319.自治領について

 ……と、エリザベートとそんなやりとりを交わしていたんだけど。


 当然ながら、それらのすべてをジークフリートに打ち明けるわけにもいかず。「カオルを国王候補に据えるつもりなら、こっちもそれ相応の対応をするだけですよ」と、控え目な決意表明をするだけに留めておくのだった。


「そもそもの話、こうなったのもお義父さんが原因なんですからね」

「ワシが?」

「アーダルベルト殿下にはお子さんがいらっしゃるのでしょう? ちゃんとした後継者がいるのに、カオルを王の座に据えるのはどうかと思いますよ?」

「龍人族の国王は男系継承だ。あやつの子どもは全員女子なのだから、男子であるカオルが国王になるのは当然ではないか」

「だからって、産まれて間もない赤ん坊の将来を、早々と決めてしまうのはいただけないですよ。あの子にはあの子の未来があるんですから」


 反撃に転じると、ジークフリートは眉間に見事な縦皺を一本刻み、静かな眼差しでこちらを見やった。


「……王の座ではなく、領主の座であれば、カオルの未来は安泰だ。つまりはそう言いたいのか?」

「華やかな宮中に比べれば、ですけどね。結局は、あの子の気持ち次第です」


 自分がやりたいことなんて、成長していく過程で見つければいいだけの話だし、誰かに強制されるようなものではないだろう。大人であるオレたちができることといえば、子どもたちの未来のため、せいぜい環境を整えておくぐらいである。


「まるで、カオルが領主の座に就かなくても良いというような口ぶりだな」

「実際、その通りですから」

「ふむ。しかし、民衆はどうかな? 絶対的な英雄が領主である現状を鑑みれば、その血を引く者が後を継ぐものだと考えるのが当然だろう」

「……確認しますけど、その絶対的な英雄っていうのはオレのことですか?」

「当たり前だ。他に誰がいる」


 いやはや、過分な評価恐れ入りますよ。まったくもって買いかぶるにも程がある。こちとらちょっと特殊なスキルを使える以外は、ごくごく普通の人間なんですがね。


「タスクよ。そなたが自身をどう思おうが自由だが、卑屈も過ぎては品が悪いぞ」

「妥当だと思ってはいるんですがね」

「ワシとしてはアーダルベルトの後継者として、カオルではなく、そなたを据えても良いと思っておったのだがな」


 うわあ、それだけはマジで止めてもらえないですか。エリザベートとの話だけでもお腹いっぱいなのに、権謀術数渦巻く宮中に放り込まれるとなっては明るい未来予想図が描けないってもんですよ。


 黒の樹海を開拓しながら暮らしていければ、それでもう十分すぎるので、お願いだから放っておいてくれないかなあ。……と、露骨なまでに態度として現れていたようで、ジークフリートは苦笑いを浮かべつつ、運ばれたミルクティーに手を伸ばした。


「安心せい。たとえばの話だ。現時点でそなたを龍人族の国王に据える気はない」

「デスヨネー……」

「……ふむ。しかしそうか、王か」


 呟いてティーカップを受け皿に戻したジークフリートは、なにかを思いついたのか、顎に手をあて思案を始めた。……またよからぬ事を考えているんじゃないだろうな、このおじさんは……?


「いや、なんでもない。とにかく、カオルの件は承知した。流れからして、王位継承権や爵位の返上も止むをえんだろうな」

「そう言ってもらえて、こちらも安心しました」

「うむ。立場は変われど、この領地を統治するという事実に変わりはない。引き続きよろしく頼むぞ」


 それはさておき……と付け加え、賢龍王は瞳に期待の色を滲ませて、興奮を抑えながら続けるのだった。


「そろそろ孫の顔を見たいのだがな。カオルを抱っこさせてもらえるのだろう?」


 みるみるうちにお祖父ちゃんの顔に変化していく様を好意的に捉えながら、オレはジークフリートを伴って、カオルの待つリアの寝室へと足を伸ばした。


***


 自治領とは、お前さんも思い切ったな。


 明くる日、執務室に顔を覗かせたクラウスに事情を説明したオレは、開口一番、返された言葉に小首をかしげた。


「思い切ったって?」

「だってそうだろう? お前さん、いまのいままで独立するのを嫌がっていたじゃないか」


 軍服に身を包んだハイエルフはソファに腰を下ろし、愉快そうに続けてみせる。


「自主独立の精神が欠如しているとばかり思ってたんだがな。子どもが生まれて、お前さんも少しは成長したってことなのかね?」

「自主独立の精神が欠如しているのはいまも変わらないよ。ただ、オレとしてはベターな方法を取りたかった、それだけなのさ」

「なんにせよ親離れするにはいい頃合いだ。ちょうど良かったんじゃないかと思うがね。……もっとも俺としてはだな」


 身体ごとこちらに向き直り、クラウスは呟いた。


「王位継承権と爵位を返上して、自治領を認めさせるぐらいだったら、国家として独立しちまえよと思わなくはないがね」

「クラウスなりのベターがそれか」

「お前さんにとっての、ベストなプランを提案しているつもりだよ」


 そう言うクラウスの顔からは一切の笑いが排除され、真剣な表情がそれに取ってかわった。


「自治領になったところで龍人族の国の庇護を外れることには違いない。だったらいっそのこと、国を興せばいいじゃねえか」

「こっちはあくまで友好的に親離れしたいだけなんだぞ? 不良息子が反抗して家出するのとはワケが違う」

「似たようなもんさ。王室に復帰できない、イコール里帰りできないようなもんだからな」


 ぐうの音も出ない。とはいえ、龍人族の国の顔を立てつつ、一定の距離を置きますよっていう妥協点を提示して自治領を認めさせたのである。それ以上を望めば、かえって無益ないさかいが生じるだけだろう。


 つまるところ、火種がないのに煙を立たせたくはないのだ。みんな仲良く手を取り合っていきましょうねっていう姿勢は大事だし、たとえ表面上だけだったとしても、友好的な態度であれば反感を抱かれることもない。


 とはいえ、クラウスにはそれが面白くないようで、ちぇっと声に出しながらつまらなそうにソファへ寝そべるのだった。


「もとを辿れば、領民のほとんどは移民や流民たちなんだぞ。家出してきた連中みたいなもんじゃねえか。いまさら良い子ぶるのもどうかと思うぜ?」

「酷い言われようだな。とにかく決まったことなんだし、この話はこれ以上……」


 言い終えようとした、その時だった。執務室のドアを叩く音とともに、戦闘メイドであるカミラが姿を現した。


「お話中、失礼いたします。タスク様、クラウス様」

「いや、かまわない。どうした?」

「いましがた、龍人族の国より使者がまいりました。至急の連絡があると書状を携えて」


 おそらく自治領関連のことだろう。そう考えていたオレの予想を裏切り、カミラはいたって冷静に予想外の言葉を続けるのだった。


「独立国家『フライハイト国』樹立の件についてだそうですが、どのように取り計らいましょう?」

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