119.フローラの結婚話

 流石に七人は座れないなと、応接室の一角へ用意されているこたつに未練がましい視線を向けながら、オレたちは四角いテーブルへと腰を落ち着かせた。


 上座に座るオレを挟んで、右側にはリア、ファビアン、クラーラが、左側にはアルフレッド、フローラ、ヴァイオレットが、向かい合わせで座っている。


 もっとも、クラーラはこの席順が嫌だったのか、ヴァイオレットの隣へさり気なく移動しようとしていたところをファビアンに捕まり、


「何を照れることがあるのだ、愛しの妹よ! 久しぶりにきょうだい仲良く、隣同士で語り合おうではないかっ!」


 なんて具合に押し切られ、渋々といった様子でそれに従っているようだ。


 不自然なまでにファビアンとの席を離して座るクラーラはさておき。リアがお茶を用意してくれたところで、話し合いは始まった。


「とりあえず、結婚についてだな」


 「ひゃいっ!」とひときわ高い声で返事をするフローラ。表情から困惑と緊張がよく伝わってくる。


 一方で騒動の発端となったファビアンは、優雅に足を組み、さらに優美な所作でティーカップを手に持つと、音も立てずに紅茶をすするのだった。


「ふむ……。なかなかにいい茶葉だね。リア、産地はどこだい?」

「ゲオルクおじ様が持ってきてくださったものなので、産地まではちょっと……」

「そうかそうか。父上は茶道楽だからね。今度聞いてみることにしよう」


 ……本当に結婚する気があるのかお前と問い詰めたくなる態度だが。


「あー……。ファビアン、聞いてもいいか?」

「何なりと」

「フローラと結婚したいと言っていたけど、フローラのどこを気に入ったんだ?」


 ハーバリウムの講習会だって、二回目が終わったばかりだし。知り合ってからそんなに時間も経っていないだろう?


「おや、タスク君。聞けば君だって、リアと知り合って間もなく結婚したと聞いているが」

「ボクたち、愛し合ってますからね!」


 ファビアンの一言に、ふんす、と胸を張るリア。うん、そうだね。それは十分わかっているし、何よりちょっと照れるから少し静かにしてくれると嬉しいな?


「そう! つまりそういうことなのだよ!」


 勢いよく立ち上がったファビアンは、さながらミュージカル俳優の如く、旋律を奏でるように高らかな声を上げた。


「人を愛すること……。そこに時間など関係ないのだっ!」

「はあ」

「運命的な出会いに、時間という概念は害悪ですらある! 過ぎ去った時間と共に、愛の炎も消えてしまうだろう!」


 お前の場合、一旦冷却する時間のほうが必要なんじゃなかろうかと声に出そうとしたのだが、ギリギリのところで我慢しておく。


「おや、タスク君。僕とフロイラインとの馴れ初めを聞きたい、そんな顔をしているね?」

「いや、全ぜ」

「いいだろう! よく聞くといい! そう。あれは風が騒がしい冬の日のことだ……」


 目を瞑ったファビアンは、回想に浸り始めたらしい。脳内に焼き付いた記憶に、ゴテゴテの装飾を施しながら語り始めている。


 なんだろう。短い時間だけど、なんとなくクラーラがファビアンを嫌がる理由がわかったような気がするな。


 ちなみに。長ったらしい回想話の内容としては単純明快で、ハーバリウムの講習会にやってきたフローラにファビアンが一目惚れをしたという、ただ単にそんな話だった。


 いちいち稲妻が体中を駆け巡っただの、彼女が歩いた後の廊下にはバラが咲き誇っているように見えただの、大げさな説明が続いたもんで、すっかり紅茶も冷めちゃったじゃないか。


 ファビアンの話に耳を傾けていたフローラは、顔を真っ赤にしてうつむいちゃうし。そりゃ、面と向かって延々と褒め続けられたらそうなるよな。


 回想話が終盤に差し掛かってきた頃合いを見計らって、オレはファビアンを手で制した。


「話はよくわかった」

「まだ途中なのだがね?」

「いや、もう十分だ。つまり、本気なんだろう?」

「当たり前さ! 僕の愛に嘘偽りはないと断言しておこうっ!」


 ポーズを付けて宣言するファビアンを横目で眺めやりながら、オレは冷え切った紅茶を喉へ流し込んだ。


「フローラはどうなんだ?」

「わ、私ですか?」

「オレ個人としては、結婚なんてものは本人同士が好きにしたらいいと思ってるんだけどさ。肝心のフローラの気持ちを聞いていないなって」


 緊張をほぐすため、努めて穏やかに尋ねようと心がけたんだけど、フローラは相変わらず赤面したまま、両手をイジイジと弄ばせている。


「わ、私に結婚なんて、恐れ多い話ですし……。それにヴァイオレット様のお世話もしないと……」


 遠慮がちに口を開くフローラに、隣へ腰掛ける女騎士が優しく応じる。


「フローラ。私のことなどどうでもいいのだ。私にとって何よりの願いはお前自身が幸せになることで……」

「そういう風におっしゃいますが、私がいなければお着替えもままならないじゃないですか」

「う……」

「それに、お声を掛けなければ、お食事も摂らずに、しらたまとあんこと戯れている始末。このままでは不安で、ヴァイオレット様をおひとりにさせることなどできません!」

「うぅ……」


 返答に窮したヴァイオレットを眺めやりつつ、オレは深くため息をはいた。


「ま、この際、ヴァイオレットはウチで面倒を見るから安心してくれ」

「でも……」

「生活不適合者をそのままにしておけないしなあ」

「……面目ない」


 ブロンド色の頭を下げながら、申し訳なさそうな声を上げるヴァイオレットを、フローラは複雑な心境の眼差しで眺めやっている。


「で? どうなんだ? そういったことを踏まえた上で、改めてどう思う?」


 周囲の視線を一身に受け、フローラは深く息を吐くと、ぽつりぽつりと呟き始めた。


「こんな私に結婚を申し出てくれるのは、非常にありがたい話だと思っています……」

「では!!」

「で、でも……、私、ファビアン様のことをよく知らないので……」


 か細い声が、さり気なく「ゴメンナサイ」という意思を示している。


 となれば、オレとしてはフローラを尊重して、ファビアンにお引き取りいただくだけ……だったんだけど。意外なことに、フローラの話はまだ続いたのだった。


「……な、なので。お、お友達から始めることはできないでしょうか?」


 ……お友達?


「その、お互いのことをよく知ってから結論を出したいなって」

「えっと、それはつまり、今後次第では結婚するのも問題ないと?」


 こくりと静かに頷くフローラへ、誰よりも早く反応したのはファビアンだった。


「いいとも! もちろんさ、フローラ! 逢瀬を積み重ねて、互いのことをより深く理解し合おうではないか!」


 いや逢瀬って、お前。


「フローラがそういうなら、オレは見守るつもりだけどさ。ファビアンにひとつだけ注意をしておくぞ?」


 この世の春を謳歌しているような、浮かれっぱなしのイケメンにオレは苦言を呈した。


「真剣に結婚したい気持ちも、フローラを好きだという情熱も十分理解できたけど。会いたい一心でムリに押しかけて、彼女のプライベートや仕事の時間を邪魔するようなら応援できないぞ」


 フローラだって落ち着きたい時間は欲しいだろうし、何よりここで暮らしている以上、担当している仕事だってあるのだ。


 愛だなんだと力説してもらうのは構わないけど、だからといって、他に支障をきたすような真似をされても困る。話してみた感じ、独特のノリと勢いで生きてそうな男っぽいし。


 悪影響がでないよう、今から釘をさしたほうがいいと思ってのことだったんだけど。オレの言葉に耳を傾けたファビアンはとんでもないことを言い出した。


「心配には及ばないよ、タスク君! 連絡もなしに突然押しかけるような真似はしないさ!」

「それならよかっ」

「ずっと側にいられるよう、僕がここへ引っ越してくればいいだけの話だからねっ!」

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