250.多忙

 各地へ出向いていた面々が領地に戻り、安堵を覚えたのも束の間。今年の一月と二月は多忙を極めた。


 特に問題だったのは、執務を補佐する文官が不足しているという点で、そう遠くない将来にクラウスが不在になることを考慮すると、これは致命的ともいえる。


 現状、財務担当のアルフレッドが執務の補佐も兼務しているけれど、いくらなんでも負担が大きい。


 都市が発展すればおのずと人口も増え、戸籍の管理が必須になる。市場ができたらできたで、今後は外交や交易の機会も増えるだろうし、ひとりやふたり文官が増えたところで仕事を回すのは無理というものだ。


 そういった事情もあり、領民の中から十名近くを選出し、内政担当チームを結成しようと決意。


 アルフレッドとクラウスを含めた三人で協議と人選を重ねたものの、真っ先に名前の挙がったファビアンは辞退してしまった。


「これから市場が開かれて、ますます面白くなるのだよ? フリーハンドで商売を楽しまなければ損じゃないかっ!」


 前髪をかき上げ、白い歯を覗かせるファビアン。……うーむ。残念だけど、本人の気持ちは尊重したいし、仕方ないか。選んだところで、他の面々が苦労しそうだしなあ……。


 他にもルーカスの名前が挙がったけれど、こちらは「学校長の職務に専念したい」という真っ当な理由で断られてしまった。なかなかに難しいね。


 結局はアルフレッドとクラウスが推薦する数人を内政担当として任命。研修を兼ねた勉強会をこなしつつ、本格的な稼働に備えてもらう。


「とりあえずは簿記を覚えてもらいましょう。親切かつ丁寧に、朝から晩までみっちりと鍛え上げます。どうかご安心を」


 そう言って微笑むアルフレッド。メガネの奥の瞳が笑ってないんだよなあ……。本当に大丈夫か、おい?


 念の為、暴走を防ぐという意味で、クラウスとグレイスにも顔を覗かせるよう頼んでおいた。穏やかな勉強会になるよう願うばかりだ。


 並行して、龍人族の国から数名の戦闘メイドを呼び寄せる。


 もともとはクラウス夫妻の家だけ、というつもりだったけど、よくよく考えた結果、アルフレッド夫妻の家とファビアン夫妻の家にもメイドを用意することに。


 アルフレッドとグレイスには重要な仕事を任せているし、家事を行う余裕もないだろう。


 ファビアンの家にはハンスが執事として仕えているけれど、クラーラが出かける度に護衛を頼んでいるので、家を不在にする機会も多い。


 我が家もなんだかんだと仕事に追われるメイドが増えてきたし、いっそ、まとまった人数を雇ってしまおうと決めたのだ。


「素晴らしいっ!! 流石は心友ソウルメイトのタスク君だっ! ボクの家にもメイドを呼び寄せるなんて! まさに慧眼といっていいだろうねっ!」


 戦闘メイドを雇い入れると聞いて、誰よりも喜んだのはファビアンである。


 龍人族のイケメンは執務室に現れたと思いきや、わざとらしい賛辞を口にすると、仰々しく両手を広げポーズを取ってみせた。


「お前がそんなに喜ぶとは意外だったな。なにか企んでるのか?」

「とんでもないっ! そんな風に言われてしまうのは心外だよっ! あくまでボクは妹の身を案じているだけさっ!」

「クラーラか。何を案じてるんだ?」

「ここのところ、ダークエルフの国から呼び出される機会が多くなったろう? 文武両道の優秀な妹とはいえ、長旅の道中、危険がないとは言い切れないからね」

「だからこそハンスに護衛を頼んでいるんだけどな」

「それだよ、それっ! ボクの家を放っておいて妹の護衛に就くというのは、ハンスも心苦しいものがあったと思わないかいっ!?」

「はあ……」

「しかしだっ! ボクの家に新たなメイドが来るとなれば、ハンスだって心置きなく家を空けられるだろうっ!? ボクとしてもハンスなら安心して最愛の妹を任せられるっ! これを機にハンスにはボクの家を離れてもらって、クラーラの執事として仕えてもらうのがいい考えだと」

「この爺めはそうは思いませんな。ファビアン様」


 話を遮って姿を見せたのはハンスで、シワひとつ無い執事服を見た瞬間、ファビアンは全身で驚きを表した。


「げぇっ! ハンス!! いっ、いつからここにっ!?」

「ホッホッホ、ファビアン様が『心苦しい』だなんだと申し上げている最中でしたかな」

「は、ハハハ……、い、いやだなぁ。聞いているなら、話に加わってくれても良かったのに……」

「いえいえ。ファビアン様のご高説、邪魔するのは悪いと直感が働きまして」


 穏やかな表情で顎を撫でるハンスに対し、引きつった笑顔のファビアン。


 追い打ちをかけるようで申し訳ないけど、これ以上無いタイミングだし、ハンスと相談した件についても打ち明けておこう。


「あー……。この際だから言っておくけどさ、新たにメイドを雇っても、引き続きハンスにはお前専属の執事を担当してもらうからな?」

「……は?」

「今後、クラーラが出かける際は、メイドに護衛を任せるってこと。ハンスからファビアンの世話をしたいって直談判されてさ」

「……ちょ、ちょっと待ってくれたまえっ!? 妹を護衛する任務ならハンスが適任じゃ」

「いやはや、この老骨ではクラーラ様の護衛などとてもとても……。後進を育てる意味でも、若者には仕事を与えねばなりませんので」


 言葉もなく、ただひたすらに口をパクパクさせるファビアンへ優しい眼差しを向けながら、ハンスはさらに続けた。


「ホッホッホ。ともあれ、今後とも末永くお願いしますぞ。なぁに、ご心配召されますな。老いたとはいえ、このハンス。ファビアン様程度であれば、教育的指導も万全に行なえますゆえ」

「全っ然っ! 全っ然、安心できないよそれっ!! 腕力ってことだよねえ!?」

「おや? 足技がお好みでしたか? では今度はそのように努めてま」

「どっちも不許可だっ!!」


 その後、気の毒なまでにうなだれるイケメンと共に、上機嫌で帰っていくハンスを見送ったわけなんだけど。


 ちょっとだけファビアンのことを不憫だなと思ったのは言うまでもない。


***


 ふたりの話題に挙がっていたクラーラは、ダークエルフの国から帰ってきて以来、研究に明け暮れる日々を送っている。


 ハイエルフの国からも水道工事を要請され、リアと共に設備の改良に取り組んでいるのだ。


 長老たちは常備薬を依頼されたらしく、うーんという唸り声が薬学研究所から聞こえるのも珍しくない。


 一方、同行していたジゼルはこれ以上無いほどに上機嫌で、クラーラの邪魔をしないようサポートに努めていた。


「実は国へ戻った際、長老おじいさまから『よくやっているな』と褒められまして!」


 笑顔の理由を尋ねたオレに、ダークエルフの少女は照れ混じりで応える。


「厄介者扱いされていた私ですけど……。お姉さまのおかげで、ようやく認めてもらえるようになったんだなって思ったら嬉しくて!」

「それは良かった」

「あっ! もちろん、領主さまにも感謝してますよ!? 私、この土地へ来られて、本当に幸せなんですから!」

「わかってるよ」

「これからも精進して、お姉さまにふさわしいお嫁さんになれるよう、私、頑張ります!」


 ジゼルはそう言い残し、羽を思わせる軽い足取りで薬学研究所へと駆けていく。


 同性同士の挙式が開かれるのも、そう遠くない未来の話かもしれないな。


 そしてそれがごく当たり前の、普遍的な事柄として受け入れられるよう願いつつ、オレは小さくなっていく少女の背中を眺めやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る