108.戦争の理由
そもそものきっかけは帝国の後継者争いだったそうだ。
国王の長男は武勇で知られ、軍部に支持層があり、次男は政治経済に優れ、内政を重視する政務官たちから支持を得ている。
そして同じ問題を抱える歴史上の国々と同様に、この兄弟も険悪な関係が知れ渡っていた。
拮抗する勢力争いの中、そのバランスが崩れる出来事が起きる。帝国領の大凶作である。
飢餓に苦しむ民衆を前に、今こそ軍縮を図り、その予算で内政の充足を図るべきだと主張する次男派は重臣たちの支持を得た。
危機感を抱いた長男と軍部は反論する。軍備を整えなければ隣国の侵入を許してしまう。連合王国に我が領土を蹂躙されてもいいのか、と。
しかしながらこの主張は受け入れられず、焦った軍部からは連合王国への侵攻を主張する者たちが出始めた。
隣国の金銭や食料を奪い取り、帝国に潤いを取り戻せば、必然的に軍部への支持を取り返せるという理論である。
だが、戦争を始めるには大義名分が必要だ。頭を悩ませている中で、長男派は興味深い情報を入手した。
曰く、龍人族の国へ二千年ぶりに異邦人が現れた、と。
異邦人は不思議な能力を駆使し、打ち捨てられた辺境の土地を開拓しているそうだ。なるほど、かつての異邦人も、その力で大陸へ平和をもたらしたと伝承に残されている。辺境の開拓も造作ないだろう。
ならば、帝国にも異邦人が現れたことにして、大陸統一の旗を掲げたとなれば、大義名分と民衆の支持、その両方を得られるのではないか?
超越した力を持つ異邦人のもとなら、常勝無敗を謳ったところで誰も不審に思わず、むしろ喜んで戦地へ赴くだろう。
暴論は瞬時に肥大し、まもなく長男のもとには全身黒鎧をまとった謎の人物が現れた。国王の座る玉座の前で、うやうやしく頭を下げた黒鎧の男を、長男は胸を張ってこう紹介したそうだ。
「父上、いえ、陛下。ついに我が国にも異邦人が現れ、帝国こそが大陸の覇者となる時が来たのだと述べられました。今こそ連合王国を滅ぼし、大陸中に覇を唱える好機です!」
当初、国王は異邦人を信じなかったそうだ。だがしかし、人は自分に都合のいいことだけを信じる傾向にある。龍神族の国にいる異邦人の情報を知る度、その力がもたらす繁栄の誘惑へ国王も次第に屈していったらしい。
やがて軍部の主張は受け入れられ、連合王国への宣戦布告とともに戦端が開かれることになる――。
***
ヴァイオレットの話に耳を傾けながら、オレはのけぞりそうになるのを何とか堪えていた。
「ねえ? 私、聞いていて思ったのだけれど……」
再びオレの右肩に腰を落ち着かせたココは、女性騎士へ尋ねた。
「ずいぶんと詳しい事情を知っているみたいだし、もしかしてアナタも軍部の人間なの?」
「……帝国国境都市の領主である私の叔父が、長男派の急先鋒なのだ。故に詳細を知らされていた」
「ふぅん。それじゃあアナタも戦争には賛成だったのね」
「それは違うっ! 確かに私は軍人だが、自分たちの都合で自国はおろか、他国の民衆をも巻き込むようなやり方には決して賛同できない!」
ヴァイオレットは苦渋の面持ちを浮かべ、力なく呟いた。
「……兵站を無視し、略奪によって補給を維持する戦争のどこに大義があるのか。何の罪もない人間たちが、あっけなく次々に殺されていくのだぞ……?」
「……連合国北部の村で、ハーフフットたちを助けたのは君だね?」
「何故そのことを? ……いや、優れた情報網をお持ちだったな」
この土地にハーフフットたちが暮らしていることを、ヴァイオレットはまだ知らない。自虐的な表情で女性騎士は続けた。
「せめてもの罪滅ぼしだよ。自分の目の届くうちは、民衆を死なせたくない。今考えれば、偽善以外の何者でもないがな」
「偽善でも善は善さ。そう落胆する必要もないだろう?」
そうかな、と応じたヴァイオレットは、さらに講和に至るまでのことを教えてくれた。
「もともと勝てる見込みのなかった戦争だ。時間の経過とともに連合王国に押し返され、気がつけば戦局は厳しいものとなってしまった」
軍部が匿っていたという異邦人も、ある時を境に姿を見せなくなったらしい。
異邦人は元の世界へ帰ってしまったと長男は釈明したが、国王を始め、次男や政務官たちが納得するはずもなく、やがて連合王国との講和を締結させるための動きが活発となっていく。
連合王国側はいくつかの条件を提示した上で、それを了承するならば講和を結ぼうと了承したそうだ。
「軍部の粛清、賠償金の支払い、領土の割譲。そして、割譲する領土の中に、叔父が治める国境都市が含まれていて……」
「そこまで言われたらなんとなくわかる。自らの土地を渡すわけにはいかないと、勝手に争いを起こしたんだろ?」
「……その通りだ。叔父上は元より諫言に耳を貸さない方であったが……。この戦争を機に、すっかりと冷静さを失われてしまった」
苦々しく口を開くヴァイオレット。暴走を止めるため、相当な苦労をしたんだろうな。
「事情はよくわかった。とにかく今はゆっくり休むといい。ああ、もちろん、傷が癒えたら自由にしてもらって構わないから……」
一通り話を聞き終えたので席を立つ。すると躊躇いがちにヴァイオレットは呟いた。
「お気持ちはありがたいのだが。本当にいいのだろうか?」
「何が?」
「私は軍人だ。実際には存在しない異邦人を擁立していた派閥の一人でもある。そのような人間に対して……」
「でも、戦争には反対していたんだろ?」
「それはそうなのだが……」
「権力者の意に背くって、結構大変なことだと思うんだけどね」
同意を求めるように振り返った先では、グレイスとクラーラが頷いている。
「それに、捕虜として国へ帰ったところで、待っているのは処罰だけだろ?」
「……」
「戦争の罪を償うため、それでも帰ると言うなら止めはしないけど。その場合は、フローラも君と一緒に帰るって言い出すと思うんだよな」
「それは困る! これは私個人の問題であって、彼女は関係ない!」
「そういう理屈で納得するような子じゃないって、自分でも気付いているだろう?」
「それは……そうなのだが……」
オレは再び椅子へ腰掛け、ヴァイオレットに向き直った。
「それならこういうのはどうだろうか? ふたりともこの領地に留まって、オレの手助けをしてくれないか?」
「貴方の?」
「そうそう。ここは辺境の土地でね、絶賛開拓中なんだが、とにかく人手が足らなくてさ。常時、人材募集中なんだよ」
「しかし……」
「存在しない異邦人のために戦争を起こしたことで罪を感じているなら、今度は実在する異邦人のもとで働き、その罪を償うっていうのも悪くないんじゃないかな」
笑顔を向けたものの、ヴァイオレットはどう反応していいのか迷っているようだ。口をぽかんと開けて言葉を失っている。
それから二秒ほど間があって、ようやく遠慮気味に微笑んだヴァイオレットは、呆れ半分に呟いた。
「失礼だが……。貴方はずいぶんと変わっているな」
「オレとしては自覚はないんだが……。みんなからはよく言われるよ」
「フフ……。そうか、いや、決して悪い意味ではないのだ」
ややあってから、少し考えさせてくれ、という返事を聞いたオレは、クラーラとグレイスに看病を任せ、来賓邸をあとにした。
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