320.独立国家

 独立国家……? フライハイト国……?


「国? 自治領の間違いじゃないのか?」

「いえ、確かに国家だと。使者が持参した手紙をご覧になりますか」


 そう言ってカミラは封筒を取り出すと、中から数枚の書類を取りだしてこちらに差し出した。一連の会話に興味を引かれたのか、クラウスはいつの間にか立ち上がって、執務机に身を乗り出すと書類を覗き込んだ。


 国王ジークフリート、王妃エリザベート、アーダルベルト殿下の連名により綴られた内容は、先日の自治領に関する五つに加え、不可侵条約までもが盛り込まれた条文となっており、事実上、オレを国王とした独立国家の樹立を認めるものとなっている。


 あまりの急展開に鼻白むオレを意に介することもなく、クラウスは口笛が鳴らし、こいつはメデタイと喜びの声を上げた。


「国家として認めると、あちらさんから言ってきたんだ。これに乗らない手はないな」

「いやいや、独立国家とか、自治領から飛躍しすぎだろ。お義父さんも何を考えているんだか……」

「王室から外れる以上、自治領も独立国家も大差ないって考えたんだろうなあ。今後を見据えると、そのほうがラクなんだろうさ」

「ラク?」

「考えてもみろよ。自治領っていったところで、結局は龍人族の国"だけ"が認めた支配地になるわけだろう? 面倒ごとがあった場合、どんな形にせよ少なからず関わりを持たなきゃならん。ところが、だ」


 大陸中にフライハイトは独立国家ですよと知らしめた場合、ウチと他国との間に問題が生じたところで、少なくとも見て見ぬふりを決め込める。


 それに大陸の実に三分の一を支配する龍人族の国にしてみれば、フライハイトは小国家に過ぎず、路傍の石も同然。独立を認めたところで痛手はない。


「後継者問題の泥沼さに比べりゃ、些末なことだと政治的な判断をしたんだろうな。シシィの姐さん、アーダルベルトの坊やまで署名しているところを見るに、あちらさんも子離れしたい心境なんだろうよ」

「やれやれ、すっかりと厄介者扱いだな」

「事実、そうなんだから仕方ねえだろ」


 声を立てて笑った後、ハイエルフの前国王は視線を戦闘メイドへと転じ、表情をあらためる。


「使者はなにか言ってたか?」

「タスク様の署名をいただければ、あとは宮中で事を進めると。そのように申しております」

「あちらさんが一切を取りしきる、か。気にくわねえが、仕方ねえ。……ほれ、タスク、さっさとサインしちまえよ」


 けしかけるようなクラウスの声に待ったをかけてから、オレは思わずため息を漏らした。


「お前な、そんな、お昼ご飯のメニューを決めるぐらいの気楽さで国を興していいと思ってんのか?」

「こういうのはノリと勢いで決めちまえばいいんだよ」

「よくはないだろ」

「安心しろい。この俺が補佐についてやるからさ」

「それについてはありがたいと思ってるけど」

「いずれにせよ、断るっていう選択肢はないんだ。ジークのオッサンだけじゃなく、シシィの姐さんとアーダルベルト坊やまで署名しているのを突っぱねたとなったら、あちらさんも面目丸つぶれだしな」


 ……やっぱりそうなるなあ。それはオレも考えていたんだよ。最初っから、Yes以外の返答が用意されていないってね。


 あ。よくよく思い返してみると、この間、お義父さんが呟いた「王か……」って、もしかしてこれの話だったとか……? うわあ、ちゃんとした前振りがあったんじゃん! オレのバカ! なんでそこで気付けないかなあ……?


 ま、気付いたところで、止められるとは思ってないけどね。はいはい、サインすればいいんでしょう(ヤケクソ)⁉


 ハイ、そんなわけで、自治領が認められるぜと思っていたら、いつの間にか独立国家が誕生することとなってしまいました。ジョジョの奇妙な冒険よろしく「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ」的な? 「な…何を言っているのか、わからねーと思うが……おれも…何をされたのか……わからなかった……」みたいな?


「まあ、そんなわけなんで、今後ともよろしく頼むぜ、


 意地の悪い笑みでクラウスは呟き、こちらの反応を楽しんでいる。くっそー、王になったら執務のほとんどを押しつけてやるからな!


 ……ま、冗談はさておいて。


 オレの反応をひとしきり楽しんだ後、クラウスは肩をすくめるのだった。


「のんびりまったりを心情とするお前さんには悪いが、忙しくなるのは確かだ。ひとつ気張っていこうぜ」

「安心しろ。いい加減、覚悟を決めたところだ」

「そいつぁいい。ま、多忙で倒れることがないよう、周りもサポートするからよ。でーんと構えとけ、でーんと」


 ハイエルフの国の王を務めた者としては、いささか具体性に欠けるアドバイスを述べた後、クラウスは思い返したように付け加えた。


「……いや、待てよ。王たる者、休息も大事だからな。お前さんが息抜きできる時間を作れるよう、いまから計画を立てておかないとマズいか」


 その気遣いは大変にありがたいけれど、どういった風の吹き回しだろうか? 面白がるようにして、オレを王の座に据える人物の発言とは思えないと、いささかの不信を込めた眼差しで見つめると、クラウスは悪びれもせずに口を開いた。


「そうでもしなけりゃ、お前さんと将棋を指す時間がなくなるだろうが」

「将棋第一かい」

「あったり前だろぅ? 将棋のない人生なんぞ退屈でしかたねえ」


 年末にお義父さんが退位するみたいだし、将棋バカ……じゃなかった、将棋好き同士、そっちで勝手に対局してはもらえないかなあ? こっちはこっちでよろしく執務を進めているからさ。


 はあ、昼寝の時間を確保してくれるエリザベートのほうがいくらかありがたかったな。……っと、危ない危ない。そもそもの計画を持ちかけた張本人に感謝するところだった。


 とにもかくにも、決まったものは仕方ない。波乱が起きないよう願うばかりだ。

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