182.五人目の花嫁

「五人目の奥方ですか。義兄さんもなかなかやりますね」


 一連のやり取りを知ったイヴァンは、執務室のソファへ腰を下ろし、朗らかな表情を浮かべている。


 執務机に両肘を付いたオレは、頭を抱えながら、義理の弟の顔を直視しないように、深くため息をついた。


「やめてくれよ……。自分自身に嫌気が差しているところでな……」

「いいじゃないですか。『英雄、色を好む』とも言いますし。どうです? いっそこのまま後宮を設けられては」

「ぶん殴るぞ」

「これは失礼」


 声を殺して笑うイヴァンに一瞥をくれ、さらに大きなため息をひとつ。


 とはいえ、奥さんが四人いる時点でハーレムみたいなもんだしな。後宮を否定しにくい立場ではある。


「それで? 結局はどのようになったのですか?」


 端正な顔立ちのダークエルフは、表情を改めてオレを見やった。


「領主としてのご発言なのです。なかったことには出来ないでしょう?」


 そうなのだ。


 オレ自身、『領主としての発言』を軽視していたことがそもそもの問題だったわけで……。


 己の迂闊さを猛省しながら、オレは先日の夕食での光景を思い返していた。


***


 頭上から湯気が立ちのぼる勢いで、これ以上なく顔を真っ赤にさせた女騎士の身体を、フローラが支えている。


「ヴァイオレット様、しっかり!」

「けっこん……。わ、わたしが……けっこん……。けっこん……」


 同じ言葉を繰り返すヴァイオレットを戸惑いの眼差しで眺めやりながら、オレはクラウスへ声をかけた。


「ちょっと待てよ。そういうつもりで言ったわけじゃ……」

「いやいや、タスクよ。お前さんの言葉は、どうしたって求婚のそれだったぜ?」

「オレは大事な仲間のひとりって意味で……」

「その理屈は通じねえな。一堂が会した席上の、領主としての発言なんだ。なかったことにはできねえぞ」


 相手にしてみたら、言質を取ったようなもんだしなと付け加え、クラウスはアイラたちへ同意を求めた。


「我が夫ながら、まさかここまでの阿呆ぅとはの……」

「アハッ☆ いいんじゃなーい? ウチ、タックンのそういうトコロ、嫌いじゃないよ★」

「ワ、ワタシも……。そのうち増えるかなって思ってましたし……」

「ボクは少し残念です。タスクさんとラブラブする時間が減りますから……」

「だいじょーぶだよ、リアっち! 一緒に混じっちゃえばいいだけだもん♪」

「ベルは露骨すぎるんじゃ。おなごたるもの、もっと慎み深くじゃな……」

「そ、そんなこといってますけど……。アイラさんだって、混じってくるじゃないですか。こ、この前だって……」

「に゛ゃっ!! 言うな、エリーゼ! 言うでない!」


 収拾がつかない四人のやり取りを眺めやっていたクラーラから、氷の眼差しが向けられる。ふっ、夫婦なんだし、別にいちゃついたっていいだろうっ!?


 ……というかね。


 オレの発言はこの際置いといて。ヴァイオレット自身の気持ちとしてはどうなんだって話ですよ。


 まさか、突然の求婚――したつもりは、一切ないんだけど――に、はい喜んでって応じることもないだろう?


「私は賛成です!」


 そばかすの残る、あどけない顔をほころばせながら、フローラは声を上げた。


「その……。申し上げにくいのですが、ヴァイオレット様もいいお年齢としですし……」

「な゛っ!? 年齢は関係ないだろうっ!? 年齢はっ!」

「生活能力も皆無ですから。おひとりでいられるよりかは、身を固められた方が、私も安心できますので」

「し、失敬なっ!!」


 遠慮ない少女の言葉で我に返ったのか、ヴァイオレットは反論する。


「この土地へやって来てから、格段に生活能力は向上しているっ! 帝国にいた頃の私と、同じだと思わないことだな!」

「そんなことをおっしゃいますが……。つい先日まで、おひとりではお着替えも出来なかったではありませんか?」


 赤褐色をした三つ編みを揺らし、フローラは力なくうなだれた。……着替えができないって、どういうこと?


「言葉の通りです。ヴァイオレット様おひとりでは服の用意はもちろん、着替えることもままならず……」

「そんなことはない! 最近はひとりで準備も出来るし、着替えもできる!」

「では、お風呂はどうですか? おひとりで入ることが出来るのですか?」

「そ、それは……。ひ、ひとりだと怖いし、身体も洗えないし……」


 ちょっと待て。風呂にひとりで入れないって、それ、生活能力以前の問題なんじゃないか、おい。


 大きく頭を振って、フローラは更に続けた。


「いい加減、身の回りのことが出来るようになりませんと。私もいつまでおそばにいられるかわからないのですから」


 そりゃそうだ。フローラだって、もしもこのままファビアンと結婚するようなことになれば、必然的に家を出ていくだろうしな。


「それに、普段からヴァイオレット様は領主様のことを褒めてらっしゃったではないですか。誠実なお人柄だけでなく、仕事も真面目。伴侶にするなら、あのようなお人が良いと」


 ……はい? なんですと?


「ばっ……!! ばばばばばば、馬鹿を言うなっ! わっ、わわわわ私が、いいいいつ、そのようなことをっ!!!!」


 勢いよく席を立った女騎士は、焦りからなのか、上ずった声色でまくしたてている。オレとしては初耳のことで、どう反応していいのかわからないんだけど。


「なんだよ。お嬢ちゃんもまんざらじゃねえんだな。それじゃあ、この話は無事にまとまったってことで……」


 事の行方を楽しむように口を挟むクラウス。ヴァイオレットは言葉尻を遮った。


「待ってくれ、クラウス殿。私としては急展開すぎて、話が理解できていないというか……」

「理解するもしないも、お嬢ちゃんがタスクと結婚するかしないかって話だけだぜ? 嫌なら断ったっていいんだ」

「嫌なわけがない! むしろこちらからお願いしたいというか……」


 ブロンド色の髪を指で弄びながら、美貌の女騎士は身体をもじもじさせている。


「そ、その、なんというか。タスク殿は殿方として非常に魅力的というか。誠実なだけでなく、わ、私のようながさつな女にも優しく接してくれるし……」


 うーん、褒められるのは嬉しいけれど、面と向かっていわれるのはやっぱり恥ずかしい。


 しかしながら、ヴァイオレットはこちらのことなどお構いなしに、言葉を続けるのだった。


「それにだな……。二匹のミュコラン、しらたまとあんこの飼い主というのが実に素晴らしい!」


 ……あれ? なんか微妙に話題がずれてきたような……?


「あんな可愛らしい動物が慕っているのだ! それだけでも十分だというのに、私がどんなにモフモフしたところで嫌な顔ひとつしない度量の広さ! 寛大な精神!」


 次第に熱を帯びる口調と共に、女騎士の表情は恍惚としたものへと変わっていく。


「今までは遠慮していたのが、妻となれば、思う存分しらたまとあんこを可愛がることができる! 夢のようなことではないか!」

「……えっと」

「それだけではないぞ! 今までは遠巻きに見ているだけだったが……。妻同士の親睦を兼ねて、猫の姿になったアイラ殿を撫で回すことだってできる!」


 思わぬ指名を受けたアイラは、顔を強張らせ、しっぽを逆立てている。ある意味、アイラの身体目当てみたいな発言だしな。


「飼育している羊の数を増やしてもらい、究極のふわふわモフモフを追求するというのもいいな……。ふふふ、領主の妻になるというのはなんと素晴らしいことなのか……」


 夢見心地のヴァイオレットを現実へ引き戻したのは、フローラの肘打ちで、周囲の視線が集中していることにハッとなったのか、ヴァイオレットは弁明を始めた。


「ち、違うぞ、タスク殿! 私は決して、ふわふわモフモフを堪能したいが故に、結婚したいというわけではないのだ! そ、その、妻としての務めを果たしながら、モフモフできればいいというか!」


 発言の内容としては、あまり変わっていない気がするけどな……。


「良かったじゃねえか、タスク。自分の欲望に忠実かつ、正直で嘘をつけない嫁さんだぞ? お前さんにお似合いの相手だ!」


 話がまとまったと言わんばかりに、クラウスはオレの背中をバシバシと叩き、そして、上機嫌に「式の準備は任せとけ!」と締めくくった。

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