258.推薦

 多少の装飾が施されているとはいえ、義父から返ってきた言葉に、オレはいかばかりかの安堵を覚えた。


 ――『夫人会』、王妃を筆頭として、上流階級や貴族のご婦人やご令嬢たちによって結成されているこの組織は、国の政治中枢へ影響を与える存在として知られている。


 一時期、過剰な増税に苦しめられたこの領地が、『夫人会』の尽力によってそれを免れたのは記憶に新しい。


 以来、何かと懇意にしている『夫人会』からの推薦とあれば、優秀な人物に違いないだろう。


「ワシも保証しよう。なにせ昨年の王立学院高等部、首席卒業だからな。相当なやり手だぞ」


 鷹揚に頷くジークフリートへ、それは楽しみですと応じたものの、ここでちょっとした疑問が沸いてくる。


「そんなに優秀な人物なら、士官や登用の口なんていくらでもあったでしょう? オレが言うのもヘンな話ですが、ここに来て良いんですか?」

「実のところ、そやつは女子おなごでな。ワシとしても心苦しいのだが、優秀な若い女子は老人たちに忌避されるものでの」


 義父曰く、『夫人会』からの強い勧めがあったにも関わらず、重臣たちはその人物の登用に最後まで難色を示したらしい。やり手の若者、しかも女性とあっては、老人たちのメンツが立たないとでも考えたのだろうか。


「その通りだ。それ以上に、『夫人会』の影響力が増すことを恐れているのだよ。嘆かわしい話だが」


 空になったワイングラスをテーブルへ置き、ジークフリートは頭を振った。


「無理に重用しても、互いにとって不幸な結末しか迎えんだろう。それよりも将来有望な場所で働きたいというのが、本人の強い希望でな」

「有望も何も、発展途上の一辺境にしか過ぎないですけどね」

「謙遜せずともよい。単なる辺境にこれほどの活気があるものか」


 堅剛な顔に微笑をひらめかせた龍人族の王は、ワインの瓶を持ち上げて、グラスへ三杯目の赤い液体を満たそうとしている。その様子を眺めやりながら、リアが苦言を呈した。


「……お父様。お酒はそのぐらいで」


 穏やかな口調に不釣り合いな娘の眼差しにたじろいだのか、気まずそうに瓶をテーブルへ戻した賢龍王は、その異名とはほど遠い、子どもめいた言い訳を口にする。


「めでたい席なのだ。祝杯を挙げたところでバチはあたらんだろう?」

「当人たちを差し置いて祝杯を挙げられても困ります。宴席は別の機会に設けますから」


 形勢が不利というのを察したらしい。そばに控えていた戦闘メイドへ紅茶を持ってくるよう伝えてから、ジークフリートは再び視線を戻した。


「とにかく、そういった事情もあってだな。フライハイトで手腕を振るいたいと言っておる。そなたが首を縦に振れば、すぐにでも連れてくるが」

「それはもちろん。歓迎しますよ」

「そうか。それなら早速、手配を進めよう」


 よろしくお願いしますと頭を下げるオレに、満足の意を示した義父は間髪入れず話題を転じる。


「よし、話もまとまったことだし、どうだタスク。これから一局」


 そう言って腕を前へと伸ばすと、将棋の駒を動かすようなジェスチャーをしてみせる。そんなジークフリートの姿を見やりながら、オレは思わず肩をすくめた。


「無理ですって。これから執務があるんですから」

「そんなもの、配下へ押しつけておけば良かろうに」

「そんなワケにはいきませんよ。……というか、お義父さんこそ、執務をちゃんとやってくださいって」


 一応、国王なんですしと続けようとするオレを制して、ジークフリートは口を開く。


「ああ、ワシなら問題ない。ここ最近は息子へ執務を任せておってな」

「お兄様に、ですか?」


 驚いた様子のリアへ、賢龍王はつまらなそうに応じ返した。


「ワシは生涯現役のつもりだったのだが……。そなたらがいい加減に退位しろだの、息子へ後を譲れだの、いちいちうるさいからな」

「それにしては随分と急な話じゃないですか?」

「いや、あれには前から補佐はさせておったのだ。なにもいきなりという話ではないのだよ」


 差し出されたティーカップへと手を伸ばすその様は、大したことはないと言わんばかりだ。いや、それにしたって、事実上の引退宣言みたいなもんでしょ? 聞かされたこっちはビックリするって。


「まあ、王位を譲ったところでだ。ワシはまだまだ忙しい身には変わりない」

「ああ、後見人とか、そういうやつですか?」

「バカを言うな。そんなつまらんことに時間を費やせるか」

「……は?」

「よいか、タスク。ワシには大陸将棋協会の長という、国王以上に崇高な役割があるのだ。残りの人生をかけてでも、大陸中へ将棋を普及させる使命がある!」


 断言する義父の瞳はいたって真剣そのものだ。……マジっすか、お義父さん……。


「何を他人事のように言っておる。そなたも協会の名誉会員なのだぞ? 領地の開拓へ精を出すのもよいが、将棋の普及にも尽力してもらわねば」


 賢龍王改め、大陸将棋協会の長はそう言うと、口元へ運びかけたティーカップをテーブルへ戻した。


「いっそ、そなたも領主を辞めればよいのだ。ともに将棋の発展へ心血を注ごうではないか」

「無茶言わないでくださいよ」

「無茶なものか。執務など、クラウスあたりへ押しつけてしまえ」


 この場にいないハイエルフの前国王の名前を引き合いに出してから、ジークフリートは豪快に笑い、そして冗談にしては出来が悪く、本気だとすればことさらに質の悪い言葉で締めくくった。


「統治などに比べれば、将棋の普及の方が遙かにやりがいがあるというもの。賢龍王と謳われた、このワシが言うのだから間違いない」

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