257.義父の来訪
自宅へ戻った俺たちを待っていたのは奥さんたちの期待の眼差しで、オレとリアが報告を終えた瞬間、四人の姉妹妻たちは揃って歓声を上げるのだった。
「めでたいのぅ!」」
「やったね、リアっち!」
「お、おめでとうございます!」
「うむ! 今日は祝宴だな!」
「エッヘヘー! ありがとうございます!」
祝いの言葉を口にしながら、四つの笑顔がリアを取り囲んでいる。みんな自分のことのように喜んでいるのが、オレとしてはちょっと意外というか。
「んあ? なんでじゃ?」
「いや、ほら。『リアが妊娠したんだったら、次は私が!』とか言われるもんだと」
「リアっちのおめでたは、ウチら、みんなのおめでたっしょ?」
「だ、誰が妊娠しても支え合うのが姉妹妻のいいところといいますか……」
「その通り。リア殿の子ども、すなわち我々の子どもといっても過言ではないからな」
「姉妹妻の誰が妊娠しても、結局は同じだって事ですよー!」
なるほど、姉妹妻ならではの独特の文化というか、絆みたいなものがあるんだな。この分なら、今後も問題なくサポートしてくれそうなので一安心だ。
とはいえ、出産までは十二分に気をつけなければならないことに変わりなく。
今後、間違いなくやってくるであろう『つわり』対策とか、お腹が大きくなってからだと階段の上り下りは大変になるだろうし、一階に部屋を設けなきゃなとか、オレとしてもいろいろと準備を進めないといけない。
何より、リアが妊娠した事実を周りに知らせなければならないわけで。リアの父であり、龍人族の国の国王でもあるジークフリートが聞いたらどんな顔をするのだろうかと想像しながら、オレは明日にでも義父へ手紙を送ろうと心に決めた。
……までは良かったんだけどね。早々にその必要はなくなってしまった。
翌日、日の出とともにジークフリートがやってきたのだ。
***
寝ぼけ眼で出迎えたオレを待っていたのは、ガハハと豪快な笑い声を上げるジークフリートの姿で、強面を破顔させた父親は開口一番、
「でかしたぞ、我が息子よ!!」
そう言うなり、オレを抱き寄せては力一杯に背中を叩くのだった。
「痛いですって! っていうか、こんな朝早くから、一体なんだっていうんです?」
「何を言うか! リアが身ごもったと聞いたから祝いに駆けつけたのではないか!」
「どうしてそれを」
知っているんですかと聞き終えるよりも前に脳裏へ思い浮かんだのは妖精たちで、もしかしてと尋ねるオレを解放してから義父は頷いてみせた。
「うむ。ココが知らせに来てくれてな。これは急ぎ駆けつけねばならんと思ったのだ」
「あ〜……。やっぱりですか」
異変があったらすぐに伝達が行くって言ってたもんなあ。ココにはまだ話してなかったって言うのに、どこでリアの妊娠を知ったんだ、あいつ?
「細かい話は良いではないか! それで? 予定日はいつだ? 赤子は男か? いや、みなまでいうな、男に決まっておろう!?」
「気が早いですよ。まだまだ先の話なんですから」
それでもお構いなしに質問を浴びせかけるジークフリート。そんな義父を落ち着かせるためにも、オレはカミラを呼び寄せて、朝食を一人分多く用意するように頼んだ。
***
「お父様ったら気が早いです」
朝食の席上、呆れがちに呟くリアへ龍人族の国王は「何を言うか」と声を上げた。
「おぬしらの子どもであると同時に、ワシにとっても可愛い孫になるのだぞ? 詳しい話のひとつやふたつ聞かせてくれてもよいだろうに」
「詳しい話もなにも……。オレたちだって昨日知ったばかりなんですし、話せることは何もないですよ」
オレの言葉に、ウンウンと頷く四人の奥さん。それでもジークフリートはお構いなしに身を乗り出しては、生まれてくる子どもの名前はどうしようかとひとり思案顔を浮かべるのだった。
「凜々しい名を考えねばならぬな。生まれてくるのは男であろうし」
「まだわからないですよ。女の子かも知れないじゃないですか」
「いや、男だ! そうに決まっておる!」
力強く断言するジークフリート。そんな義父の姿に疑問を抱いたのはオレだけではなかったようで、アイラは首をかしげては声に出して尋ねてみせた。
「ジークよ、なにをそんなにこだわっておるのじゃ? 無事に赤子が生まれてくれるだけで良いではないか」
「そうは言うがな。世継ぎは男子と決まっておる。嫡子が生まれれば安心できるであろう? のう、タスク?」
話を振られてもなあ。オレとしては、男の子だろうが女の子だろうか、正直どっちでもいいっていうか。
「元気に生まれてくれるなら、それ以上は望まないですよ。まあ欲を言えば、リアに似てほしいですけど」
中性的な顔立ちの美しい妻の顔を眺めやりながら応じ返すと、リアは顔を赤くさせて「もうっ! もうっ! タスクさんってば!」と声を上げた。
「ボクはタスクさんに似てほしいです! 優しい子が生まれてくれたらっ!」
「もうよい、そなたらの仲が良いのは十分にわかった」
話を遮ってから、ジークフリートは片手を上げてカミラを呼び寄せると、食事もそこそこに赤ワインを持ってくるよう告げるのだった。酒でも飲まなければやってられないと言いたげな様子だ。
「どうしてそんなに男の子にこだわるんです? お孫さんなら他にもいるでしょう?」
「ああ、確かにおるぞ。女児に限って、だがな」
うやうやしく運ばれたグラスワインを一気に飲み干して、ジークフリートは熱い吐息を漏らした。
「女の子って……、え? 男の子いないんですか?」
「ああ。生まれてくる孫は皆揃って女でな。男はひとりもおらなんだ」
単純ならざる心境をあらわすように、義父の表情には複雑さを伴った微粒子が漂っている。
それは……、なんというか……。男の孫にこだわる気持ちがなんとなくわからなくもないけれど。だからといって、こればかりは生まれてくるまでわかんないもんなあ。
「もうよい……。爺の戯言だと思って聞き流してくれい」
「拗ねないでくださいよ。めでたいことには変わりないんですから」
二杯目の赤ワインをあおる義父をなだめつつ、オレは半ば強引に話題を切り替えようと試みた。
「そういえば、お願いした件はどうなりましたか?」
「はて? 何だったかな?」
「人集めですよ、人集め。人材不足で困ってるって話をしたじゃないですか」
ここ最近、あまりの忙しさに事務仕事は溜まっていく一方なのだ。かといって残業するつもりは一切ないし、週休二日を譲るつもりもさらさらない。
そうとなったら優秀な人材を早急に確保して、仕事を割り振っていくしかないなと考えたオレは、お義父さんやゲオルクへ何度となく相談を持ちかけていたのだった。
「お願いしますよ。このままじゃ、お義父さんと将棋を指す時間すらなくなりそうなんですから」
「わかっておるわかっておる。今日来たのも、その件を話そうと思ったからでな」
赤い液体がグラスを満たしていく様を満足げに眺めやりながら、ジークフリートは話を続けた。
「喜べ、適任者が見つかったぞ。夫人会の推薦状もある。額縁付きでな」
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