161.執務室での検討会
執務室に戻ってきたオレは、倒れ込むように三人がけのソファへ寝転んだ。
「つ、疲れた……」
つくづく、慣れないことはするもんじゃないなと感じながら、仰向けになって大きなため息をひとつ。
「お疲れ様でした。なかなかにお見事でしたよ。舞台役者になれるのでは?」
対面に座るアルフレッドがにっこりと微笑んでいる。先程までの臨戦態勢モードとはえらい違いだ。
「冗談だろ。大根もいいところさ」
「そうですか? 僕から見ても自然体でしたので。タスクさんにも領主としての風格が備わってきたのかと」
「バカにされてるとしか思えないけどな」
それは失礼と続け、龍人族の商人は声を殺しながら笑っている。まったくコイツは……。
体を起こすと、そばに控えるカミラが冷たいタオルを差し出してくれた。
ありがとうと礼を述べてから、遠慮なしに顔全体を拭う。緊張からか、じっとりとまとわりつく脂汗が気持ち悪かったのだ。
ひんやりとした心地よい感触に、ようやく一息つくことができた。
「オレから言わせてもらえばな。アルフレッドの方が役者に向いていると思うけどね」
「僕がですか?」
「真に迫りすぎて、ムチャクチャ怖かったからな。どこからが演技で、どこまでが本気だったんだ?」
強気の姿勢を崩さず、格上の存在であることを相手に知らしめる。そのために交渉の席では演技をして欲しい。
獣人族の一行と会う直前、ファビアンからそう提案を受けた時にはどうなることかと心配したんだけど……。
成功の立役者であるアルフレッドは、紺色の頭部をかきむしりながら、照れくさそうな表情を見せた。
「こう見えても商人の端くれですからね。魑魅魍魎が蠢く世界で生き残るためには、あのぐらいできないとダメなのですよ」
「おっかない世界だなあ」
「もっとも、今回はあまりやり合わない内に済んでしまったので、いささか消化不良ですね。もう少し粘ってくると思っていたのですが……」
肩をすくめるアルフレッド。あっさりと引き下がってくれたんだぞ。いいことじゃないか。
「それはそうなのですが。多少、痛めつけ足りないといいますか」
「は?」
「もっと食らいついてもらえれば、格の違いというものを、とことん教えられたのですけれど……」
何気ない顔で呟いてから、龍人族の商人はテーブルの上からティーカップを手に取った。
カミラの名人芸によって淹れられた、紅茶の香気を楽しむように立ち上る湯気を顎先へと当てている。
普段はのほほんとしているだけに、こういう一面を垣間見ると余計怖く感じるな。味方で良かったよ、ホントに。
「やあやあ諸君! ご苦労だったね!!」
執務室のドアを勢いよく開けながら、陽気に飛び込んできたのはファビアンで、自慢の長い長髪をかき上げては、ポーズを取っている。
「今しがた獣人族を帰らせたところさ! もちろん特産品の見本も預けてあるよ!」
「助かったよ、ファビアン。いろいろありがとう」
「礼には及ばないよタスク君! 使いっぱしりの連中相手だったからね、手応えがなくてガッカリしてるぐらいさ!」
キラリと白い歯を覗かせて、ファビアンはアルフレッドの隣へ腰を下ろした。
「そんな風に油断をされていては、いつか足元をすくわれますよ」
「おや、カミラ。ボクのことを心配してくれるのかい? 君のような美しい女性に気にかけてもらえるなんて、光栄の至りだね!」
「ファビアン様が足元をすくわれることで、タスク様にご迷惑をかけるようなことがあっては甚だ迷惑だと申し上げているのです。野垂れ死ぬなら、おひとりでどうぞ」
「いやはや、これは辛辣だ! しかし、美しいバラにはトゲが付きもの! その氷のような眼差しも実にチャーミングッ!」
ファビアンの前へ叩きつけるようにティーカップを置いて、カミラはしずしずとオレの後方へ下がっていく。相変わらずのどSっぷりですな。
一方のファビアンも、テーブルの上へ紅茶が飛び散っているにも関わらず、一切、気にする素振りを見せず、小指を立てながら優雅な手付きでティーカップを口元へ運んでいるし。
ふたりの関係性に戸惑っているのか、アルフレッドは忙しく視線を動かしながら、恐る恐る口を開いた。
「……えーと……。ファビアンさんも戻ってきましたし、今後どうするかを決めたいと思うのですが……」
「うん! そうしよう!」
満面の笑顔で応じるファビアン。お前も相変わらずだな、おい。
「獣人族の面会ですが、こちらの思惑通りに進んだといっていいでしょう」
軽く咳払いをしてアルフレッドは続けた。
「立場を明確にすることで、向こうも出方を変えざるを得ません。次の来訪はある程度の決定権を委ねられた使者が来るでしょうね」
「強気に出たことで印象を悪くしたとかはないかな?」
「その手の心配は無用だよ、タスク君。今日来たのは権力を笠に着るような連中だからね。他人の力を自分の力だと勘違いするようなやつらさ」
「その手の人物は、自分より立場が上の人間に媚びへつらうものです。対象が格上とわかれば尚更でしょう」
自分たちの上役と、招待状を渡した大臣、そして我々を取り持つためにどう報告すればいいだろうか……。今頃、必死に考えを巡らせているはずです。アルフレッドは断言する。
「龍人族の国王の名前を出されてしまっては、獣人族も大臣を頼れないでしょう。これ以上の力添えは、かえって大臣の立場を危うくさせます」
「『紹介状については感謝する。おかげで縁を取り持てた。あとは我々が交渉に臨む』っていうのが落としどころかな。いずれにせよ、大臣はこのまま放置されるだろうねえ」
ティーカップをテーブルへ戻したファビアンは、戦闘メイドへ微笑みかけた。
「一仕事終えた後に飲む、カミラの紅茶は格別だね! 香りが違う!」
「恐れ入ります。ファビアン様の分だけに遅効性の毒を混ぜておりますので」
「アッハッハ! 美女の手にかかって死ねるなら本望さっ!」
背後から露骨な舌打ちが聞こえるんだけど……。えーっと、話を戻していいかな?
「とにかく、問題がないことはわかった。しかし、今更なんだけど、獣人族の国っていうのはどういったところなんだ?」
アイラの件や、難民であるハーフフットたちを追い出した件もあり、あまりいい印象を抱いていない分、知ろうとも思っていなかったんだけど。
「猫人族や犬人族など、様々な民族が集まった国ですよ。国王は持ち回り制になっていますね」
「持ち回り制?」
「それぞれの民族の長が一定期間、国王になるのです。確か、ひとつ前の王は兎人族の長で、その前の王は熊人族の長でしたね。今は猫人族の長が国王だったはず」
それはまた変わった制度だな。関心を覚えていると、アルフレッドはさらに獣人族の国について教えてくれた。
国王の執政方針について、他の民族は異議を唱えてはならない代わりに、国王自体も他の民族へ直接介入する行為はしないこと。
国内の自治はあくまで民族単位で行い、国勢に大きく関わる外交などは、ぞれぞれの長を含めた協議会で決定する。
「要するに国王は大まかな内政方針に関して決定権を持ち、その後の行動自体は民族ごとに任せてしまうのです」
「従わない民族とか、不安を持つ民族とか出てこないのか?」
「そんな事をすれば、自分たちの長が王になった時に反感を抱かれますから。逆もまたしかりです。これはこれで上手く回っているようですよ」
ただ、問題がないとは言い切れないようで。
「他の民族への介入が禁止されているため、民族によっては根深い悪習が残っているところも多く……。彼らにとっては伝統なのでしょうが」
「悪習? アイラでいうところの忌み子とかのことか?」
こくりと頷くアルフレッド。
「僕も長い間、あの国とは取引がありませんが、商人仲間からいろいろと話は聞いています。閉鎖的な文化がそうさせてしまうのかも知れません」
アイラと知り合った直後のことを思い返しているのだろうか。アルフレッドは苦渋の面持ちを浮かべている。
忌み子についてはアイラから聞いたことがある。思い出すだけで胸糞悪くなる話だったな。
とはいえ、領主という立場からすれば、腹が立つという個人的な理由だけで交易を断るわけにはいかないし。
背もたれに寄りかかり、腕組みをして思案を巡らせる。獣人族の国とも面している領地なだけに、事は上手く運びたい。
「予想でいいんだけど、次の使者がやってくるのって、どのぐらい時間がかかるもんかな?」
「そうだね。彼らも方針を変換しなければならないだろうし、短く見積もっても二週間以上はかかるだろうね」
「二週間、ね……」
ある程度の時間的猶予はある。これならぼんやりと思いついたことを実現できるかも知れない。
「アルフレッド。ひとつ頼みたいことがあるんだけど」
オレの顔を眺めやり、龍人族の商人は会心の笑みを見せた。
「いい考えを思いつかれたのですか?」
「そういうわけじゃないんだけどさ」
アルフレッドのクセを真似るように、オレは後頭部をボリボリとかきむしった。
「お義父さん……。ジークフリート国王へ手紙を持っていってもらいたいんだ」
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