132.新居建設(前編)
協議の結果、新居は領地の南東部へ建設することになった。
住宅地から南、チョコレート工場やワイン醸造所といった工房が立ち並ぶ場所からだと東へ行ったところになる。
引っ越しの手間を考え、もう少し近場に建てられないのかと思っていたのだが、警護の観点から猛反対された結果なので仕方ない。
「領主ともあろうお方が不用心過ぎます」
「左様。我が主には危機感が欠如しておられます。有事の際に、我ら『黒い三連星』がすぐに駆けつけられる場所がよろしいかと」
……なんて具合で、翼人族のロルフとワーウルフのガイアから、軽く怒られちゃう始末。なんか、スイマセン……。
何はともあれ、場所選びを終えた直後から早速整地を開始することに。
自分の住む家だから、張り切って働かないとな、なんて思っていたのだが、気がつけば領民総出で作業に参加しているのがわかる。
「お館様の新居なんだからよ! 俺たちが気張らねえとな!」
「その通り。これまでのご恩に少しでも報いなければ」
ダリルとアレックスを始め、ハーフフット達が先陣を切るように樹木を切り倒していき、そこにハーバリウムの講習会から帰ってきたヴァイオレットとフローラも加わった。
「愛されてるわねえ、領主サマ」
からかうような口調で宙を舞うのは妖精のココだ。
「自分たちの仕事で疲れているだろうに、何だか申し訳ないよ」
「気にすることないわ。みんなアナタのことが大好きだから、手伝ってるだけだもの」
「そうなのかなあ」
「そうよ。いい加減自覚しなさいな、色男」
そういうことなら、領主としての今まで仕事ぶりが評価されたようで嬉しいんだけど。
「ところで……」
ココはオレの右肩へ腰を落ち着かせ、ひときわ賑やかな方向を指さした。
「あの人たちは何をやっているの?」
視線を向けた先では、上半身裸になったハンスと、ガイアたちワーウルフがお互いの筋肉を見せつけあっている。
「ほう! これはこれは見事な大胸筋ですな!」
「なんのなんの! 貴方の腹直筋もなかなかではないですか!」
「いやはや、お互い美しくキレておりますな!」
「まさにまさに! 筋肉は裏切りませんからな!」
高らかに笑うマッチョたち。作業中、さり気なくポージングを取ることで筋肉美を披露している。
「……あー。割とお馴染みの光景だからそっとしておいてあげてくれ」
「そうなの?」
「仲良くなりたいんだったら『ナイスバルク!』って声を掛けてあげると喜ぶぞ」
「……嫌な予感がするから止めておくわ」
そうだな、初心者にはオススメしない。声を掛けたら最後、しばらくの間、筋肉を讃え続けないといけないし。
それにしても、ハンスとワーウルフたちが意気投合するのも不思議な光景だな。同じ肉体派だからだろうか?
鍛えあっている者同士、通じ合う何かがあるのかも知れないななんて、勝手に結論を導き出していると、後方から陽気な声が。
「やあやあ! 精が出るね、タスク君!」
赤色の長髪をしたイケメンは、前髪をかきあげながら白い歯を見せつける。
「ファビアンじゃないか。ハンスがやってきたショックから、ようやく立ち直ったのか?」
「ふ……。ショックとは何のことかな? 多少の驚きがあったとは言え、常に冷静沈着なのがこの僕さっ!」
床に突っ伏して、青白い顔を浮かべてたじゃねえかというツッコミは心の中にしまっておく。
「これから龍人族の首都へ出かけるからね。挨拶にきたのさ」
「回転酒場の件か?」
「そうとも! 多少の変更があったとはいえ、華麗で完璧な僕の計画に落ち度などないっ! 見事、成功させてみせるよっ!」
それはそれは、せいぜい頑張っていただきたいものだが。注意しなければいけない点がひとつ。
「回転テーブルの装置だけどさ。壊れたところですぐに修理できないから、その点だけは気をつけろよ?」
今のところ、あれを作れるのはオレだけの上、未だ量産化に至っていない魔法石を動力にしているという致命的な弱点がある。
しかも、魔法石は消耗品だ。魔力が尽きたら交換しなければならない。
魔法石の媒体となりうる素材を探し出せれば、量産化の目処が立つ上、効力時間を伸ばすこともできるんだけど。北にある洞窟探索は後回しになっている状態だしな。
「そんなことで悩んでいたのかい?」
ファビアンは肩をすくめる。そんなことって、こっちは媒体の素材選びでめちゃくちゃ苦労してんだぞ?
蛍光色が眩しい太くて長いミミズを素手で掴まされた挙げ句、そのまま
「それはすまないね。でも、そういうことなら協力できると思うんだ」
仰々しくポーズを取ってから、ファビアンは続けた。
「何せ僕は宝石商! 鉱石についての造詣も深い! 魔法石の媒体となり得る素材探しなど造作でもないさ!」
そういうことだから期待してくれたまえと言い残し、颯爽とフローラの元へと向かっていくファビアン。ふざけているのか本気なのか判断に困る。
オレの右肩へ腰を落ちかせているココも「何なの、あの人……」とポカンと口を開けたままだしな。
……ま、いいや。今はとにかく新居作りを優先することにしよう。
***
お昼休憩の時間。昼食を用意してくれたカミラたちに感謝を述べながら、オレはクラーラに声を掛けた。
「ファビアン兄様がハンスに怯えている理由?」
厳しい教育係で知られるハンスを見て、明らかに狼狽していたファビアンとは対称的に、抱きあって再会を喜び合っていたのがクラーラだったのだ。
もしかすると、ハンスのことを苦手としているのはファビアンだけかも知れない。そう考えて尋ねてみたのだが。
「さあ? 厳しいけれど、ハンスはとても優しいもの。私にとってはおじいちゃんみたいな人だし、なんでそんな事になってるかなんてわからないわよ」
「そうか。理由を知ってるかなって思ったんだけどな」
「ひょっとすると、ですが」
給仕を終えたカミラが会話に加わった。
「あのことが原因かも知れません」
「あのことって?」
「そう、あれはファビアン様へ、渾身の右ストレートを放った後のお話でございます」
あなたに新たな性癖が目覚めた直後のことですね、とは言わないでおく。
「あのような性格に変わられた後、ファビアン様に英雄願望が強く芽生えまして」
「英雄願望?」
「はい。異邦人様や国王陛下、ご当主様たちの活躍するお話を熱心に聞いておられました」
そして、自分も将来、大陸一番の勇者になると公言していたそうだ。
幼い子供の夢物語と周りは微笑ましく受け取っていたが、唯一、大真面目でそれを聞いていた人物がいる。そう、ハンスだ。
「勇者となるには、今から厳しい特訓に耐える必要がございます。ファビアン様にその覚悟がお有りかな?」
ハンスの質問は小さい子供に理解できるものではないのだが。当のファビアンは、目を輝かせながら首を大きく縦に振って応えたらしい。
これがファビアンにとって地獄の始まりだった。
真剣での訓練に始まり、食料は現地調達というサバイバルに連れ回され、かつての英雄たちが回ったという酷所を巡る。
ある時は死の火山、ある時は嘆きの森、ある時は即死トラップだらけの迷宮……。
必要最低限の装備だけを持たされては、ギリギリ生還することを繰り返していくうち、英雄になることを諦めたそうで。
「それからというもの、ファビアン様は商いで身を立てると。号泣しながら大変に力強く宣言されたのです」
……なるほど。それはトラウマにもなるわ。ちなみに同行していたハンスは、毎回元気な状態で戻ってきていたらしい。超人かよ。
「ご希望とあらば、子爵もお連れいたしますが」
振り返った先にいたのは穏やかな表情のハンスで、いつの間にかワイシャツをまとっている。
「女性の前ですからな。紳士たるもの露出は控えませんと」
「そういう問題か?」
「それで、いかがされますか子爵? お望みとあらば、英雄ハヤト様が活躍された場所へ同行いたしますが」
笑ってはいるけど、目がマジだ。
「遠慮しておくよ。あいにく痛いのは苦手でね」
「それは残念。気が変わりましたら、いつでもお申し付けくだされ」
うやうやしく頭を下げて去っていくハンス。伝説の戦闘執事、おっかないわー……。
「タスク様……」
「どうしたカミラ」
「もし、そのような時が来た際は、私とファビアン様もお誘いいただきたく……」
「……なんで?」
「ファビアン様が弱っている様子を、直接眺めやることができる絶好の機会っ!! これを逃すわけには参りませんっ!!」
興奮気味に、はあはあと荒い呼吸を繰り返す戦闘メイド。……こっちはこっちで少しは自重してくれ、頼むから。
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