349.アパレルショップ
色彩豊かな衣服に身を包んだ人たちが、市場の一角にひしめいている。
普段であれば商人で賑わう場所には、取って代わってドレスをまとった貴婦人や礼服を着こなす紳士があふれていて、新鮮だが異様な光景に、オレは内心でたじろぎを覚えるのだった。
ほとんどが龍人族の貴族やハイエルフの上流階級といった人々で、本日オープンを迎えるアパレルショップ『ベルマーク』を目当てにやってきたのであり、従者に土産物を持たせては、いまや押しも押されぬ人気デザイナーであるベルに祝辞を述べている。
開店早々の大盛況に、ガイアをはじめとする警察官もフル動員で警備にあたり、騒動や混乱が起きないように目を光らせていたのだが。
普段、治安維持にあたっている人員を警備任務に駆り出してしまったので、抜けた穴には兵士を派遣するようクラウスに依頼したのだった。わかっていたとはいえ、人材不足がこんな形で露見するとはね。早いところ、警察官を増員しなければ。
「ごもっともだが、資質も大事だぜ? 数が揃っていても質が悪けりゃ話にならん」
腕組みをしながら応じるのは、オレの護衛を買ってでたクラウスだ。いつも通り、アイラに護衛を任せようと思っていたところ、「領内ならともかく、対外的な場で嫁さんに警護させるのはいかがなもんかね?」と、ハイエルフの軍人がストップをかけたのである。正論だな。
そういったわけで、オレたちは店から少し離れた場所に陣取ると、ある種の喧噪に近い光景を観察するように眺めやった。
店舗はきらびやかというよりも個性的といったほうが的確で、それもそのはず、ベルいわく「とにかくカワイイ☆」というコンセプトにより、渋谷・原宿・下北沢にあるようなセレクトショップをごちゃまぜにしたような、ド派手でキラキラな外観と内装に仕上がっているのだ。
そんなお店の中に、優美な貴婦人や紳士たちが詰めかけているのであり、率直に言ってしまえば、異様以外の何物でもないわけなのだが。
来客者たちの瞳はどれも憧憬と尊敬の念が込められていて、ディスプレイされた服や小物には熱視線が注がれるのだった。
「たいしたもんだなあ」
並び立つクラウスが呟いた。
「あの手の服装がいいか悪いか、俺には判断できねえが。それでもあれだけの人を惹きつけることができるんだ。お前の嫁さんはすげえよ」
「ああ、ベルはスゴいよ」
出会って間もなくプレゼントされた『サンバのカーニバル風半裸ドレス』も、いまでは支持を得ているのだ。もちろん、洗練されたスタイルを作る能力にも秀でていて、最先端のファッショントレンドはベルによって生み出されていると言っても過言ではない。
聞けば、オーダーメイドの予約は半年先まで埋まっているそうで、あまりに人気が過熱すると、キチンと休めているのか心配になってしまうな。いまのところは大丈夫っぽいけど。
そんなことを考えていると、やがて人混みを抜け出すようにして、ベルがその姿を現した。
「おぅい☆ タックン♪ クラっち~★」
片手をぶんぶんと大きく振りながらやってきた褐色の美しいダークエルフは、記念すべき日にもかかわらず、いつも通りのギャルギャルしい格好に身を固めている。いや、記念すべき日だからこそ、いつものスタイルを崩さないのか。綺麗なドレスも似合うけれど、ベルにはこういった服装が一番しっくりくるもんな。
「大盛況だな」
「アハッ☆ ウチもビックリだよ★ こんなにたくさんのひとが来てくれるなんて、思ってなかったし♪」
「ベルの実力と才能があってこそだよ。立派なデザイナーになったな」
上から目線の発言になってしまったが、故郷では恵まれない境遇――まあ、半分ぐらいは自業自得な面もあったけど――を知っているだけに感慨深い。大陸では知らない人がいないほどの有名人になる日も、そう遠くはないだろう。
予言ではなく確信を込めて呟くと、ベルは意外な言葉を返すのだった。
「アリガト! でもね、ウチがお店を持てたのも、デザイナーとしてやっていけるようになったのも、ぜーんぶ、タックンのおかげなんだよ?」
知らないでしょと言いたげに、にこやかな表情でベルはオレの顔を覗き込んだ。
「タックンと初めて会った時、ウチ、本当は自信無くしてたんだよねー♪ 作る服作る服、評判が悪くってさー……」
せいぜい受け入れられたのはガイアたちワーウルフだけで、ダークエルフを始め他の種族からは見向きもされなかったそうだ。……初耳だけど、まあ、あのサンバ風衣装を見てしまえば納得かな……。
「でもね? ウチが作った絨毯とかタオルとか、タックンがスゴいスゴいって褒めてくれたじゃん?」
「ああ、初めて会った日な? あれは見事だったからなあ」
「でしょ? だからウチ、ちょっとだけ自信を取り戻せたっていうか、デザイナーを夢見てもいいのかなって☆」
そう思い直して、いまのいままで活動を続けてきた。……ダークエルフの妻から初めて語られる胸の内に、照れくさいものを覚えながら、オレは「なにもしてないよ」と返すのが精一杯だった。
「そんなことないよ★ あの時、勇気をもらえたから、ウチ、いままでやってこれたんだっ♪ だからね、だから……」
頬を紅潮させ、まばゆいばかりに輝く瞳がオレの顔を捉える。
「アリガトね、タックン♪ それで、これからもよろしくね★」
「ああ、オレのほうこそよろしく頼むよ」
「……あ~、ふたりだけの世界に浸っているところ悪いんだがよ」
遠慮がちにクラウスはこほんと咳払いをしてみせる。……違うって、お前のことを忘れてたワケじゃないんだって。
「ウンウンっ☆ もちろんクラっちも大事に思ってるよ?」
「そういうフォローはいいから……。ほれ、向こうを見てみろ」
振り返った先では、後からやってきたであろうお客さんたちが、ベルに挨拶をしたいのか、そわそわとこちらの様子を伺っているのがわかる。
「みんなお待ちかねだぜ? 行ってやりな」
クラウスの言葉に力強く頷いたベルは、オレの手を取ると、そのままお店のほうへ向かって走り出した。オレがいたらかえって邪魔にならないかなと不安になったのだが、ダークエルフの妻は「だいじょうぶだよっ☆」と、朗らかな口調で否定する。
「だって、タックンがいなかったら、ウチはデザイナーになってなかったんだもん♪ みんなにも紹介させて!」
そう応じたベルの笑顔を、オレは生涯、忘れることはないだろう。
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