が朝から晩まで対応に追われていた。
ヨルが一度迷惑だから出て行くと伝えたのだが「出ていくなどとんでもない!いつまでもいてください」と引き止められた。
翌日、そんな海猫亭の正面に豪華な二頭立ての馬車が停車し、ヨルとアサヒナ、そしてフレイアが乗り込み教会へと出発したのだった。
なお無職のアルには、王都までの帰り道の護衛任務を正式なものとするために、朝早くからフレイアからの依頼書を持って傭兵ギルドに向かった。
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「ようこそお越しいただきました」
教会にある一番豪華であろう会議室で三人を迎え入れたのは、ティエラ教会法王。
王国側の参加者はフレイア女王と近衛のアサヒナ、それとヨルもこちら側として参加だった。
ペコリと頭を下げる法王は、絹のようなサラサラとした銀髪にくっきりとした可愛らしい目。ヨルのひとまわり以上は年上のようだが、同性が見ても美しいと思えるような女性だった。
「初めまして、ヨル・ノトー様。わたくしティエラ教会第五十代法王 フロージュン・ティエラと申します」
しかしヨルは、自分に対して頭を下げる法王よりも、その隣に立っている人物に釘付けとなっていた。
この教会で見かけた司祭よりもさらに豪華なローブとティアラを身に付けた女性。
キラキラと輝く
腰のあたりからは髪色と同じ桃色の尻尾がふりふりと動いていた。
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