【コミカライズ公開記念・番外編】将棋頂上決戦!
盤面を挟んでのにらみ合いが続いて、どれほどの時間が過ぎただろうか?
ジークフリート対ゲオルクという龍人族同士の対局は二日目を迎えている。見届け人として指名されたオレの気力は限界をとっくの昔に迎えていて、今の心情としては一刻も早く勝負が終わってくれと、ただただ、その一言でしかない。
(それにしても、空気が重いんだよな……)
二千年前に大陸を救った英雄でもある両名が、殺気交じりの威圧感を放ちながら、盤面と相対しているのだ。すっかり喉が渇いてしまったけれど、お茶すら飲めない雰囲気が場を支配している。
(なんでこんなことになったんだろうなあ?)
ゴゴゴゴゴ……という効果音が似合う光景を前に、オレは二日前の出来事を思い返していた。
***
いつも通りにゲオルクを伴って遊びに来たジークフリートは、すっかりと別荘と化してしまった感のある来賓邸に足を運ぶと、早速とばかりに対局の準備を始めるのだった。
「時間が惜しいのでな。ささ、さっそく指そうではないか」
早く座れとばかりに手招きするジークフリートに苦笑いで応じながら、オレは椅子に腰掛けた。将棋を前にする賢龍王はおもちゃを前に目を輝かせる子どものようで、憎めない一面があるのだ。
ゲオルクは肩をすくめ、エリーゼとともにお茶の支度に取りかかった。ベルはデザインのアイデアを練っていて、アイラは対局を見守りながら、ジークフリートの手土産である焼き菓子を頬張っている。
すっかりと見慣れた光景に、オレもオレでくつろぎながら盤上に駒をパチンと進めていくと、何気なくベルが口を開いた。
「そーいやさー♪ そのしょーぎってヤツ、ジーくんとタックン、どっちが強いの?」
思わぬ質問に、オレとジークフリートはどちらともなく顔を見合わせた。どっちが強い、かあ。考えたこともなかったなあ。
「うむ。勝敗も五分五分といったところだからな」
「まあ、棋力が同じようなものですしね。どっちが強いとかは特にないのかも」
「ガハハ! 好敵手(ライバル)というやつだな!」
どことなく嬉しそうなジークフリートの顔を見やりながら、オレは再び盤面に視線を落とした。ま、こういうのは楽しむのが第一だからね。プロじゃないんだし、勝ち負けは別にいいんじゃないかな?
「げ、ゲオルクさんも将棋をされるのですか?」
紅茶の準備を終えて現れたエリーゼが、並び立つ赤髪の執事に問い尋ねた。
「うん。まあ、私もハヤトから教わったからね。嗜む程度には指せるよ」
慣れた手つきでティーカップに紅茶を注ぐゲオルクが何気なく応じると、ピョコピョコと猫耳を動かしながらアイラが口を挟んだ。
「ほお。それではジークとゲオルク、将棋が強いのはどっちなんじゃ?」
アイラとしてはささやかな好奇心だったのかもしれない。でもこの一言がまずかった。
「無論、ワシに決まっておろう」
「断然、私のほうが上だな」
声を合わせるように即答する二人。そして、互いの言葉が耳に入ったのか、一瞬にして険しい表情を浮かべてみせる。
「おう? まさか自分の下手さ加減を棚に上げ、そのような戯言を漏らすとは。冗談としてもつまらぬと思わぬか? ええ、ゲオルクよ?」
「何を言うか、猪突しか能のない戦法にこだわった挙げ句、自爆するしか能のない男が。何度も『その一手は待ってくれ』といった口でよくほざくな?」
はい、ご両人とも完全にスイッチ入っちゃいました。それから二千年前の戦いでもお前はこうだったああだったとか大人げない口喧嘩が続き、ようしわかったこうなったら決着をつけようじゃないかと、いつの間にやらジークフリート対ゲオルクの対局が始まることになりまして……。
いや、対局するのはご自由にしていただいていいんですよ? オレを巻き込むのはカンベンしてもらえないですかね? 絶対に短時間で終わるはずないんだって! 見届け人とか冗談じゃない!
いやね? 長期戦を避けるべく、持ち時間制とかのルールを決めましょうって一応は提案したんだよ。オレだって仕事があるし、ましてや片や王様だからね? こんなところでのんびりしていいはずがないんだって。
いやー、見事なまでに二人とも聞く耳持たないでやんの。しかも寝ない。ぶっ続けですよ? それに付き合うオレ。ここは地獄か?
アイラもベルもエリーゼも、一時間が経過した時点で帰っちゃったし。オレだって帰りたいなあと思いながらの徹夜ですわ。ツラい、ただただツラい……。
気付けば朝になり、夜になり、そして再び朝になり――。
一向に終わりの見えない対局、有り体に言えば泥仕合でしかない一戦は、オレのほうが参りましたと呟きたい心境である。ちょっとでもうつらうつらと眠気に誘われようものなら、その都度ご丁寧に起こしてくるし。ああ、もう、ほんっと厄介だなあ。
一体いつになったら決着がつくのか、むしろ、オレが倒れた方が早いんじゃないかとか考えていた矢先、場面は急激な変化を見せた。それも盤面上の駒の動きではなく、とある人物の来訪によって。
それはいつぞやジークフリートに同行していた文官で、国王たちを見つけるなり、懇願の声を上げたのだった。
「国王! 早くお戻りください!」
「いまは忙しいのだ。執務なら後でするから安心しろ」
「執務の話ではありません! 王妃様がお探しなのです!」
「……妻が?」
「来客があると伝えたはずなのに、どこにいるのだと、それはもう大変にお怒りで……」
「ふふん。こうなってしまっては、対局もここまでだな。ジーク、今回は私の勝ちということで……」
「何を仰っているのですか、ゲオルク様! ゲオルク様の奥方様もお怒りなのですよ!」
「……何だと?」
「曰く、庭園の世話をするはずなのに、どこをほっつき歩いているのかと、それはもうカンカンでして……」
文官の話を聞き終えるやいなや、黙って席を立つ両名。
「我ながら醜い争いをしてしまったな」
「まったくだ。そもそもどちらが強いかなど、意味のない話だった」
そして何事もなかったかのように立ち去っていったんですけど。……この件に関しては流石に文句を言ってもいいよね、オレ?
ともあれ。
最終的な勝者は、両名の奥方様たちだったという、そんなお話。
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