236.ファビアン夫妻の帰還
龍人族の首都からファビアン・フローラ夫妻とハンスが戻り、領主邸へ報告に現れた。
無事の帰還を誰よりも待ち望んでいたヴァイオレットは、フローラの手を取り、およそひと月ぶりの再会を喜んでいる。
「ヴァイオレット様、長期間連絡もせず、申し訳ございません」
「気にするな! 元気そうで何よりだ! 不自由はなかったか?」
「はい、皆様大変よくしてくださったので。ヴァイオレット様もお変わりなく……。お風呂はひとりで入れるようになられましたか?」
「うむ! 相変わらずひとりは怖くて無理だがな! 旦那様や姉妹妻たちと一緒に入浴しているので問題ないぞ!」
……それ、問題あると思うんだけどなあ。突っ込まないけどさ。
そんな感じで、きゃいきゃいとはしゃぐふたりを微笑ましく見守りつつ、オレは随行していたハンスに声をかけた。
「長い間お疲れ様。大変だっただろう?」
「なんのなんの。奥方様のために働けるとなれば、この老骨も働きがいがあるというもの。苦に思いませんな」
ハッハッハと高らかな笑い声を上げながら、ハンスは空中へ魔法のバッグを出現させ、中から様々な品々を取り出していく。
宝石類にきらびやかなドレス、焼き菓子の詰め合わせなど、すべてが夫人会からのお土産だそうで、これでもほんの一部だという。
「大きい荷物は流石に持ち帰れませんで。後日、運んでもらうよう手配しました」
「そんなにあるのか?」
「はい。夫人会の皆様は、フローラ様を大層気に入られたご様子でして……」
ハンスの話によれば、定住を薦められるほどに人気者だったらしく、領地へ戻ると打ち明けた時も、「ファビアンだけ帰らせてフローラは残せ」と口々に言われた、と。
様子を聞く限り、ファビアンの扱いがものすごく雑なようにも思えるんだけど……。
「はーっはっはっはー! 雑なように思えたかい、タスク君! 事実、ものすごくぞんざいだったから、ボクとしても否定できないっ!!」
ブロンド色の前髪をかき上げ、機嫌よく応じたのはファビアンだ。
「ぞんざいに扱われた割には元気そうじゃないか?」
「もちろんだともっ! すべてボクの計画通りに事が運んだからねっ!」
白い歯を覗かせてポーズを取るファビアンを見るのも久しぶりだな。……っていうか、計画ってなんだ?
「ふむ……。話してもいいが、場所を移そうじゃないか。愛しの妻とレディたちの邪魔をするのは野暮というものだからね?」
ウインクをしたファビアンは、ちらりとフローラたちを見やった。そりゃそうだな、ヴァイオレットたちも話に花を咲かせたいだろうし。
というわけで、ハンスとファビアンを伴って執務室へと移動したオレは、龍人族の首都での出来事に耳を傾けたのだった。
***
執務室のソファへ腰掛けたファビアンは、華麗に足を組み、優美な手付きでティーカップへ手を伸ばすと、紅茶を淹れてくれたメイドを眺めやった。
「やあ、カミラ。ボクがいない間、寂しい思いをしていなかったかな?」
「お久しぶりですわ、ファビアン様。フローラ様だけのお戻りを祈っておりましたのに、お元気そうなのでウンザリしているところです」
「あーっはっは、これは手厳しい! ボクは君の淹れてくれた紅茶を、再び味わえる日を心待ちにしていたのだがねっ!」
氷の眼差しでファビアンに一瞥をくれた後、カミラは深々と頭を下げて退室していく。
このやり取りも久しぶりだなと、ちょっとほのぼのしてしまうのはなんでだろう? ふたりに毒されてきたんだろうか?
ドSなメイドからあしらわれたことも気に留めず、ファビアンは紅茶を一気に飲み干し、背後へ佇むハンスへ視線を向けた。
「うん、美味い! ハンスの名人芸を受け継いだだけのことはあるね!」
「恐れ入ります」
「宮中で飲んだ紅茶もなかなかだったけれど……。やはり淹れる人物の腕が物をいうね! 大陸広しといえどもハンスとカミラに並ぶ者はいないだろう!」
「紅茶の話もいいけどさ。計画ってどういうことだ?」
こちらに視線を転じて、ファビアンが微笑む。
「ああ、その話かい? なんてことはないよ。夫人会の面々にフローラを気に入ってもらえるよう仕向けただけさ」
「仕向ける?」
「そもそも、だ。ボクは家でも異端児扱いだったからね。そんなヤツに嫁ぐ女性は奇特だと誰もが思うだろう?」
……返事に困る発言だな。
何より即答できなかったのは、ファビアンが自分自身を客観的に分析できることに驚いたからでもあるんだけど。
そんなオレの様子を気にすることなく、ファビアンは続けてみせる。
「事実、ハーバリウムの講習会でフローラと出会い、ボクが彼女を追いかけてここへ来たことも、『無謀なことをしている』と夫人会から思われていたからね」
「そうなのか?」
「夫人会の皆様は、様々な話題に興味を示されますので……」
明言を避けたものの、ハンスの言葉は肯定としか受け取れない。
「そのような事情から、妻を娶って帰るとなった際でも、あまり期待はされてなかったワケだっ!」
ところが、夫人会の面々にファビアンが妻として紹介したのは、ハーバリウムの講師を努めていたフローラ本人だった。
そばかすが残る赤毛の少女は、その素朴さと純真さだけでなく、きめ細やかな気遣いから、講師を受け持っていた頃より夫人会のお気に入りで。
変わり者のファビアンの妻となった事実に驚き、それから盛大に歓迎してくれたらしい。
「夫が変わっている分、妻がまともなら、彼女たちも受け入れやすいだろう? つまりはそういうことさ」
なるほどねえ……。ファビアンの普段の様子は、ある意味ポーズみたいなものなんだろう。
「でもさ、そういう話を聞いたら、フローラを追いかけてここに来たのも、もしかすると演技なんじゃないかって勘ぐっちゃうけど」
「まさか! 彼女を愛しているのは本心だよっ! 天に誓ってもいい!」
テーブルへ身を乗り出し、大きな声を上げたのも束の間、ファビアンは何事もなかったようにソファへ深く腰掛ける。
「フローラこそ我が女神……。初めて出会った時、ボクはまさに稲妻に打たれた思いで彼女の虜になったのだよ……」
「あー、わかったわかった。そういうことで構わないわ」
「心の友たる君にまで、そんな扱いをされては不満なのだが……。まあいいだろう」
足を組み直し、肩をすくめるファビアン。
「ここだけの話だがね。ボクもこんなに長い間、
「それだけフローラが人気だったんだろ? 夫としてはよかったんじゃないか?」
「とんでもない。まさか定住まで薦められるとは予想もしてなかったからね。新婚早々、別居生活なんてゴメンこうむるよ」
そう言って、珍しく苦笑いを浮かべるファビアン。
心優しく穏やかな性格のフローラは、夫人会との相性も抜群で、ファビアンの想像を超えた人気ぶりだったらしい。
龍人族の国では珍しい人間族の女性だという点も、それに拍車をかけたそうだ。
「フローラ様がお帰りになる際、夫人会からはお土産と一緒に、伯爵宛の手紙を託されましてな」
「オレに?」
「はい。くれぐれもよろしく伝えて欲しいと仰せでした」
老執事が内ポケットから取り出した封筒は、美しい装飾を施した封蝋で閉じられている。
丁寧な文字の署名は見間違うはずもない。差出人はジークフリートの奥さん、つまりは王妃からだった。
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