死なない想い

 次の夜。

 予感がした――今夜もザ・リッパーが来る。

 恐らく奇襲はかけてこない。正面から俺を殺しに来る。それなら俺は待つだけだ。

 チェリーコードは今頃カフェでコーヒーを飲んでいるだろう。一緒にいるの一点張りだったが、これは俺にしかできない依頼だ。回復魔法は必要じゃない。ザ・リッパーの心を動かせなければ俺は殺される。

 しかし、俺は殺されないという絶対的な自信があった。自分が物語の主人公で死ぬはずがないという勘違いではない。

 死ねない――この想いが強いのだ。

 アパートの外で夜風に当たっていると、暗闇から一つの影が現れた。


「来たか」


「馬鹿な男だ。逃げていればよかったものを」


 クロードの手にはナイフ。俺は丸腰だ。狙撃部隊もいない。


「そんなに殺されたいのか、貴様」


「君が俺を殺して満足するならやればいいさ。でも、その前に俺にはやらなければならないことがある」


「それは叶わない。貴様のような男は初めてだ。貴様の存在が私の心を乱す。だから、貴様には大人しく殺されてもらう」


 殺意が揺らいでいる。クロードの心は確かに動いている。

 クロードの心の中に入るんだ。偽りの欲望を打ち砕け。殺意を殺せ。

 クロードのナイフが虚空を斬る。刀のリーチに慣れているせいか、ナイフの軌道が甘い。

 ナイフを振り切った瞬間を狙い、俺は刀身に拳をたたきつけた。

 ナイフはクロードの手から離れ、宙で砕け散る。


 ――クロードの心の中に入り込むなら今しかない。


 俺はクロードの手首を掴み、もう片方の腕でその身体を抱き寄せた。

 静寂が訪れる。

 クロードは動かなかった。いや、身体が硬直して動けなかったのだろう。


「一人じゃない」


「…………」


「君はもう他人じゃない。知り合いでも友達でもいい。俺がいる」


 抱き合ったまま静謐の余韻を味わう。

 心地悪くはなかった。むしろ、クロードを凍てつかせていた氷が溶けて温かさすら感じていた。

 やがてクロードのすすり泣きが耳元をしみじみとさせた。


「本当に友達になってくれるのか……? こんな私でもいいのか……?」


「ああ。もう一人じゃない」


 クロードの力強い両腕に押し潰されそうになるが、今はいい。


 ――切り裂き魔を殺すのは簡単なことだった。


 言葉で、この腕で。たったそれだけで切り裂き魔は涙を流した。それほどまでに純粋な心の持ち主だった。彼女を変えたのは孤独だ。

 長い長い抱擁から解放され、俺とクロードは改めて向かい合った。その顔は切り裂き魔の顔ではなく、何も知らない純真無垢な少女の顔だった。


「明日の昼、遊びに行こう。例のカフェで待ち合わせだ」


「わ、わかった。約束だぞ」


「ああ、約束だ」


 クロードと小指を結び、俺は笑ってみせた。

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