131.自宅改築会議

 程よく木材の風合いを感じられる二階建ての自宅を眺めやりつつ、オレは腕組みのままで首を傾げた。


「そんなにボロくないと思うんだけどなあ……」


 それとなく呟いた一言に、並び立つアイラが反応する。


「住めば都と言ったのはおぬしではないか。何を今更気にする必要があるのじゃ?」


 オレもそう思うんだけどさ。みんながみんな、領主の住まいとしてはふさわしくないって言うんだもん。


 この前、ハンスにアドバイスを求めた時だって、真っ先に自宅の改築を勧められた上、続けてこんなこと言われちゃったしな。


「領主として清貧を心がけておられるのはご立派です。しかしながら、ある程度、外聞は整えていただきたいというのもまた確かなのです」

「今の自宅は、領主の住まいとしてふさわしくないっていうのか?」

「はい。正直申し上げて、貧相であると言わざるを得ませんな」


 思わずムッとしてしまう。転移した初日に苦労して建てた『豆腐ハウス』から、増改築を重ねに重ね、ようやくこだわり抜いた住宅へ仕上げたつもりなのだ。


「子爵のお気持ちはわかります。ですが、外からやってきた者は、その心中を理解できますまい」

「……」

「領地の長たる人物が、領民より粗末な家で暮らすことに満足していると誤解を招きかねません」

「粗末って……」

「失礼を承知で申し上げております。しかしながら、人となりを知るより前に、第一印象で態度を変える者が多くいることも事実なのです」


 服装と同じように、住居もまた、領主の外見を表すひとつの要素であるとハンスは続ける。


「ボロ布の服を纏う者と親しくなるよりも、尊大かつ横柄に臨んだ方が得ではないかと思わせてはなりません」

「要は相手に舐められないためにも、見栄えは大事って話だろ?」

「端的にまとめれば、そうなりますな」


 最終的なご判断されるのは子爵ですがと締めくくり、ハンスは頭を下げた。


***


 でもなあ、そんなに貧相な自宅かなと思うんだよね、オレは。


 そりゃあ確かに、新しく建てたみんなの家のほうが、オレの物作りのこだわりが詰まった、丁寧で立派な住まいですよ、ええ。それは認めますとも。


 それでもさ、決して見劣りするような外観じゃな……。……いや、改めてこう、しげしげ眺めると結構ボロボロだな、これは……。


 木材の色が突然変わる境目とか、明らかに増改築しましたって感じがありありとわかるし、統一感のない装飾とか、カオスの一言に尽きる。


「なあ、アイラ。お前は今の家に不満とかないのか?」


 自宅とのにらめっこに飽きたらしい猫人族は、しらたまとあんこの身体を撫でながら、無感動に応じた。


「別にないのー。ここに来るまで家というものもなかったし」

「あっ、そう……」

「それに……。おぬしと一緒に暮らせるだけで、私は満足じゃしな」


 わずかに見える横顔が赤く染まっているのが見える。普段はそっけないのに、時折、カワイイ一言を呟くのは反則だ。


 思わず抱きしめたくなる衝動に身を任せようとした矢先、後方から女性の呆れるような声が耳へと届いた。


「こんなところでぼーっと突っ立って……。なにしてんの、アンタ?」


 振り返った先にいたのはクラーラで、薬学研究所にいる時と同様、白衣のスタイルだ。


「クラーラこそ、そんな格好でどこ彷徨いてたんだ?」

「失礼ねえ。研究のためにワインの醸造所へ行ってたのよ」


 発酵の勉強のため、ダリルとアレックスへ話を聞きに行っていたそうだ。


「ほら、例の味噌と醤油ってヤツ。微生物とか菌とか、理屈はわかっても作りようがないのよ」


 麹菌って言われたところで困っちゃうわとはクラーラの弁。そりゃそうだよな、オレも原材料や作り方は知識として知っているけど、実際に味噌や醤油を作ったことはないし。


 なんだっけ? 醤油に使われている麹菌って日本固有の菌だったような記憶があるんだよな。この世界で同じものができるのかイマイチ不安でもある。


「ま、いいわ。いい刺激になって退屈しないし、これもいずれ何かの役には立つでしょう」


 白衣の両ポケットに手を突っ込んで、クラーラは軽くため息をついた。


「で? アンタはさっきから自宅とにらめっこ? もしかして暇なの?」


 酷い言われようだな。……まあいいや、何かしらの助言がもらえるかも知れないと思い、クラーラにも事情を説明することにする。


 オレの話に耳を傾けていたクラーラは、大して興味も無さそうに「フーン」と返してから、投げやり気味に続けるのだった。


「いいじゃない、改築すれば。その方が都合がいいでしょ?」

「簡単に言うなよな。オレだって思い入れがあるんだからさ。今の家を取り壊してまで改築しようなんて」

「だったら残しておけば?」

「……は?」

「新しい家を建てて、そっちに引っ越しちゃえばいいのよ。アンタ、領地がどれだけ広いと思ってるの。この家を残しておいたところで不都合なんかどこにもないわ」


 ……確かに。その発想はなかったな。増改築を繰り返してきたから、今の家をなんとかしなきゃってことばかり考えてたわ。


「いや、でもな」

「何? まだなんかあるの?」

「新しい家建てるのはいいけど、そこで暮らすのはオレと奥さんたち四人だけだぜ?」

「それが?」

「領主にふさわしい家を建てろっていうのはわかるけどさ、あんまり豪華な家に五人で暮らすというのも気が引けるというか……」


 ハンスの言い分も理解できるけど、広い家で暮らすという想像だけで、なんかもう疲れてしまうというか。


 貧乏性といえば仕方ないのかも知れないが、こじんまりとしたところが落ち着くし、何より少人数ならそれなりの家で十分といいますか。


 するとクラーラは白藍色しらあいいろの頭を振ってから、仕方ないわねと言わんばかりに大きなため息をつくのだった。


「同居する人数が増えれば、大きな邸宅でも問題ないってこと?」

「うーん……。まあ、そうなるのか? 人数が増えればある程度の広さは必要だしな」

「だったら、私も一緒に暮らすわよ。それならいいでしょう?」


 予想外の提案に、オレは思わず目をぱちくりとさせた。


「何よ? ご不満?」

「ご不満もなにも……、意外というかなんというか」

「ふむ、そなたのことじゃから、タスクと同居するのは嫌がると思っておったんじゃがの?」


 同意するようにアイラが相槌を打つと、クラーラは軽くそっぽを向いた。


「べ、別に嫌じゃないわよ。今だって、食事も一緒に摂ってるし、ほとんど同居してるようなもんじゃない」

「それはそうかの……」

「第一、私が引っ越すなら、ヴァイオレットやフローラだって一緒に暮らす事になるのよ? 他にもカミラやハンスの部屋だって必要になるわ」


 そのぐらいの大所帯なら、広々とした家を建てたところで誰も文句は言わないでしょと、クラーラは声を荒げる。そんなにムキにならなくたっていいじゃないか。


「あっ……! 私、スゴイことに気付いちゃったんだけど、アンタと一緒に暮らすってことはつまり、リアちゃんとも一緒に暮らせるってことよね!? これはつまり夜這いし放題じゃな゛っ゛ッ゛!」


 会心のチョップが、サキュバスの頭上へと放たれる。しゃがみこんで悶えるクラーラを眺めやりながら、オレは声を上げた。


「人の嫁さんに手を出そうとしたら、ゲオルク直伝のチョップをお見舞いするからな」

「もうしてるじゃないっ!! っとに、痛いんだからねっ!」


 涙目で頭を擦るクラーラ。上手くは言えないが、これはこれでクラーラなりに気を遣ってくれているのかもしれないな。……多分だけど。


 兎にも角にも、クラーラたちが一緒に暮らしてくれるなら、新しい領主邸を建てることにも抵抗がない。大人数ならそれなりの広さが必要だしな。


 そんな感じで、深く考え込んでいたのが馬鹿らしく思えるほどに、アッサリと新たな邸宅作りを決心したわけなのだが。


 この時の決心が後に、領地にとっては些細な、オレ個人にとっては大きな幸運をもたらすことになるのだった。

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