211.魔法学校と魔法石

 魔法の習得は比較的容易で、訓練さえ積めば誰でも扱える代物らしい。


 グレイスの話に耳を傾けながら、オレでも炎を出せたり風を操れたりするんだろうかと、内に秘める中二病がむくむくと芽生え始めたものの、程なくしてそれは枯れ果ててしまった。


「あっ。何を考えてるのか手に取るようにわかるけどぉ、たぁくんに魔法は使えないわよぉ?」


 ソフィアの言葉にグレイスが頷く。大前提としてマナを感じ取れることが条件にあり、オレは見事に対象外だそうだ。


「なんだよ……。誰にでもって言ってたじゃん」

「言葉足らずで申し訳ありません。ですが、そもそも人間族自体、マナとの相性が良くないようでして……」

「使えるとしてもぉ、ごく一部の限られた人だけってことなのぉ」


 なるほどねえ。……それで? 魔法学校を開きたいっていう理由はなんだ?


「日々の暮らしに欠かせないからです。移住者も増えてきましたが、中には魔法を扱えない人もいますので、そういった方々に手ほどきできれば」

「そうなの? てっきりみんな使えるもんだと」

「例えばですが。この子達は猫人族ですけれど、アイラさんのように猫の姿へ変わることができません。あれも魔法の一種ですので」


 ……え゛っ!? マジでっ!? オレはてっきり、猫人族なら全員猫の姿になれるもんだと思ってたんだけど……。


「なれないよー」

「うん、おとうさんもおかあさんも、まほうつかえないよー」


 子どもたちが次々と声を上げる。うわー、割とショックだ……。みんなに猫の姿になってもらって、もふもふするのが夢だったのに……。


「むしろアイラさんが特別と言えます。変化の魔法は元々の素質が大きく関わりますから」

「すると、龍人族はどうなんだ? アルフレッドやお義父さんジークフリートとかは龍の姿になってるけど」

「あれも変化の魔法ですね。龍人族には使える人が多いと聞きますが、時代とともに減少傾向にあるようです」


 そうなのか……。はあ〜、まだまだ知らないことが山ほどあるもんだねえ……。


「開拓が進みつつあるとはいえ、ここは野生動物や魔獣がいる樹海の近くですし、簡単な魔法でも護身用に使えます。覚えておいて損はないと思うのですが」

「そうだな。みんなの役に立つならオレも賛成だ。教わりたい人は大勢いるだろうし、ぜひやってくれ」


 魔法の習得も技能や技術の継承とも言えるし、後々大きな財産になってくれるだろう。


 それに魔法だけに限らず、簿記などの知識を教えるために時間を設けてもいい。


 交易の拠点となる商業都市を目指すなら、覚えておくに越したことはないしな。


 アルフレッドが戻ってきたら相談をしてみようと思いつつ、まずは希望者を募って魔法学校を開くことにしようじゃないか。


***


 数日後。


 子どもたちのいない午後の学校を使い、魔法の授業が催されることとなった。


 不慣れなうちはマナの消耗とともに肉体にも疲労が蓄積されるということで、三日に一度のペースで開催される。


 参加者は猫人族の大人が大半と、ハーフフット、翼人族、天界族の一部だ。


 ハイエルフとダークエルフは精霊魔法のエキスパートということで、先生側へ回ってもらうことにした。


「ワーウルフたちは参加しなくていいのか?」


 視察の折にガイアへ尋ねてみたところ、その場にいた『黒い三連星』は思い思いにポーズを取り始め、


「タスク殿……。確かに魔法は便利ですが、我々はマッチョ道を追求する者。魔法の習得に割く時間があるならば、己の筋肉を鍛えたいですな!」


 と、こんな具合に力強く言い返されてしまい、人それぞれ考え方に違いがあるんだなあとしみじみ思ってみたり。


 ま、それはさておいて……。


 とにもかくにもグレイス主導の下、魔法学校は初日を迎えたわけなのだが。


 授業が終わったその日の夕方、領主邸へ報告に現れたグレイスは、ひどく動揺しながらも感激に満ちた瞳で切り出したのだった。


「大発見です!」

「……いきなりどうした?」


 前置きもなく、オレを見るなり声を上げた魔道士は、我に返ったのか「失礼しました」と頭を下げたものの、更に声を弾ませる。


「本日、無事に魔法学校の初日を迎えたのですが、中でも猫人族の皆さんがとても素晴らしく!」

「素晴らしいっていうのは、魔法のセンスがあるとかそういうこと?」

「そんな次元の話ではありません! 奇跡と言ってもいいでしょう!」

「奇跡?」

「はい! 以前お話した付与術師について、タスク様は覚えていらっしゃいますか?」

「あー。ソフィアとグレイスが使える魔法のことだろ? 魔道士の中でも限られた人だけが使えるってやつ」


 確か、魔法石を作る人たちをそう呼ぶんだよな? 一部のエリートしか魔法石を作れないって話だったような……?


「ええ、それです! そのはずだったのですが!」


 顔を上気させ、グレイスはさらに続ける。


「猫人族の皆さんに、付与術師の素質があったのです!」


***


 グレイスによって語られた経緯は次のようなことらしい。


 魔法の授業を始めるにあたり、まずは全員の魔法適性を確認すべく、簡単なチェックを行う運びとなった。


 適正によって相性のいい魔法が異なり、指導する側にしても得意な魔法の方が教えやすいからだ。


 ところが、猫人族に関しては全員チェックに反応しない。


 いくらなんでもこれはおかしいと思ったグレイスが、ものは試しにと付与術師の適正試験を行ってみたところ、見事、全員に反応がみられたらしい。


「よくそれに気付いたな。魔法そのものが使えないとは考えなかったのか?」

「付与術師の素質は、通常の魔法のそれとは似て非なるものなのです。可能性がゼロでない以上、試した方が良いかと思いまして」

「はぁ〜。なるほどねえ」

「猫人族の皆さんが忌み子と呼ばれていたというのは知っております。先天性な背景からくる素質なのは定かではないのですが……」


 しかしだ。興奮しているグレイスには申し訳ないんだけど、オレとしてはその凄さがイマイチわからないというか。


「様々な魔法の効果を魔法石に込めるのが付与術師なんだよな?」

「その通りです」

「付与の魔法が使えても、他の魔法が使えなければ、魔法石を作れないと思うんだけど」

「ご心配には及びません。本来、魔法石は二人一組で作るものですので」


 グレイス曰く、魔道士の放った魔法を、付与術師を経由して魔法石へ閉じ込めるというのが本来の作り方だそうで。


「ソフィア様のように、おひとりだけで魔法石を作れるというのは極めて珍しい存在かと」

「でも、グレイスだってひとりで魔法石を作れるんだろ? 優秀ってことなんだな」

「ああ、いえ、決してそのようなことを言いたいわけでは……」


 慌てて応じるグレイスにわかってるよと応じてみせる。


 二人一組ねえ? ソフィアとグレイスが有能な分、そんなこと疑問にも思わなかったな。


 ……ん? ということは?


「猫人族と他の魔道士がペアになれば、魔法石が作れるってことか?」

「はい。まだまだ訓練は必要ですが、ひと月以内には低位魔法の付与ができると思われます」

「……もしかして、それって相当すごいことなんじゃ?」

「ですから、先程、『大発見』や『奇跡』だと申し上げたではないですか!」

「順を追って説明してくれないとわかんないって!」

「とにかく! これで長らく問題となっていた魔法石の量産に光明が差し込みました!」


 順調にいけば、近い将来、交易品の中核を担ってくれるでしょうと続けるグレイスの言葉に頷きながらも、くれぐれも無理だけはさせないようにと念を押しておく。


 しかし、なんというか、才能というやつはどこに埋もれているかわからないもんだなあ。


 暗い過去を持つ猫人族だけに、明るい話題は非常に嬉しい。


 獣人族のやつらを見返してやれとまでは思わないけど、自信と誇りを持って仕事に取り組んでもらえたらいいなと願うばかりだ。

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